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「なぁ。どうしたらいいと思う?」
「……?」
「まあ、分からないだろうな」
頬を引っ張ると、伊織は嫌そうに首を振る。
でも、手を離すと慌ててすり寄ってきて。
「なんだよ」
「ゥルル…」
「仕方のないやつだな」
「ワゥ」
喉のところを掻いてやると、気持ち良さそうに目を細める。
しばらく撫でていると、次第にウトウトし始めて。
最後には眠ってしまった。
「お休み」
まだ意識はあったのか、パタリと尻尾を動かす。
そして、私の服をギュッと握って、今度こそ眠りに落ちていった。
…動けないじゃないか。
まあいいけどな。
「姉ちゃん…。お茶…」
「今ちょっと動けない」
「むぅ…」
「風華は何か良い案、ないか?」
「うーん…。献血…?」
「献血なぁ…」
献血で集められた血は、何かもっと大切なことに使わないといけない気がする…。
いや、こっちも大切なことではあるけど…。
「うぅ…。サンが本当の吸血鬼だとは思わなかった…」
「いいじゃないか。別に」
「いいけど…」
「歳を重ねるごとに、吸血量も減るということだ。それまでの辛抱だろ」
「んー…。でも、ほとんど毎日のことじゃない…。月が昇ったら吸血鬼になるなんて…」
「何かしら対策はあるはずだ。それを見つけてくるしかないだろ」
「そうだけど…」
「風華は、サンのことが嫌いか?」
「嫌いじゃないけど…。可愛いし、優しいし…。でも、吸血鬼だっていうのが…」
「なんだ。何か嫌な思い出でもあるのか」
「うーん…。昔、空姉ちゃんに悪ふざけで聞かされた話が未だに怖くて…」
「どんな話だ」
「無実の罪で死刑になった男が、実は吸血鬼の手下で、主人である吸血鬼が仇を討つために、裁判に関わった人を次々に殺していく話…」
「ははぁ、なるほどな…」
冤罪を作り出した原因を探る、謎解き遊話のひとつだな…。
昔というのがいつなのかは分からないが、たぶん相当前、風華がまだ小さい頃だろう。
まったく…。
なんて話を教え込むんだ…。
「あれはだな、冤罪を作った原因が分かるまで、どんどん話が進む遊話だ。それに、全くもって、小さな子供にする話じゃない」
「空姉ちゃん…」
「最後に殺される裁判官が自分自身であり、周りの人が次々と殺される中、自分の過ちを振り返るという設定の下、話が進められる。分かった時点で、時間は裁判のときまで戻される。そして、無罪判決とその根拠を述べる。正解であれば男の死刑は回避され、次の話へ進むことが出来る。間違いならば、同じ時間が繰り返される。まあ、趣味の悪い話ではあるかもしれないが、冤罪回避、真犯人の特定、真犯人への有罪判決…と、全三部構成になってるんだ」
「へぇ…。よく知ってるね」
「謎解き遊話の中でも特に有名な話だからな」
「ふぅん…。でも、あの話以来、吸血鬼が怖くなって…」
「なるほどな」
さて、何か汚名を返上するような話はなかったかな…。
うーん…。
「姉ちゃんは、第三話の最後まで知ってるの?」
「ん?さっきの話か?」
「うん」
「まあな。昔、母さんと一緒に解いたんだ」
「ふぅん…。それで、真犯人って誰なの?」
「それを言ったらつまらないだろ…」
「あ、そっか…」
「まあ、また今度話してやるよ」
「えっ、今話してよ」
「謎解き遊話というのはな、物語の中にしっかりと真実に繋がる手掛かりを入れておかないと成立しない。解けない謎を解けなんて、全く無理な話だからな。オレも随分昔に解いたきりだから、話のほとんどが飛んでしまっている。そんな状態で話すことなんて出来ないよ」
「そっか…。残念…」
「まあ、天照なら、そういうのも集めてるかもしれないな」
「あ、そっか。じゃあ、あとで誰かに聞いてみよっと」
「そうだな」
「何の話をしてるんだ?」
「あ、翔」
翔が、器用に弥生とサンの二人を背負って、部屋に入ってきた。
二人とも、遊び疲れて眠ってしまったようだ。
「よいしょっと…」
「謎解き遊話の話だよ。吸血鬼が出てくる話」
「あぁ、あれ。面白いよな」
「私も姉ちゃんも昔に聞いたっきりだから、あんまり覚えてないんだけどね」
「へぇ~。初めて聞いたとき、怖くなかった?」
「怖かった!」
「オレは、規則に則って予め謎解き遊話だって聞いてたから、あまり怖くなかったな」
「えぇ~…」
「俺も聞かされてたけど、かなり怖かった。話はどんどん進んでいくのに、真相が分からなくて…。焦れば焦るほど、答えもわからなくなるし…」
「でも、それが面白いんじゃないか」
「うん」
「私はその面白さを知らないで、ただ怖い思いをしてただけだったからなぁ…」
「謎解き遊話だって知らされなかったのか?」
「そうだよ~…。もう怖くて怖くて…」
「あ~…。それは…」
「空も困ったやつだよな」
「空さんが、そんなことしたのか?」
「そうだよ…」
「ふぅん…」
「予想外だったか?」
「いや、本当に見た目通りの人なんだなって思って」
「はは、確かに」
「もう…。私にとっては全く笑い事じゃないんだからね!」
「あぁ、そうだったな」
「もう!他人事だと思って!」
「自分のことじゃないしな」
風華の頬を引っ張ると、キッとこちらを睨みながら首を振る。
離してみても、さすがにさっきのようにはいかなかった。
風華は余計に頬を膨らませるばかりで。
…しかし、隣で大笑いしてる翔はいいのだろうか。
ひたすら、私を睨んでいた。