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「ねぇ、どういうことなの?」

「何が」

「何がじゃないでしょ。サンが血を吸ってたって…」

「蚊は血を吸う。サンも血を吸うんだろ」

「サンは蚊じゃないし…」

「サンは夜魔族なんだろ?夜魔族はそういう種族だ」

「えっ。美希、知ってるの?」

「自慢じゃないが、私はいろんなところを旅してきた。秘村と呼ばれる集落にも行ったことがある。その秘村のひとつに、夜魔族の集落もあったということだ」

「なんだ。美希が知ってたなら、わざわざ天照の古文書を調べる必要もなかったな」

「異国漫遊記か?」

「それも知ってるのか…」

「え?ねぇ、どういうこと?」

「異国漫遊記という古文書に、夜魔族のことが書いてあったんだ。その夜魔族とサンの容姿が一致したから、サンは夜魔族だろうと思ったんだが」

「ふぅん…」

「話を戻して…。異国漫遊記の続編として、諸国巡礼記というのがあるんだ。同じ著者によるものだけど、異国漫遊記と違って、こっちは報告書のようなものなんだ。そして、編纂されたのは異国漫遊記の三十年もあと。その間に、各国を巡って詳しく調査をしたらしいんだ」

「各国というのは、日ノ本内の国か?」

「うん。それで、隅々まで調べた結果を書き記したのが、諸国巡礼記というわけだ」

「ほぅ」

「古文書だし半ば伝説と化してる部分もあるが、今でも存在してる場所もある。そういう場所を辿っていくと、地図には載っていない村に着くことがある。そういう場所が、秘村と言われる場所だ」

「興味深いな」

「ああ。それで、その秘村のひとつに夜魔族の村があったというわけだ」

「なるほどな」

「うーん…。地図に載ってない村が秘村なの?」

「言ってしまえば、そうだな」

「ふぅん…」


桜は顎に手を当てて。

昔にはあったが、今はない村。

昔にもあって、今もある村。

昔にはなかったが、今はある村。

不思議だな。

時の流れというのは。


「それで、夜魔族の村ってのは、どこにあったの?」

「それは言えないな。秘村だから」

「えー…」

「でも、ルクレィの中にある…とだけ言っておこうかな」

「えっ、ルクレィ?」

「夜魔族は、もともと西洋にいた種族だが、迫害にあって故郷を追われた。それで、新天地を求めてやってきたのが日ノ本というわけだ。夜魔族の秘村とは言ったが、そこでは他の種族も暮らしている。みんな、お互いを支えあって生きていた」

「理想郷…というわけか」

「いや、理想郷ではない。あそこは現実に存在する村だ。理想なんかじゃなく、現実の…」

「じゃあ、ボクたちにも出来るよね」

「ああ。必ずな」


現実と理想はかけ離れたもの。

しかし、理想が現実として存在するなら、それは手の届く範囲にあるということだ。

私たちにも出来る。

必ず。


「ところで、結局、夜魔族のこと、聞けてないよね」

「まったく…。少しは余韻に浸らせろよ…」

「えぇ…」

「まあ、もともとはそこだったからな。話していこうか」


美希は一度深呼吸をして、外を見る。

窓から、今回はそれほどお咎めもなく釈放されたサンが、太陽の光の下でみんなと駆け回る様子が見てとれた。


「夜魔族は、基本的に私たちとは変わらない。でも、月が昇っている間は違う。身体が疼いて、新鮮な血が飲みたくなるそうだ。それこそ、吸血鬼のように」

「えっ…」

「大人になればなるほど必要量も減り、成人する頃にはほんの少し、舐める程度で満足出来るようだが。けど、子供の間、特にサンみたいに遊び盛りの子供は、今回みたいに相手が貧血を起こすくらいに吸わないと満足出来ないらしい」

「ほぅ」

「あと、なぜか傷口はすぐに塞がるらしい。…とまあ、私が聞いた話はこんなものだ」

「なるほど…。天然の月光病というわけか…」

「ああ」

「月光病って、いろはねぇの目が見えなくなったりするあれ?」

「そうだな」

「不思議な病気もあるものだな。月の光で発症するなんて」

「いや、月の光自体は関係ない。月が、オレたちを見守っている時間かどうかが鍵なんだ」

「そうなのか?」

「ああ」

「ふぅん…。それにしても、似てるな」

「何に」

「夜魔族の考え方に」

「ん?」

「夜魔族は、決して月を悪いようには言わない。むしろ、感謝しているくらいだった。月のせいで病気を発症するにも関わらず、だ」

「そりゃそうだろ。月のお陰で、違う世界が見えるんだ。オレは目が見えなくなることで、みんなの優しさに触れることが出来る。夜魔だって、症状は違えど同じようなことを考えているはずだ」

「…そうか。そうかもしれないな」

「ああ」

「ん…?ボクは、なんだか分からなくなってきた…」

「ふふふ。じゃあ、今聞いたことを何回も反芻して、ゆっくりと理解するといい。今すぐ分かる必要なんてないんだから」

「うーん…。分かったよ…」

「よしよし、良い子だ」

「むぅ…。ボクはもう子供じゃないよ!」

「おっと、これは失礼。お嬢さま」

「もう!バカにしてるでしょ!」

「分かるか?」


桜に殴られた。

思いっきり。

それでも笑いをこらえられず。

最後には、三人とも笑っていて。

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