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「ふぁ…。眠い…」
「ここ二日くらい見なかったけど、どこにいたんだよ」
「どこって…自分の部屋だよ…」
「答えは出たのか?」
「んー。まあね」
「ほぅ」
「ボクはボクであることにしたよ。それ以外の何にもなれないから」
「…そうか」
「うん」
桜はそのまま座り込んで、洗濯物に手を掛ける。
…桜は桜だ。
それは変わらないが、どうやら少し成長したところもあるみたいだな。
「うわっ、石鹸落とした!」
「………」
「あ、土付いた…」
「今日はえらく不器用だな、お前…」
「うぅ…。こんなはずじゃ…」
「まったく…」
「うぅ…」
「ほら、こっちに貸してみろ」
「………」
土の付いた洗濯物をもう一度洗い直す。
桜は結構張り切っていたのに、すっかりしょげてしまって。
「さて、仕切り直しだな」
「うん…」
まあ、今ので余計な力も抜けただろう。
それにしても、なんで風華は来てないんだろうか。
寝坊か…?
洗濯物が終わって部屋に戻ると、風華はまだ布団にくるまって寝ていた。
チビたちは…もう遊びに行ったみたいだな。
「風華、起きなよ。いつまで寝てるの?」
「………」
「風華?」
「…何」
「うわっ、怖っ!」
「もう…。五月蝿いなぁ…」
「どうしたんだ。いつになく不機嫌だな」
「気分が悪いの…」
「二日酔い?」
「違う!姉ちゃんと約束したんだから…」
「そっか…。ごめん…」
「………」
返事の代わりにため息をつく。
約束、ちゃんと守ってくれてるんだな。
「それで?何が原因なんだ」
「うーん…。貧血だと思うんだけど…」
「貧血?月のものか」
「違う…。けど、貧血…」
「ちゃんと鉄分を摂ってるのか?」
「摂ってるよ…。医者の不養生なんて言われたくないし…」
「ふぅん…。じゃあ、なんで貧血なんだろうな」
「うぅ…」
「ん?」
風華が寝返りを打ったとき、何か見えた気がした。
首筋に…。
「えっ?」
「待て。ここ」
「あ、ホントだ。なんだろ」
「傷の痕だろうな」
「き、傷?そんなところ、怪我したことなんてないよ」
「そりゃそうだろ。それに、これは怪我の傷じゃない。牙…だな」
「牙?」
「ああ」
しかも、この歯形は…。
とりあえず、医務班に報せておいた方がいいだろな。
「桜、医療室に行ってくれ」
「うん。いろはねぇは?」
「オレは犯人を捕まえてくるよ」
「え?犯人?」
「ああ」
ちょうどあそこにいる。
さて…あのイタズラ娘は、今度は何をしたのかな…。
なぜか嬉しそうに笑っているサン。
その横で、美希が締まりのない顔をして。
「なんで医務班を連れてこなかったんだ」
「だって…」
「まあいいじゃないか。私だって、旅をしていた身だ。ある程度の診断は出来る」
「はぁ…。もういいよ…。じゃあ、サン。こっちに来い」
「うん!」
サンはパタパタと走ってくると、私の膝の上に座る。
…これから何が起きるか、分かってないようだな。
「サン。このお姉ちゃんは分かるな?」
「うん。風華お姉ちゃん」
「そうだ。それで、なんで寝込んでるか分かるか?」
「……?」
「ここを見ろ」
さっきの傷痕を見せる。
サンは興味深そうにそれを眺めて。
「これ、お前だろ」
「うん」
「えっ、ホントに?」
「桜。少し黙っててくれ」
「はぁい…」
「サン。なんで、こんなところに噛みついたんだ」
「だって…お腹が空いて…」
「腹が減って血でも吸うのか、お前は」
「うん。なんで?」
平然と言ってのけるな、こいつは…。
でも、これで原因は分かった。
「あのなぁ。どれだけ飲んだのかは知らないけど、風華が寝込むほど飲むってのはどういうことなんだ?お前は、加減も出来ないのか」
「でも…」
「でもじゃないだろ。サン。お前がやったことで、お前だけが怒られるのはいい。朝にも言った通りだ。けど、これは違う。お前のやったことで苦しんでる人がいるんだ。それは許しがたいことだし、オレも今は本気で怒ってる。分かってるか?」
「………」
「黙ってたら分からないだろ」
「…はい」
「何が"はい"なんだ。言ってみろ」
「い、紅葉…」
「桜に黙ってろと言ったはずだ。それはお前も変わらない」
「………」
「サン。言ってみろ」
「サンのせいで、風華お姉ちゃんがしんどくなっちゃったこと…」
「そうだ。それで?やることがあるんじゃないのか」
「………」
サンは風華のところまで行くと、モゴモゴと口の中で言葉を噛み砕く。
そして、意を決したように翼を広げて。
「ごめんなさい…風華お姉ちゃん…」
「…うん。いいよ、もう」
「うん…」
「まったく…」
サンの頭を撫でてやると、我慢してたものが一気に込み上げてきたようで。
こちらに振り向いて抱きついたかと思うと、大粒の涙を流して泣き始めた。
「うえぇ…ごめんなさい…。風華お姉ちゃん…お母さん…」
「はぁ…。仕方のないやつだな、本当に。反省してるか?」
「うん…うん…」
「だとさ、風華」
「私はもう許してあげたから…」
「そうだな。じゃあ、私も今日のところは許してやろう」
「うっ…うぅ…」
泣きじゃくるサンの背中をゆっくりと叩いてやる。
これで、またひとつ成長したということか。
桜も美希も、終わった今も話し出せない様子で。
…私が威嚇したのが、まだ残ってるのかもしれないけど。