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「ねぇ、速く!」
「そんなに張り切ることもないだろ…。ふぁ…。まだ夜明け前だぞ…」
「でも、速くしないと朝が来ちゃうよ!」
「分かった分かった…」
サンに叩き起こされて、頭の中はまだ眠っているみたいだ…。
さっきから欠伸が止まらない…。
冷たい外気に触れれば目も覚めるかと思ったけど、全然ダメだな…。
「あ、隊長。厠ですか?」
「いや…。広場だ…」
「広場?夜明けまで、あと半刻はありますよ?」
「分かってる…」
「ねぇ、お母さん!」
「…サンちゃんですか」
「ああ…。日の出てる間に外へ出ていいって言ったから、張り切ってるんだ…」
「日の出てる間…?なんでです?」
「そういう事情の子もいるということだ…」
「はぁ。よく分かりませんが、寝不足には気を付けてください」
「もう寝不足だ…」
「それもそうですね…。では、私は夜勤がまだありますので」
「ああ。ご苦労様…」
「ありがとうございます」
そして、孝則は見回りに戻る。
…あいつにサンの相手を頼めばよかったのかもしれない。
まあいいけど…。
「ん?サン?」
気付けば、サンの姿はどこにもなかった。
先に行ったのか?
いや…
「そこか」
「わわっ!」
「変わった特技だな。姿を消すなんて聞いたことないぞ」
「うぅ…。なんで見つかったの?いつも絶対に見つからないのに…」
「姿は見えなくとも、気配は分かる。完璧を目指すなら、気配も消さないとな」
「うぅ…。ケハイ…」
「まあ、気配の消し方は追々教えていこうか」
「むぅ…」
宙吊りにされてバタバタと暴れるサンを放り投げる。
そのまま上手く着地すると、また走り出して。
元気なやつだ。
…それにしても、あれは姿を消すと言うより、闇に溶けこんでるようなかんじだった。
何なんだろうな、あれは。
「速く!」
「はいはい…」
まあ何にせよ、術式とかその辺のオレが知らない力を使ってるんだろうな。
…また楽しみが増えたみたいだ。
広場では、やはりというか、セトが寝ていた。
近付くと、うっすら目を開けて。
「ゥルル…」
「サンがな。外で遊びたいって言うから」
「………」
「そうだな。まあ、門は全部閉まってるし、夜勤組もいるから」
「ォン…」
「うん」
一度欠伸をして、セトのたてがみに身体を埋める。
セトは大きくため息をつくと、私が寝やすいように体勢を変えてくれた。
「ありがとう」
「ゥルル…」
サンの楽しそうな笑い声が聞こえる。
明日香か、蓮と伊織の双子でも見つけたんだろう。
遊んでやれなくて残念だけど、途中で寝てしまうわけにもいかないからな。
とりあえず、お休み…。
セトがモゾモゾと動いた。
同時に、怒鳴り声も聞こえる。
「どうした」
「オォ…」
「ん?」
夜はまだ明けてないらしい。
でも、向こうの山の稜線は光を帯びてきている。
「誰?悪いことをする子は!」
「うえぇ…。ごめんなさい…」
「なんだ、香具夜。どうした」
「お母さぁん…」
「あっ、紅葉!遊ばせるなら、ちゃんと見張っててよ!」
「起き抜けに怒鳴るなよ…。サンが何かしたなら、まずはそれを明確にしろ」
「はぁ…。さっき見回りをしてたら、厨房で音がするから見に行ったのよ」
「…だいたい話は見えたけど。それで?」
「そしたら、今日の調理当番が仕込んでた朝ごはんを食べてたの」
「………」
「それで、怒ろうとしたら逃げて」
「で、ここで捕まったのか」
「うん。紅葉に助けを求めようとしたんじゃない?」
「そうなのか?」
「うぅ…」
「はぁ…。あのな、サン。お腹が空いてるのは分かる。美味しそうな匂いもするし、つまみ食いをしたい気持ちも分かる。でも、怒られたとか怒られそうだからって、逃げたらダメだ。香具夜だって、逃げなければこんなには怒らない。そうだよな?」
「うん」
「分かるか?逃げるっていうのは、自分の悪いところから目を逸らすってことだ。逃げていれば自分の悪いところは見えないし、その方が楽だろう。でもな、それではいつまで経っても成長しない。直さないといけないところが見えないんだから」
「でも、怒られるのはイヤ…」
「怒られるときは怒られる。嫌だからといって逃げるんじゃなくて、次に怒られないようにするんだ。じゃあ、それはどうすれば出来る?」
「うーん…」
「難しいことじゃない。逃げたら、また同じことをやってしまうんだ。となると?」
「ちゃんと怒られる…?」
「そうだ。よく分かったな」
「えへへ」
「自分の悪かった部分をきちんと見直して、次に間違わないようにする。そうすれば、怒られることも少なくなっていく。一石二鳥ということだな」
「うん」
サンは小さな手をグッと握ると、香具夜の方を向いて。
そのちょっとした迫力に、さっきまで怒っていた香具夜も一瞬たじろいだ。
「香具夜お姉ちゃん!」
「え、えぇ?」
「逃げちゃって、ごめんなさい…。今からちゃんと怒られるから、怒って!」
「えぇ…。困ったなぁ…」
「ふふ、怒ってやれよ。サンもこう言ってるんだし」
「そんなこと言われても、もう気も削げたし…」
「香具夜お姉ちゃん!怒ってくれないと、サン、また怒られちゃうの!」
「あー、あはは…。どうしよ…」
怒ってほしいサンに、もう怒る気はない香具夜。
サンは目をキラキラと輝かせて。
香具夜は何か呻きながら頭を掻いたり。
…面白いから、もう少し見ておこうか。