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大人数で食べるのに慣れているのか、それとも全く物怖じしない性格なのか。
あるいは、自分と同じくらいの子供がたくさんいるからか。
とにかくサンは、ずっと前から一緒にいたような、そんな自然な様子で夕飯を食べていた。
「サン。病み上がりなんだから、もっと軽いものを食べろよ」
「……?」
「病み上がりと決まったわけじゃないだろ。ただ寝てただけだし、身体の調子が悪いところもないみたいだし」
「そうだけど…」
「ほら、葛葉のことも気に掛けてやれ。かなり雑に食べてるぞ」
「えっ、あっ。葛葉、もうちょっと前に座れ」
「んー」
「また溢してるぞ。はぁ…。明日にでも、箸の特訓をしないといけないな」
「そうだな。いつまでも匙を使ってちゃ、格好つかないし」
「紅葉、手伝ってくれるか?」
「覚えてたらな」
「はぁ…」
ため息をつきながら、葛葉の溢したものを丁寧に拾って、自分の皿に入れる。
そうしてる間にも、葛葉はまた溢して。
…それにしても、美希、食べこぼしを集めるの、割と楽しそうだな。
葛葉の箸は上達するんだろうか。
「そうだ。旅団天照はいつまでここにいるんだ?」
「さあな。仕事が入り次第だろ。前もそうだったから。いちおうルクレィの中枢だし、情報を集めるのにも都合がいいし。…ここにいられたら困るのか?」
「いや、そうじゃないんだ。むしろ、いてくれた方が、私の料理修行が捗る」
「あぁ…。そういうことか…」
「そういうことだ」
驚くほどに勉強熱心だな。
日々是精進也…ということだろうか。
見習わないとな。
「サン。ほら、これを食べてみろ」
「うん」
「美味しいか?」
「うん。美味しいよ」
「そうか。これは葛葉も美味しいって言ってくれたんだ」
「ふぅん」
「明日も美味しいものを作ってやるからな」
「うん!」
元気よく返事をするサンの頭を撫でて。
その笑う様子を見て顔が綻びそうになるのを、精一杯取り繕っている。
…美希の料理修行は、若干チビたち寄りになりそうだな。
まあ、それはそれでいいけど。
カタカタと食器を片付ける音が、ほとんど誰もいなくなった広間に響く。
いつも通り月を見ていると、二人、こちらに近付いてくる気配。
「どうしたんだ?」
「お母さんが、部屋にいなかったから」
「そうか。迷わなかったか?」
「うん。望お姉ちゃんと一緒に来たから」
「そうだな。優しいお姉ちゃんがいるんだったな」
「うん」
サンはフワリと膝に乗ると、足をパタパタさせる。
望は横に座って。
「お母さん、また月を見てたの?」
「ああ。綺麗だろ?」
「うん」
「サンね、お月さまが好きだよ」
「そうか」
「お日さまも好きだけど、お月さまが好き」
「なんでだ?」
「お月さまが出たらね、お外に出られるから。お外はね、とっても広くて大きいんだよ」
「そうだな。外の世界は、私たちが思ってるより広くて、私たちが思ってるよりたくさんのものに溢れている」
「うん。だから、サンはお月さまが好き」
「…サン」
「なぁに?」
「なんで昼には外に出ないんだ?」
「お昼は危ないって言われたの。悪い人がいるから」
「誰に言われたんだ?」
「んー…?分かんない…」
「そうか…」
昼間に屋根縁で寝てたところを見つけたんだし、日光に弱いからなるだけ当たらせないように…とかではなさそうだな。
やはり、西洋での迫害の記憶が、純粋無垢な子供に今も受け継がれているのか…。
「…サン。もう昼も夜も危なくなんかないぞ。悪い人が来たら、お母さんがやっつけてやるからな。だから、たくさん遊ぶといい」
「ホントに?」
「ああ。ホントだ」
「じゃあ、今日は夜のお散歩はやめて、早く寝なくちゃ」
「夜の散歩?」
「うん。お城の周りをね、グルッて回るの。それで、新しいことを何個見つけられるか数えるんだ。今の最高記録は、十個だよ」
「そうか、十個か」
夜しか外に出ないのでは、それくらいしか楽しみがないんだろう。
毎日、外に出られるのはそんな短い間だけ。
それでも、ちゃんと楽しみを見つけて。
逞しいな、この子は。
…それより、城の周りを回るとか言ってなかったか?
どこの城だろうか。
もしかして、ここか…?
「昨日はね、知らないお姉ちゃんと会ったんだよ。お別れするときに飴を貰ったんだけど、歯磨きをしたあとだったから食べられなかったんだ」
「ふぅん」
「それでね、いつもの銀色の龍が門の前で待っててくれたんだ。サンのお友達だよ」
「銀色の龍って、あいつのことか?」
「うん。あの龍だよ」
サンが身を乗り出して見るから、落ちないように支えて。
…翼もあるし、もしかしたらいらないかもしれないけど。
「あの龍は、セトっていうんだよ」
「セト」
「うん。お姉ちゃんの友達でもあるんだよ」
「望お姉ちゃんの?」
「そうだよ。セトは優しいから、みんな友達になっちゃうんだ」
「うん。サンもお友達だよ」
「そうだね」
「えへへ」
望に撫でられて嬉しそうに笑う。
それにつられて、望も笑っているようだった。
「あっ」
「ん?どうした?」
「早く寝ないと、明日はお昼にお外に出られる日だから」
「そうだな。でも、焦ることはない。これからは、いつでも外に出ていいんだから」
「これから、いっぱい遊ぼ。楽しいこと、たくさん教えてあげるから」
「うん!」
サンは膝から飛び降りると、私の手を引っ張って。
望に合図をして、窓から降りる。
「隊長、ごゆるりと」
「ああ。お前も早く寝るんだぞ」
「はい。了解です」
「早く~」
「はいはい」
サンに急かされ、広間を出る。
よっぽど楽しみなんだな。
ワクワクして寝られない…なんてことにならなければいいけど。
…新しく加わった小さな足音は、なぜか懐かしいようなかんじがした。