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大欠伸をする祐輔の口の中に指を入れると、ガジリと噛まれてしまった。


「んぁ…。ごめんなさい、姉さま…」

「平気だよ、これくらい」

「そうだよ。ていうか、姉ちゃんが悪いんだし」

「うん…」


望が、私の代わりに祐輔の頭を撫でる。

祐輔は少し迷っていたけど、ニッコリと笑って。

と、横で眠る女の子に気付いたらしい。


「この子、誰?」

「さあな。まだ分からない。犬千代によると、魔霊の一種らしいけど…。詳しいことは、遙が調べてくれてる」

「マリョウ…?」

「うん。珍しい…というか、もともと西洋発祥の種族みたいだね」

「セイヨウ…」

「ここから西へ西へ、ずっと遥か先まで行ったところだ」

「西…。ムカラゥ?」

「ムカラゥは隣だろ。もっともっと向こうだ。キシュを越えてもまだ西の方」

「……?」

「まあ、そのうち分かるよ」

「うぅ…」

「焦ることはない。ゆっくり分かっていけばいい」

「むぅ…」


望が頬を引っ張ると、不満そうな声を出す。

あまりにグニグニとやるから、最後には望の指を噛んで。


「あーあ、怒らせちゃったね」

「うん」

「ちょっと楽しそうだな」

「うん。楽しいよ」

「うぅ…」

「そういえば、望は外で遊んでこなくていいの?」

「えっとね、ヤーリェが見てくれてるから大丈夫だよ」

「ヤーリェが来てるのか」

「うん」


窓から広場を覗いてみると、確かにいるようだった。

ていうか、下町の子たちが遊びにきてるんだな。

ルウェの姿も見える。


「それにね、新しい子が来てるって聞いて、早く友達になりたかったから」

「まだ起きてないけどな」

「うん。でも、起きてすぐにみんなに会わせたいんだ」

「優しいお姉ちゃんだな」

「えへへ」


望の頭を撫でると、可愛い笑顔を見せてくれる。

うん、やっぱりこれだな。


「姉さま、あっちで寝てるのは?」

「ん?あれは桐華だ」

「なんで寝てるの?」

「腹でも痛いんじゃないのか?」

「ふぅん…」

「適当なことばっかり言わないの。姉ちゃんのせいでしょ」

「姉さまが何かやったの?」

「そうだな。好き嫌いをなくしてやろうと思ったんだけど」

「拷問の間違いじゃないの?」

「違うな」

「……?」


祐輔は首を傾げる。

それを見て、望も首を傾げて。

尻尾の動きも同調してるけど、こっちは偶然だろうか。


「あ」

「ん?」

「翔兄ちゃんは?」

「遙と一緒に調べものだ。あいつは、旅団天照に入ることになったからな」

「そうなの?」

「ああ。…寂しいか?」

「うん。でも、ちょっとだけ。だって、また会えるんでしょ?」

「天照はルクレィ中心だからな。祐輔の言う通り、またすぐに会える」

「うん」


小さく頷くと、グッと握りこぶしを作る。

必ず翔は帰ってくるから。

そう、確めるように。



望と祐輔が屋根縁で日向ぼっこを始めた頃、遙が翔と一緒に戻ってきた。

資料と思われる木簡も持って。


「やっぱり、異国漫遊記ってのに書いてあったよ」

「漫遊…」

「いいじゃない、資料の名前なんて」

「いいけど…」

「えっとね…。どこだっけ…」

「…ここですよ」

「あぁ、そうだったそうだった。翔が見つけてくれたんだけどね。びっくりしたよ。一巻を読むのに三分掛からないんだから」

「へぇ、瞬読が出来るんだね」

「た、大したことじゃ…」

「いや、すごいことだと思うよ。誰にでも出来るものじゃないしな。誇っていいんだぞ」

「あ…えっと…」

「あはは。まあ、その話はまたあとにしよっか。翔も心の準備が出来てないみたいだし」

「そうだな」

「ごめんなさい…」

「謝る必要はないでしょ。それで、資料にはなんて書いてあったの?」

「うん。魔霊族っていうのは、いろんな種族の総称なんだって。それで、ここ。熱き血潮ような赤き瞳に、鷹の眼光のよりも鋭い牙。銀の髪は空を流れる天の川を彷彿させる。そして、龍をも凌ぐ可憐な翼を広げ、美しき月夜に舞う…って。訳してみたかんじ、そんなことが書いてあったよ」

「…なんだ、それは」

「まあ、ちょっと臭いかもしれないけど、この子の雰囲気にそっくりじゃない?」

「そうだけど…」

「あまりにもあまりにもだよね…」

「いいじゃない。それで、この資料には名前も書いてあって…。あ、これだ」

「ん?」

「夜魔族だって」

「夜魔族?」

「うん。闇に溶け霧と化し、夜な夜な生き血を吸い歩く…と言われているって書いてあるよ」

「二重伝聞だな…」

「仕方ないじゃない」

「い、生き血って…」

「噂でしょ」

「火のないところに煙は立たないんだよ…」

「風華は、どうしてもこいつを吸血鬼に仕立て上げたいみたいだな」

「そ、そうじゃないけど…」

「………」

「ん?どうしたんだ、翔」

「資料を読みすぎて疲れたんじゃない?」

「えっ、あ…はい…」

「大丈夫?」

「少し横になったらどうだ。顔色が悪いぞ」

「うん…」


翔は、フラフラと桐華のところまで歩いていくと、そのまま糸が切れたように倒れ込む。

…さて。

少し声の調子を抑えて。


「それだけじゃないんだろ?」

「…何が?」

「資料だよ。何か隠してるだろ」


風華が何かを言う前に、口を塞ぐ。

気付いていないなら、何か無神経なことを言ってしまう可能性もある。


「…ふぅ。紅葉には隠し事は出来ないんだね」

「当たり前だ。いくら演技が上手くても、心の動揺は隠せないだろ」

「完璧だと思ったんだけどなぁ…」

「何を隠してるんだ?」

「うん。これの一巻前にも、夜魔族…というか、魔霊族のことが書いてあったんだ。ただし、そっちは魔霊族以外の人からの情報」

「………」

「魔霊族はね、一方的な迫害を受けてたみたいなんだ。西洋でも数が少ないし、当事者からしてみればわけの分からない噂も出回ってるし。これは何十年か前の資料なんだけど、このときにもすでに東へ東へと逃げてきてたみたいだよ」

「じゃあ…」

「うん。この子がここにいるってことは、魔霊族の一部…あるいは、全体がここまで逃げてきてるってことだね。海まで越えて…」

「そうか…」


風華の口を塞いでいた手を離す。

すると、かろうじて残っていた力も抜け、そのまま泣き始めてしまった。


「お前が泣いても仕方ないだろ」

「だって…だって…」

「こいつがどういう経緯でここにいるかは知らないが、少なくともそんな顔で迎えられても喜ばないのは確実だ。それとも、お前は嬉しいのか」

「嬉しくないけど…」

「じゃあ、泣くんじゃない。同情ほど無駄なことはないからな」

「…うん」


風華は涙を拭いて。

そして、そっと女の子の頬に触れる。

…翔にも少し反応があったみたいだ。

よし、あとは底抜けの明るさを誇る、自慢のチビたちが起きてくるのを待つだけだな。

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