15
部屋に近付くにつれ、またバタバタと走り回るような音が聞こえてくる。
「もう!あの子たち、また何かやってるの!?」
「いいじゃないか。壊れるようなものも置いてないし」
「でも…!」
そう言って、風華は走っていった。
「光は行かないのか?」
「うん。だって、お母さん、連れて行かないと」
「え?」
光は、私の手を握り直して、少し先行する。
「光…?」
「わたし、お母さんの、"光"になるよ。だって、わたし、光なんだから」
「光…」
光も、この病気のことを知ってたのか?
光の足音に、迷いはなかった。
「着いたよ、お母さん」
「ああ、そうみたいだな」
「こらっ!待ちなさい!」
「わたし、もう疲れた~…」
「明日香!」
「どうしたんだ」
「あ!姉ちゃん!まだ遊び足りないのか知らないけど、明日香が暴れて!」
「そうか」
「ねぇ、捕まえるの、手伝ってよ!」
「構うから、余計に暴れるんだ。無視しておけばいい」
「でも!」
「でもじゃない。追いかけると、遊んでもらってるのかと思うんだ」
「うぅ…」
風華は、もういいよ!と言わんばかりに足音を立てて、布団に潜り込む。
私も光に先導されて、布団へとたどり着く。
「さあ、望、響。もう寝ようか」
「うん」
「ん?響は?」
「あっ!響!そんなとこで寝たら風邪引くでしょ!」
「うぅ~…もう動けないよ~…」
「そんなこと言って!ちゃんと布団で寝なさい!」
「むぅ~…」
「ほら、響。こっちに来い。一緒に寝よう」
「うん…」
ゴソゴソと這い回るような音がして、響が私の布団に潜り込んでくる。
「あ…そういえば、光の布団、あるか?」
「うん。お昼寝のとき、光の分も出しておいたんだ」
「そうか」
「フカフカ~」
「そうでしょ。お日さまの光をいっぱい吸ってるからね」
「ん~」
パタパタと、何か羽ばたくような音が数回聞こえたが、すぐにやんだ。
眠ってしまったらしい。
「…みんな、寝付きが良いみたいだね」
「ああ。しっかり食べて、しっかり遊んでるからな」
「はぁ~。じゃあ、私も寝るかな~。…ん?どうしたの、明日香?」
「クゥン…」
「寂しいんだと。一緒に寝てやれ」
「そうかそうか。ほら、こっちに来な~…って、姉ちゃん、明日香の言ってることが分かったの?」
「え?なんでだ?」
「寂しいんだと…じゃあ、明日香が言ってることを代弁してるみたいじゃない。寂しいんだろ…とかでしょ、普通」
「聞き間違いなんじゃないのか?」
「絶対に違うね」
「自信満々だな…」
「うん。耳の良さには自信があるよ」
今が話すとき、か。
まあ、隠すようなことでもないしな。
「…そうだよ。オレには明日香の言葉が分かる。正確にいうと、狼の言葉、だけど」
「ふぅん?なんで?」
「…私は、昔、狼に育てられてた時期があったんだ」
「え…?」
「戦で親を失ったらしい。ずっと赤ん坊の頃だから、全然覚えてないんだけどな。気付けば、私の親は狼だった。厳しいけど、優しかった」
「………」
「ある日、縄張りの中に人間が入ってきた。母さんは、私がいることをなんとかして気付かせようとしてたみたいだ。そして、その人は私に気付いた。狼の群れの中にいる、人間の子供の存在にな。…いつの間にか母さんたちはいなくなってた。私は、母さんを必死に探した。必死に呼んだ。でも、もう姿を現すことはなかった。私とその人だけが、その場に取り残された」
「…それで?」
「私は、その人に連れて行かれた。今まで怖いと思ってた人間に連れて行かれるなんて、最初は嫌だった。でも、その腕に抱かれているうち、不思議と安心出来た。なんでだろな。母さんと同じ匂いがしたからかもしれない」
「その人って、誰だったの?」
「…ここの、前の衛士長だよ。最初は、オレを狼として扱ってくれてたみたいだ。徐々に人間の生活に慣れさせて。そして、オレは衛士として教育された。ここで生きていくために」
「それで?前の衛士長さん、どうしたの?」
「母さんは死んだよ」
「あ…ごめん…」
「ううん。最期まで立派だったよ。自分の信念を貫いて、死んでいった…」
「………」
「オレを生んでくれた母さん、ここまで育ててくれた二人の母さん。みんな、オレの母さんだ。オレの、大好きな母さん」
「…うん」
「なんで風華が泣いてるんだよ」
「ううん。姉ちゃん、幸せだったんだな…って思って」
「幸せだった、じゃない。幸せなんだ。今も。風華がいて、みんながいて。本当に、幸せ。それに、この子たちには、お母さんって慕われて。あぁ、母親になるって、こんなかんじなのかな…って。母さん、こんな気持ちだったのかなって」
「じゃあ、私もお母さん、って呼んでもいい?」
「呼んでくれるのか?」
「ふふ、やめとくよ。姉ちゃんがお母さんなら、兄ちゃんはお父さんになっちゃうし」
「え?どういう意味だ?」
「あれ?姉ちゃんって、兄ちゃんのこと、好きじゃなかったの?」
「なっ!何をっ!」
「あれ~?違った~?」
絶対ニヤニヤしてるよ!
もう知らない!
布団を頭から被ってしまう。
「あははははっ。姉ちゃんって、兄ちゃんと同じで、ホントに分かりやすいね~」
「………」
「あ、怒っちゃった?」
「………」
「ごめんね、姉ちゃん。でも、ホント…あははははっ」
「何が可笑しいんだ!」
「い、いやぁ、なんでもないからっ!あははははっ」
「なんでもないことないでしょ!」
「くふふ…あははははっ」
何が可笑しいのかは知らないけど、風華はずっと笑い続けてて。
もう!
風華なんて嫌い!
そういうことですね。
…何が?