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「うぅ~…」
「お前、五月蝿いぞ」
「だってぇ…」
「何かあったんですか?」
「あぁ。さっきね、桐華が格好良いことを…」
「あーあー!ダメ!言っちゃダメ!」
「そうだな。千華…というか、調理班に伝わった情報は侵略すること火の如しだからな」
「じゃあ、余計にダメ!」
「なんだ、つまんないの」
「つまんなくていいよ!」
「ふふふ。非常に気になりますが、お昼ごはんですよ」
「はぁ~。やっとだ~」
「祐輔と翔くんの分は、ここに置いておきますね」
「ああ。ありがとう」
「昨日は寝てないんですってね」
「祐輔か?そうらしいな」
「隊長も同じ部屋で寝てたのに、気が付かなかったんですか?」
「情けない話だがな。祐輔がいないことにも気付いてなかった」
「へぇ~。疲れてたんですかね?」
「さあな」
「豹は隠密が得意って聞くしね。祐輔には素質があるのかもしれないよ」
「ふぅん…」
「うぇ…。かいわれ大根だ…」
「嫌いですか?」
「辛いもん…」
「加熱してありますからね。少しはマシだと思いますよ」
「良薬口に辛しだ。薬だと思って食べろ」
「良薬口に苦しじゃ…」
「つべこべ言うな」
桐華の口にかいわれ大根を押し込んで、即座に口を塞ぐ。
すると、顔はみるみる青褪めていき、涙目になってくる。
「んー!」
「ダメだ。オレの前で好き嫌いは許さないぞ」
「んー!んー!」
「早く飲み込め。いつまでも辛いままだぞ」
言われてすぐに必死に飲み込もうとするが、ろくに噛んでないものを飲み込めるわけもなく。
本格的に泣き始めたから、手を離してやる。
「うっ…うぅ…。酷いよ…紅葉…」
「好き嫌いするからだ」
「ホント、容赦ないね。余計に嫌いにならないか心配だよ」
「これでもいちおう、好き嫌いはいくつかなくしてるんだぞ」
「この方法で?」
「いや、遥かに緩やかだけど」
「そりゃそうだよね…。この方法で治るなら、私だってやってるよ…」
「ぼくにも優しくしてほしかった…」
「それで治るなら、そうするけど」
「治るよ…」
「そうか?じゃあ、やってみるか?」
「うぅ…。もういいよ…」
「そうだろ?」
「………」
涙を拭って、かいわれ大根だけよけてまた食べ始める。
不機嫌そうに唸りながら。
部屋に戻ると、そのまま桐華は布団のひとつに潜って寝込んでしまった。
相当こたえたようだな。
「桐華さん、どうしたんですか?」
「ん?いやぁ、紅葉がちょっとね」
「紅葉姉さん、何かしたのか?」
「さあな」
「なんだよ、それ。桐華さんに何かあったら、紅葉姉さんでも許さないからな」
「おっ、早速だね。それっぽいよ」
「そ、そうですか?」
「うん。まあ、仕事は追々やってもらうとして、まずはそんなかんじだね」
「遙は出来てないみたいだけど」
「私が出来てないから、翔にやってもらうんだよ」
「胸を張って言うことかよ…」
「ん?そういや、紅葉は張る胸もないからね」
「なっ!なんでそんな話になるんだ!」
「はぁ…。可哀想に…」
「さ、触るな!」
手を払いのけて。
遙は肩を竦めると、ニヤリと笑って。
まったく…。
油断も隙もないやつだ…。
「翔も触ってみなよ。ほら」
「えっ…」
顔を上げると、翔の手が迫ってきていた。
そして…
「ひゃぁ!?」
「わわっ!ご、ごめん、姉さん」
「遙!」
「いいじゃない。紅葉って、抱き締めるのが好きでしょ?」
「そ、それとこれとは話が違うだろ!」
まだドキドキしてる…。
翔も、なんだか顔が赤いし…。
くそっ…。
遙のこういうところが苦手だ…。
「ところで、さっきから気になってるんだけど、あれは何?」
「そんなこと言っても騙されないぞ…!」
「いや、これは本当だよ」
「ウゥ…」
「もう…。間が悪いんだから…」
「悪くしたのは誰だよ…」
遙が立ち上がる。
咄嗟に胸を庇ったが、遙は横を通りすぎて。
…まだダメだ。
まだ分からない…。
「もう…。そんなに睨まなくてもいいじゃない…」
「ウゥ…」
「ほら。また獣みたいに唸って」
「もともと狼だからな…」
「はぁ…」
遙は屋根縁へと向かう。
そして、私たちが部屋に来たときにはなかったはずのものを抱え上げて戻ってくる。
「さあ、どうする?また増えちゃったね」
それは、女の子だった。
…確かに、また増えたな。
風華が髪をいじり始める。
何かを考えてる証拠だ。
まあ、この子についてなんだろうけど…。
「寝不足だね」
「はぁ?」
「寝不足だって言ったの」
「こいつがか?」
「え?この子?この子は知らないよ。祐輔の話」
「えぇ…。祐輔のは、もう分かってるんだよ…」
「こ、この子は今から!」
「はぁ…」
お昼を食べてきて眠くなったらしい葛葉は、また屋根縁で日向ぼっこをして。
今度は夏月と弥生も一緒に。
まあ確かに、絶好の日向ぼっこ日和だけど。
「なんだろね…。翼は龍だけど…。それにしては、角もないし…」
「角のない龍はいないのか?」
「もともと、龍は角に力を溜めているって言われてるから」
「うん。だから、龍とは考えにくいね…。この子が起きない原因も分からないし…」
「そうか…」
「兄ちゃんなら、何か分かるかもしれないけど…」
「ん?呼んだか?」
「仕事が忙しいだろうしなぁ…」
「えっ、あ、おい!」
風華は、部屋に入ってきた利家を押し返す。
…何かの用事で来たんだろうに。
何だったんだろ…。