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「うん、いいよ」
「えっ、そんなあっさり…」
「嫌なの?」
「いえ…」
「なら、いいじゃない。一緒に行こうよ」
「は、はい」
「桐華はいつも二つ返事だからね」
「それよりさ、何かお菓子ないの?」
「ない」
「うぅ…」
「よかったじゃないか。給料も入るし、弥生が一人になることもない」
「うん」
頷きながら、キラキラと太陽の光を反射する、葛葉の頭を撫でる。
考え抜いた結果、翔は旅団の一員として旅をするのが一番良いと判断したらしい。
確かに、二人旅よりずっと安全だし、ある程度同じ場所を回るから、根を張るにはちょうどいいかもしれない。
ルクレィを中心として回ってる旅団天照なら、ここにもすぐに帰ってくることが出来るし。
私は良い判断だと思う。
「それで、翔は何か武術とか出来る?」
「えっ、あ…いや、何も…」
「そう。じゃあ、護衛は無理ね…」
「す、すみません…」
「武術なら、オレが教えないこともないけど」
「いいよ。紅葉が教えると、いろいろ問題だから」
「…何が」
「紅葉の戦い方って独特でしょ?木刀を持ったら普通だけどさ」
「それ以外でも普通だ」
「素手のとき、四足になるじゃない」
「そっちの方が速いからな」
「そんなの、紅葉だけだよ。人間は四足で駆け回るようには出来てないからね。他の人が真似しても、腕を痛めるのが関の山だよ」
「そうかな…」
「ということで、武術はいいよ。他にも仕事はたくさんあるしね」
「は、はい」
「ぼくに仕事が回ってこないんだけど」
「やりたいの?」
「だって、団長なのにお茶ばっかり飲んでるなんて、締まらないじゃない」
「仕事を回してもいいけど、すぐに音を上げるでしょ?」
「そ、そんなことない…はず…」
「そんなのじゃダメ。しっかり仕事出来ます!って宣言出来るようになってから来なさい」
「うぅ…」
「お前は、遙が家出したとき以外、お茶を飲んで落ち着いてるのが仕事だ」
「そうそう」
「んー…。なんか気になるところがあったような…」
「気のせいだろ」
「んー…」
「そうだ。桐華の補佐をしてみない?正直言うと、私だけじゃキツいんだ」
「えっ…。そんな大役…俺には無理です…」
「あはは、そんな大層なものじゃないよ。読み書き算盤は?」
「はい…。いちおう…」
「じゃあ、大丈夫だよ。よし、これで決まりだね」
「いえ…。ホントに無理ですから…」
「…どうして、やる前から無理って決めつけるの?翔は、そんなに心の弱い人だったの?」
「………」
「骨のある子だと思ったけど、私の見込み違いだったみたい。確かに、そんな人には無理だろうね。そして、そんな人はうちには要らない。入団は認めたけど、取り消させてもらうよ」
「は、遙…。そんな…」
「桐華は黙ってて!」
「…黙らないよ。ぼくは、遙を信じてる。遙が決めたことには口出ししない。でも、今回は無理だよ。翔はそんな弱い子じゃないってことは、遙も分かってるでしょ?なんで、そんなことを言うの?」
「実際にそう思ってるからよ」
「遙!」
「………」
「ぼくは、ぼく自身のことなら何を言われてもいいけど、大切な団員の悪口を言うやつは許さないよ。たとえ、遙でも…ううん、ぼくはみんなを信じてるから。遙が、そんな酷いことを言うなんて思ってないから。だから、だから…」
「分かりました。俺、やってみます」
一瞬の沈黙が流れる。
翔は決意に満ちた目を。
遙はニッコリと笑顔に戻って。
そして、葛葉が寝返りを打ったその横で、一人、桐華はキョトンとしていた。
「ありがと。ごめんね」
「いえ…。俺が悪かったんですから」
「それでも…ね。だけど、桐華の人となりがよく分かったでしょ?」
「はい」
「まあ、桐華はそういうやつだよ。今も、今までも。これからも、な」
「えっ、え?どういうこと?」
「桐華のバ~カ。引っ掛かってや~んの」
「ひ、引っ掛かる…?」
「私が本気であんなことを言うと思った?」
「えっ?いや、でも…」
「翔が桐華の補佐を渋っていたのは本当だけど、遙が翔のことをどうこう言ってたのは嘘…というか、演技だぞ」
「えぇっ!嘘!」
「演技力には自信があるからね。そうでないと情報屋なんて出来ないし」
「そんな…」
「あ、情報屋っていうのは裏稼業みたいなもので、細々とした噂話から国家機密まで、いろんな情報を集めて適宜利用したり売りさばいたりする仕事だよ」
「だいたい想像はつきます。俺も昔、酒場で働いてましたから」
「へぇ~。そりゃいいね…って、翔は何歳だっけ?」
「お得意の情報網で調べてみては?」
「あっ、一本取られたかなぁ」
「そうかもしれませんね」
「ね、ねぇ、遙…。演技だったって…」
「もう…。だから、桐華は何か格好良いことを言って、格好良く決めたってことでいいじゃない。それ以上に何があるのよ」
「か、格好良くなんてなかったよ!あっ、なんか、思い出したら恥ずかしくなってきた…」
桐華の顔はみるみる赤くなっていく。
最終的には、茹で蛸になって倒れるんじゃないかってくらい。
…でも、団長らしくて格好良かったってのは事実。
相当恥ずかしいだろうな、というのも事実。