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「今日は良い天気だな」
「そうだね。すぐに乾いちゃうね」
「まあ、それはいいことだ」
「うん」
洗濯物を取って、長く横に渡された紐に掛けていく。
今日は速く終わったので、まだ干していたり、洗ってるところもあった。
「もう…姉ちゃん。ちゃんとシワは伸ばしてって言ってるじゃない」
「ん?あぁ、そうだったな」
「他のところが気になるの?」
「んー、いや。今日は速く終わったからな。こういう景色が珍しくて」
「なるほど、確かに珍しいね」
「ああ」
「いつも兄ちゃんが五月蝿いし。でも、一番速いのも事実なんだけど」
「そうだな。今日も、もう干し終わってるし。犬千代は誰と組んでたかな」
「んー、裕太だったような気がする」
「そうか、裕太か。速いわけだ」
「私たちのところみたいに、途中で増えたりしないからね」
「そうだな。あの二人だと、誰も寄り付けないだろ」
「怖いもんね~」
「誰が怖いんですか?」
「裕太と兄ちゃんだよ」
「そんなに怖いですか…」
「うん。作業してる間、般若だもんね」
「風華さん、僕だと分かって話してます?」
「姉ちゃんと声も全く違うし、間違うわけがないじゃない」
「確信犯とはまた酷いな、お前は」
「もういいですよ…。どうせ般若ですから…」
「ほら、裕太が拗ねたじゃないか」
「あはは、今日は調子良いね」
「僕は悪いです…。悪くなりました…」
「ごめんごめん」
「はぁ…」
裕太はすっかり意気消沈して。
朝から精神に負荷を掛けすぎだな。
「まあ、それだけ一所懸命やってるってことだよ。それよりさ、兄ちゃんとやってて息が詰まってきたりしない?」
「そうですね…。僕みたいな下っ端の肌着を、王さまにも洗わせてしまっているっていうのは、正直畏れ多いです…」
「あぁ、そんなの気にしなくていいよ。兄ちゃん、洗濯好きだし。どんどん遠慮なく洗わせてあげて」
「し、しかし…」
「いいのいいの。そうじゃなくてさ、堅苦しいでしょ、兄ちゃん」
「いえ。気さくに話し掛けていただいて。恐縮ではありますが、王と作業を共にしているという意識は薄れて、有難いことです」
「風華。裕太は犬千代に負けず劣らず堅苦しいんだ。愚痴を聞き出そうたって無駄だぞ」
「うん…。そうだね…」
「愚痴なんて、とんでもないです!」
「はぁ…。空姉ちゃんとなら、一日中兄ちゃんの悪口で話せるのに…」
「趣味が悪いぞ」
「趣味じゃないからいいの」
「そういうことじゃないだろ…」
ていうか、もしかして空といるときは利家の悪口ばかり話してるんだろうか。
…有り得そうで怖いな。
部屋に戻ると、翔が屋根縁に寝転んで空を見ていた。
…なぜか、その隣で葛葉も丸くなって日向ぼっこしてるけど。
「翔」
「あ、紅葉さ…紅葉姉さん…」
「えっと…」
「あっ…今のは、その…弥生がそう言えって…」
「え?…あぁ、紅葉姉さんってやつか。あー、いや、オレはそんなことを聞きたかったわけじゃなくてだな」
「えっ…。じゃあ、俺の言い損…」
「そうだな」
要らぬことを言ったと、翔の顔がどんどん赤くなっていく。
それを隠すためかそっぽを向いてみるが、尻尾の動揺は隠せていなかった。
「あー、何を聞きたかったか忘れてしまったな…」
「………」
「まあいい。祐輔はどうだ。起きたか?」
「いえ…。そこで寝てますよ…」
「ん?ホントだ」
祐輔は朝ごはんを食べるなり、気絶するように眠ってしまった。
風華はあとで来ると言っていたが、もしかしたら何か急な病気かもしれないし…。
「祐輔、昨日は寝てなかったみたいですよ」
「そうなのか?」
「はい。原因は俺だと思うんですが…」
「どうして」
「俺が考え事をしてたら、祐輔が話し掛けてきたんです。何がしたいわけでもなく、ただ話したいだけだったみたいなんですが…」
「ほぅ」
「それで俺、悩んでたことを話してしまったんです…。そのときはなんとなくだったんですが、あとで考え直してみると、ただ不安を煽るだけだったなと…」
「そうか」
だから、あんなことを言ってたんだな。
小さい妹を抱えた兄として、翔と自分自身を重ねてしまったんだろう。
祐輔は優しい子だから。
「まったく不用意でした…。すみません…」
「謝る必要なんてないだろ。お前は悪くないよ。誰も悪くない」
「でも…」
「悪いとすれば、お前や祐輔を孤児としたこの世の中だ」
「………」
そうだな。
家族を失うことがなければ、こんな思いをすることもなかった。
身勝手な理由で争い、何の関係もない子供たちも巻き込んで。
「俺は…こうやって旅をしてて良かったと思ってます。他の人が出来ないことを、たくさんやってきた。俺は、孤児ということを負の肩書きとは思っていません」
「そうか」
「だから…俺、旅に生きようと思うんです」
「…そうか」
「弥生には…辛い思いをさせてしまうけど…」
「辛くなったら帰ってくればいい。ここは、お前たちの家なんだからな」
「…うん」
翔は隣で眠る葛葉の頭を撫でて。
そして、また空を見る。
…空はどこまでも続いている。
ここに繋がっているから。