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「おはよう、祐輔」
「あっ、姉さま。おはよ」
「早起きだな」
「そ、そうかな…」
「ああ。でも、こんなに早く起きても、調理班は寝坊助ばかりだからな。なかなか朝ごはんにはありつけないぞ」
「うん」
「…まあ、ゆっくり待つか」
「えへへ」
祐輔の隣に座る。
…雨戸はもう開けてあるな。
祐輔が開けてくれたんだろうか。
広場の真ん中でセトが大欠伸をしているのが見えた。
「姉さま」
「ん?」
「俺と夏月、ずっとここにいてもいいんだよね?」
「…どうしたんだよ、急に」
「翔兄ちゃんが、なんか悩んでたみたいで…。俺はここが大好きだし、離れたくない。でも、姉さまとか他のみんなに迷惑を掛けてるのかって考えたら…」
「迷惑を掛けてると思ってるのか?」
「うーん…」
「まあ、それもあながち間違いではない。迷惑は掛けてるだろうな」
「うん…」
「でも、オレたちの誰一人として、それを迷惑だと思ってるやつはいない」
「えっ…?」
「迷惑というのは、要するに心の持ちようだ。たとえば、そこの醤油取って…なんていうのも迷惑になりうるんだ。取る側の人がそれを煩わしいと思えば、迷惑が成立する。でも、どれだけ手間を掛けさせようとも、迷惑にならないこともある。その人が、迷惑だ、煩わしい、と思わなければ、迷惑は成立しない」
「………」
「オレたちは、祐輔や夏月がここにいるのが迷惑だなんて思ってない。褒めたり、怒ったり。遊んだり、一緒に寝たり。何も煩わしいとは思わない。こうやって、抱き締めるのもな」
祐輔を引き寄せて、そっと抱き締める。
少しびっくりしたようで、最初は戸惑っていたが、すぐに身体を預けてきた。
「祐輔は、オレがこうやって抱き締めるのを煩わしいと思うか?」
「…ううん」
「そうか。よかった」
「だって、姉さまは、俺のお姉ちゃんだもん…」
「ああ。私は祐輔のお姉ちゃんだ。祐輔は、私の大切な弟。大切な家族だ」
「うん」
大きく深呼吸をすると、祐輔はそっと離れる。
その目には、もうさっきみたいな迷いはなく。
「ありがと」
「何が」
「うん」
「変なやつだな」
「えへへ」
もう一度、祐輔の頭を撫でる。
…祐輔は大切な家族だ。
もちろん、翔も。
今日の当番は遅いな。
もう夜が明けて結構経つけど…。
「うわっ、大変だよ!寝坊した!」
「遅いぞ」
「えっ!?た、隊長!すみません!」
「まったく…。本当に寝坊助ばっかりなんだな…」
「いやぁ、まったく。何をしてるんでしょうかね?」
「お前は何をしてたんだ、千華」
「え?わ、私ですかぁ?私はほら、あれですよ。春眠暁を覚えず」
「つまり、寝坊だな」
「…はい。すみません」
「もういいから。早く朝ごはんを作ってくれ」
「はぁい」
祐輔は待ちきれずに、机に突っ伏して眠ってしまっている。
早起きしたってのもあるかもしれないが。
ふむ…。
調理班の寝坊を治す方法はないかな…。
各部屋に鶏を置いてみたりしても無駄だろうな。
全員東向きの部屋に…って、千華は東向きの部屋じゃないか…。
何をどうしたら早起きするんだ、こいつらは。
「やっ、ほっ」
「黙って料理出来ないのか」
「え?何か言ってました?」
「まったく…」
「ふんふ~ん。納豆~、なっと~」
「納豆?今日は納豆か」
「んー?そんなこと、言いました?」
「無自覚で納豆なんて呟くのか、お前は」
「どうでしょうね」
「呟いてたよ」
「ふぅん」
気のない返事をして、また料理に取り掛かる。
納豆だとかワカメだとか、わけの分からないことを言いながら。
「祐輔。朝ごはんだぞ」
「ん…」
「おい、起きろ」
「んー…」
「祐輔」
「うん…」
「起きたか?」
「………」
「はぁ…。ダメだな…」
「隊長、どうしました?」
「祐輔が起きないんだよ」
「あちゃ~。待たせすぎちゃったみたいですねぇ」
「まったくだ」
「じきに出来上がりますからね~」
「そういえば、千華は一人部屋だったな」
「ええ。それがどうかしましたか?」
「早起きのやつと相部屋にすれば、当番にも遅れないかと思ってな」
「なるほど。良い案ですねぇ」
「戦闘班のやつを入れてみようか」
「隊長が来てくれますか?」
「それでもいいぞ。叩き起こしてやる」
「隊長は比喩じゃないですからね。本当に木刀で叩き起こされますし」
「なんだ、そんな凶暴なやつだと思ってるのか」
「調理班では有名な話ですよ。灯が言いふらしてますから」
「あいつ…」
「まあ、灯が隊長の悪口を言いふらすときは、みんな話半分で聞いてますよ」
「それならいいけど…」
「みんな、隊長のことを信じてますから。灯も、ですが」
「…うん。ありがとう」
「当然のことです。部下が上司を信じなかったら、誰が信じるんですか」
「ふふふ。じゃあ、オレは部下から信じられる器であり続けなければならないな」
「そうですね。他の誰も信じられなくなっても、隊長だけは信じられる…。そんな隊長であり続けてください」
「難しい課題だな」
「いつも通りにしていてくれれば、それで充分ですよ」
「…そうか」
「ええ。さぁて、ごはんが出来ましたよ~。昨日から準備だけでもやっていて正解でした」
「ん?それが夜遅くまで掛かって、次の日に寝坊するのか?」
「昨日は夕飯が終わったあと、半刻くらい掛かりましたね~」
「…全然遅くないじゃないか」
「あれ?」
少し小突いておく。
すると、千華はペロッと舌を出して。
結局、全く関係ないところで寝坊してるんじゃないか。
はぁ…。
祐輔はいつの間にか起きて、早速朝ごはんを食べてるし。
何なんだ、今朝は。