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「ん~」

「葛葉、こぼしてるぞ」

「灯、匙はどこにやった」

「そんなの知らないよ。夏月が持ってるやつじゃないの?」

「いや、夏月の匙を探してたんだけど…。夏月、それはどこから持ってきたんだ」

「んー?」

「それは私のだ」

「美希の?じゃあ、結局夏月の匙はどこに行ったんだ」

「下に落ちてるんじゃないのか?」

「さっき見たけどなかったぞ」

「まあ、片付けたら見つかるでしょ。消えるわけないんだから」

「そうだけど…」


匙の本数なんて把握してるんだろうか。

葛葉なんかは、すぐに噛み潰してしまうし…。


「あっ!俺のを取ったな!」

「食べるのが遅いんだよ!」

「なんだと!?」

「お前ら、喧嘩は外でやれ!あと、子供もいるのに物を投げるな!危ないだろ!」

「す、すみません…」「隊長…」

「まったく…。戦場というより無法地帯だな…」

「そういえば、桜がいないんじゃないか?」

「桜は、今日は部屋から出てきてないよ。ごはんも向こうに持っていって」

「ん?そうなのか?」

「うん」

「何をしてるんだろうな」

「さあ?」


桜、今日は出てきてないのか。

美希は首を傾げているが、たぶん昨日のことでまだ悩んでいるんだろうな。

気になるけど、今は放っておくのが一番だろうな。

私たちの力が必要なら、向こうから来るだろうし。


「そういえば、翔はどうした」

「知らないけど。でも、お昼はずっと馬車置き場にいたみたいだよ」

「またそこにいたのか」

「んー。自動三輪の上が、やっぱり一番落ち着くんじゃない?」

「私も、料理の道具とか覚書を入れる袋は、ずっと使ってきた背負い袋だからな。旅の道連れっていうのは、他の何より愛着が湧くのかもしれないな」

「ふぅん…」

「まあ、セトも明日香もいるし、大丈夫でしょ」

「何が大丈夫なのか分からないんだが」

「んー、それはあれだよ。心の支えとか」

「なんだよ…それは…」

「いいじゃない。夕飯だってさっき食べてたし」

「ん?いつだ?」

「みんなが来る前。先に食べてったよ」

「ふぅん…。なんでだろ…」

「大勢で食べるのに慣れてないんだろ。いつも弥生と二人きりだっただろうからな」

「そういうものなのか?」

「ああ。そういうものだ」


そういうものなのか。

弥生は楽しそうに食べてるけどな。

まあ、歳を重ねれば考えることも多くなるんだろう。

あの年頃の子は特に、な。


「あぁもう…。葛葉、またこぼして…。ほら、もうちょっと椅子を引いて」

「んー」

「それで、皿の上で食べる」

「うん」

「そしたら、こぼれない。な?」

「んー?」

「…まあ、私が食べさせてやるのが一番だけどな」

「それはお前の願望だろ」

「そ、そんなことない」

「昨日は、葛葉を膝に乗せて嬉しそうにニヤけてたくせに」

「ニヤけてなんかない!」

「どうだか」

「ニヤけてなんかないからな!」


嬉しそうにしてたってところは否定しないんだな。

まあ、美希が葛葉のことを大好きってのは、揺るがない事実なわけだけど。


「ほら、あーんして」

「あーん」

「美味しいか?」

「うん!」

「そうか。よかった」

「ほーら、ニヤけてるぞ~」

「なっ!ニヤけてない!」

「ふふふ」


まあ、もはや溺愛とも言えるくらいに可愛がる様子を見ていると、なんだかこっちも幸せな気分になるのも事実なのかな。



部屋に戻ると桜がいた。

先に戻っていたチビたちと一緒に寝ていたけど。


「…何してるんだろうね」

「さあ。まあ、何か用事があったんだろうけど」

「どうする?起こす?」

「いや、いいだろ。用事があるのは桜だけじゃないみたいだし」

「えっ?」

「翔。入ってこいよ」

「…うん」


廊下の暗がりから出てきて、音も立てずに部屋に入ってきた。

たぶん、チビたちを起こさないようにとの配慮だろう。


「腹は決まったか?」

「いや…。まだ…」

「そうか。まあ、ゆっくりと決めればいい。時間はあるんだ」

「………」

「ここに留まるなら喜んで歓迎しよう。ここを発つなら笑って見送ろう」

「…ここに留まる覚悟はない。ここを発つ勇気もない。私にあるのは明日への片道切符だけ」

「え?何?どうしたの?」

「切符を手に明日へ旅立つのなら。決めねばなるまい、汝の行く先を」

「私は…私は…」

「ねぇ、どうしたの?」

「戯曲だ。ある村に立ち寄った旅人の話なんだけど」

「ふぅん…」

「変わったことに、ここから先の台本は一切ない。でも、劇は旅人が決断するところまで続くんだ。どういうことか分かるか?」

「…結末は演じるたびに変わるってこと?」

「ああ。旅人は様々な決断をする。村に留まったり、旅立ったり。そのまま、いつまでもクヨクヨと考えたりもする」

「へぇ~。稽古が大変そうだね」

「劇団で結末を決めているときもあるし、全て劇団員たちの気分次第なんていう即興性の強いところもある。まあ、稽古が大変なのは変わりないだろうが」

「ふぅん…。よく知ってるんだね」

「まあな。父さんが演劇好きだったから、小さい頃によく連れていってもらったんだ」

「へぇ。翔も知ってたんだよね。観にいったの?」

「いや、俺は短期の仕事で。急病の劇団員の代行として、実際に出てたんだ」

「へぇ~。すごいね」

「別にすごくなんてないよ…」


でも、嬉しそうに。

尻尾がせわしなく揺れている。


「じゃあ、旅人よ。お前の決断は?」

「それは…」

「姉ちゃんもさっき言ってたけど、時間はあるんだから。ゆっくり考えて決めなよ。まあ、どこかの旅人さんみたいに、いつまでもクヨクヨ考えるのはダメだけど」

「うん…」


そうだ。

時間はあるんだ。

閉幕もないし、今すぐ決めることはない。

人生は、戯曲のように筋書きに沿って演じていくものではないんだから。

自分の信じる道を見つければいい。

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