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「ごはんの取り合いなんてみっともないことをするな」
「ウゥ…」
「量が足りないなら灯か風華に言えばいいだろ」
「………」
「お前の方が身体も大きいし、食べるのも速いんだろ。だいたい、ここに来る前にも、そんな喧嘩をしてたのか」
「………」
「してないなら、なんで今日やったんだ」
「ウゥ…」
「喧嘩するくらい、心に余裕が出来たってことじゃないの?」
「どうかな。…まあ、とにかく。幸い、食べ物はたくさんあるんだ。だから、食べ物で喧嘩なんてするんじゃない」
「………」「ウゥ…」
「なんだって?ちゃんと返事をしないか」
「ワゥ…」「………」
「そうだ。それでいい」
二人の頭を撫でて。
それ以上、二人は何も言わなかったけど。
「んー…」
「どうした、葛葉」
「んー…」
「おい、弥生はどうだ」
「ん?」
「どうしたの?」
「葛葉が腹を壊したみたいだ。もしかしたら、お菓子が悪かったのかもしれないし」
「えぇっ、大変!」
「慌てるな。遙、医務班を呼んできてくれ」
「分かった」
「た、大変だ…。どれがダメだったのかな…」
「弥生が大丈夫なんだ。お菓子が原因とも限らないだろ」
「だ、だけど…」
「弥生の様子を見ててくれ。葛葉を厠に連れていくから」
「わ、分かった…。弥生…こっちに来て…」
「うん」
桐華は心配しすぎだな…。
まあ、あれくらい心配してくれれば、弥生が一人になることもないだろう。
唸っている葛葉の手を引いて広間を出る。
「大丈夫か?」
「んー…」
「どこが痛むんだ?」
「おなか…」
「まあ、そうだろうけど…」
「んー…」
「ほら、すぐそこだから」
「うん…」
角を曲がって、厠の前に出る。
一番手前の個室まで連れていって。
葛葉はお腹を押さえながら、中へ入っていく。
相変わらず戸を閉めないので、代わりに閉める。
「うーん…」
「どうした?」
「おびがほどけないの…」
「見せてみろ」
「うん…」
今さっき閉めた戸をもう一度開けて、葛葉の帯を見る。
帯は固結びになっていて、確かにすぐには解けそうにはなかった。
…ていうか、帯を解く必要があるのか?
でも、半ベソをかいている葛葉を見て解かないわけにはいかないし…。
とりあえず、爪を引っ掛けてなんとか解く。
「そら。解けたぞ」
「うん…」
ちゃんと下着を下ろしたのを確認してから、戸を閉める。
…紙はあったかな。
あったよな。
とにかく、外に出て待つ。
と、向こうの方から灯が歩いてきて。
「あ、お姉ちゃん。どうしたの?」
「ん?葛葉が腹を下してな」
「えっ、なんで?」
「分からないけど、お菓子を食べてからだったから、それじゃないかと思うんだけど…」
「お菓子?もしかして、桐華さんとお茶とか飲んでた?」
「ああ」
「あちゃあ…。見通しが甘かったなぁ…。あれ、古いのも混じってたんだ。大人が食べる分には問題ないんだけど…」
「食中りか…。まあ、医務班も呼んであるし大丈夫だ。…そういえば、蓮と伊織が喧嘩してたぞ。ごはんの多い少ないで」
「えぇ…。同じ量にしたんだけど…」
「蓮がさっさと食べてしまうから、伊織の方が多いんだと勘違いしたらしい」
「そっかぁ…。お姉ちゃんから言っておいてよ。同じ量なんだって」
「もう言った」
「そう…。でも、カイトにも聞いたけど、あれくらいがちょうどいいって…」
「ちょうどいいならそれでいいじゃないか。余分に与える必要はないだろ」
「…そうだね。それにしても、伊織が喧嘩かぁ。一昨日来たときは、なんだかヨレヨレだったのにね。二日でそんなに変わるのかな」
「さあな」
「でも、昨日も同じだけあげてたのに、なんで今日いきなりそんなことで喧嘩したのかな」
「昨日の分が溜まってて、今日に出てきたんじゃないか?また伊織の方が多いってな」
「ふぅん…。難しいね」
「難しいな」
一方的に蓮が悪いのは確実なんだけど。
でも、なかなか本気で怒ることは出来なかった。
蓮だって一日しっかり耐えたんだし、成長期だからたくさん食べたいというのも分かるから。
「そうだよね…。たくさん食べさせてあげたいよね…」
「ああ」
「…もう一度、カイトと話してみるよ。増やしていいなら増やすし」
「ああ。そうしてくれ」
「うん」
頷いて、立ち去ろうとする。
でも、何かを思い出したように足を止めて。
「そういえば、その帯は何なの?」
「葛葉のだ。帯を解かないと出来ないみたいだ」
「ふぅん」
「昔のお前と一緒だな。固結びにして、解けないって泣いて」
「そ、そんなことあったかな…」
「あったよ。あのときは間に合わなくて大変だったな」
「もう!昔の話はなし!」
「いいじゃないか。楽しいし」
「楽しくない!」
灯は顔を真っ赤にさせて抗議する。
…灯、あのときは間に合わなくて、お母さんに慰めてもらってたな。
それがちょっと羨ましかった、なんて言えないけど。
私も、もう少しお母さんに甘えてもよかったかもしれないな…。
「何を考えてるの?」
「母さんのことを、な」
「お母さんかぁ。今、生きてたらなんて言うかな」
「さあな。母さんに聞いてみないと分からない」
「もう、お姉ちゃんったら…」
お母さんなら褒めてくれるかな。
二人とも、こんなに大きくなったんだから。