140
「ん~」
「翔は?」
「厨房じゃない?」
「いなかったぞ」
「じゃあ、分かんないよ」
「そうか」
葛葉の頭を撫でて。
湯呑みに手を掛けると、素直に渡してくれた。
「葛葉、弥生。広間に一緒に行くか?お菓子もあるぞ」
「おかし~」「行く!」
「朝っぱらからお菓子?」
「お茶会だ。桐華主催の。風華も来るか?」
「私はいいよ。でも、あんまり食べさせないでよ。昼ごはんが食べられなくなるから」
「分かってる。そら、行こうか」
「うん!」「はぁい」
弥生はすっかり懐いてくれたんだけどな。
翔もこれくらいだと嬉しいんだが…。
二人が医療室を出ていって、私も行こうかと思ったとき
「姉ちゃん」
「ん?」
「弥生なんだけどね…」
「どうしたんだ」
「暗所恐怖症と孤独恐怖症みたいなの…」
「どういうことだ」
「暗闇と一人ぼっちが怖いらしいの…。夜勤組の見回りさんに聞いたんだけど、夜中に一人で泣いてたみたい。ちょうど、翔が厠に行ってたみたいで…。だから、出来るだけ傍に誰かがいるようにしてあげて」
「分かった」
頷いて、医療室を出る。
暗所恐怖症に孤独恐怖症か…。
昔、夜に何か怖い目に遭ったんだろうか。
恐怖の記憶というのは、いつまでも残り続けるものだからな…。
とにかく、しっかり見ておいてやらないと。
広間に戻ると、蓮と伊織はまだ伸びていた。
そういえば、風華にこいつらのごはんについて言うのを忘れてたな。
…まあいいか。
「お帰り~」
「ただいま」
「あの二人を伸したのって紅葉?」
「そうだけど」
「さすがだね~」
「お前も見てたんじゃないのか」
「龍の喧嘩なんて、滅多に見られないじゃない」
「はぁ…。止めろよ…」
「そういうのは紅葉の役目だし」
「オレは仲裁役でもなんでもないぞ」
「腕っぷしだけは強いじゃない」
「桐華。だけは余計だと思うよ。桐華は能天気で分からないかもしれないけど、紅葉は傷付きやすいんだから」
「ん?」
「…いいよ、もう」
「ほらぁ、拗ねちゃったじゃない」
「拗ねてない!」
「そう?」
こいつらは…。
ホントに、話してると疲れるな…。
「それよりさ、お茶、飲みなよ。良いのが入ってるよ」
「そうだな」
「今朝の淹れたてだよ~」
「今朝なら淹れたてじゃないだろ」
「このお茶は、冷めてからが美味しいんだ~」
「ふぅん…」
湯呑みを桐華の前に置いて。
夢中でお菓子を食べている葛葉と弥生の頭を撫でる。
すると、今気付いたという風に顔を上げて、ニッコリと笑った。
「はい、どうぞ」
「うん」
「美味しいでしょ」
「まだ飲んでないし…」
「早く飲んで」
「ああ」
言われるまでもなく…。
お茶を口に含むと、独特の苦味が広がる。
その苦味も、ごく短いもので。
ゆっくりと甘味へ変わっていく。
「ふむ。変わったお茶だな」
「そうだよ。淹れたてだと苦味だけなんだけど、冷ますと甘味が出てくるんだ」
「ほぅ」
「桐華はお茶ならなんでも飲むけどね。こだわりが強いから難しいよ」
「どんなこだわりがあるんだ」
「とにかく美味しいお茶だね。でも、あまり美味しいと思ってなくても普通に飲んでるから、さらに難易度が上がるんだよね」
「そんなことないよ。美味しいお茶は美味しいって思って飲んでるし、不味いのは不味いと思って飲んでるし」
「不味いお茶があるのか?」
「んー…。苦すぎるのはイヤかな…。やっぱり、甘味がないと」
「ふぅん」
「そうそう。でも、それでも何も言わずに普通に飲んでるから分からないんだよね~」
「オレは尻尾に出るらしいけどな。灯によると」
「尻尾ねぇ…。熊だし」
「そうだったな」
「ん?」
「お前はどこを見たら、感情が分かるんだ」
「いや、感情は分かるよ。全部顔に出るからね。でも、今飲んでるお茶が美味しいのか不味いのかは分からないんだよね」
「そういえば、それはどうやって分かるんだ。美味しいか不味いかって」
「不味いお茶を飲んだ次の日は、すっごく機嫌悪いんだ。それで分かるかな」
「ふぅん。それより、葛葉、弥生。その一個で最後にしておけよ」
「えぇ…」「うん」
「えぇじゃないだろ、葛葉。それで何個目だよ」
「んー…」
「お前は五個目だろ。それ以上食べたら昼ごはんが食べられなくなるぞ」
「うぅ…」
「じゃあ、それを食べてもいいけど、昼ごはんはなしな」
「………」
葛葉はしばらく考えて、右手に持っていた方の饅頭を置く。
よしよし、良い子だ。
頭を撫でてやると、少し寂しそうに笑う。
「そんな顔をするな。昼ごはんをいっぱい食べればいいだろ」
「うん…」
「昼ごはんを食べたら、またお菓子を食べていいから」
「ホント?」
「ああ。ホントだ」
「えへへ」
今度こそ、本当に。
弥生も葛葉につられて笑っている。
「うんうん。やっぱり紅葉は子守担当だねぇ」
「勝手に決めるな」
「満更でもないくせに」
「そうだよ。いつでも子供と一緒にいるじゃない」
「そうか?」
「そうだよ」
「ふぅん…」
そんなに一緒にいるか?
自分では分からないけど…。
言われてみれば確かに、誰かしら近くにいるかもしれない。
城にチビたちが集まってくるようになってからは特に。
ていうか、なんでこんなに集まってくるようになったんだろうか。
どこかに貼り紙でもしてあるのか…?