14
風華と桜は、チビたちに加わって昼寝をしている。
…私は、そのまま部屋を後にした。
「ん?紅葉、どうした?」
「ぅわっ!い、犬千代…いたのか…」
部屋を出てすぐのところに利家は立っていた。
「ああ。ちょっと散歩にな」
「そうか」
「それより、空、見なかったか?もう帰ったのかな…」
「朝見たきりだけど」
「そっか…頼みたいことがあったんだけど…」
「何だ?」
「いや、村長さんに手紙を届けてほしかったんだ。議会召集の返答があってね。それについてちょっと相談があって」
「伝令班に届けさせようか?」
「いいよいいよ。それに、みんな忙しいだろうし」
「犬千代が来てからは、だいぶ暇になった。オレだって、休日でもないのに、こんなにゆっくりしたのは始めてだ。…前は休日もなかったけどな」
「そうなのか?まあ、あんな王じゃね…」
「…ああ。それより、本当にいいのか?」
「いいよ。自分で考えろってことだろうしね」
「そうか」
「ありがと、紅葉。じゃあ、政務に戻るとするよ…」
「頑張ってな」
「ああ」
ニコリと笑顔を見せて、利家は去っていった。
「…どうしたの、お母さん?」
「ひゃぅ!」
「……?」
思わず変な声を出してしまった…。
いつの間にか、眠い目を擦りながら、光がそこに立っていた。
「…お便所、どこ?」
「こっちだ。ついてこい」
「…うん」
いまだに心臓が早鐘を打っている…。
ホント、びっくりした…。
「うーん…」
「とと、危ない」
まだ寝ぼけているのか、フラフラとして危なっかしい。
「ほら、手、繋いで」
「…うん」
光の小さい手は、私の手より温かくて。
光からすると、私の手は冷たいんだろうか?
「…ううん。あったかいよ」
「ん?そうか」
「…うん」
そうこうしている間に厠に着いた。
「ほら」
戸を開けてやる。
…ボヤァとして、はまったりしないといいんだけど。
………。
そういえば、私はなんで部屋を出たんだっけ…。
何かあった気がするんだけど…。
えっと…。
忘れた。
まあ、忘れる程度のことだったんだな。
うん、そういうことにしておこう。
「…ただいま~」
「お帰り。戻ろうか」
「…ふむ」
…半分寝かけてるな。
仕方ない…。
「ほら、おんぶしてやるから」
「………」
もうほとんど無意識だったんだろうか。
返事をすることもなく背に乗ると、そのまま眠ってしまった。
「あっ。隊長、お疲れ様です。私が運びましょうか?」
「いや、大丈夫だ。もうすぐそこだし。ありがとな」
「いえっ。では、頑張ってください」
「ああ」
たまたま通りかかった恭二に声を掛けられた。
あれだけ周りに気を遣えるんだ。
戦闘班なんかより、医務班の方が良かったんじゃないだろうか。
…まあ、それは恭二の決めることだ。
私がとやかく言うことは出来ないんだけど。
「光、着いたぞ」
光を布団の上に下ろしてやる。
明日香が少し目を開けたが、光だと分かると、また眠りに落ちた。
「私はどうしようかな」
外は雨。
…それに、みんなの寝顔を見ていると、私も眠くなってきた。
ちょっと…寝るかな…。
生温かいものが顔をなぞる。
「うわっ!」
「あ、起きた~」
「…ん?望?」
「ごはんだよ」
「あ、うん、そうか。ありがと」
「じゃあ、明日香。行こっか」
明日香と共に広間へと走っていく。
…今のは、明日香が舐めたのか。
もっと良い起こし方があるだろうに…。
それにしても、もう夕飯か…。
ちょっと寝すぎたな…。
「行かないの?」
「行くよ。光も一緒に行こう」
「うん」
まだ部屋に残っていた光と一緒に広間へ向かう。
「わたしね、一所懸命飛んだんだけど、すぐに、望に追いつかれちゃったの」
「ん?あぁ、昼の話か」
「うん」
「望は光よりお姉さんだからな。まあ、そのうち望でも追いつけなくなるよ」
「そうなの?」
「ああ。白龍は"光"。"光"より速いものはない」
「でも、わたし、望に追いつかれちゃったよ?」
「ふふっ、そうか。そうだったな。"光"。良い名前だ」
「???」
首を傾げる。
"光"の光…か。
これからが楽しみだな。
「あっ!隊長!お疲れ様です!」
「ああ。お疲れ様。お前も夕飯にするといい」
「はっ!」
広間に入ると、すでに戦は始まっていた。
「風華~!また盗られた~!」
「桜!大人気ないことしないの!お姉ちゃんでしょ!」
「望が先に盗ったのが悪いの!」
「おい、狼がお前の、食ってるぞ」
「こら!どっから来たんだ!」
「あ!衛士さん!それ、明日香です!」
「明日香?拾ってきたんですか?」
「はい。あ、それと、あんまり人の食べ物を食べないよう、見張っててくださいね」
「了解いたしました~」
そんなやり取りを聞きながら、いつもの席に座ると、空気が変わった。
「ふふふ…今日こそ討ち取ってあげるからね…!」
「覚悟しててね~」
「望むところだ。お前らこそ、その首を綺麗に洗って待ってろよ」
「あっ!あんまり暴れないでね!後片付けが大変なんだから!」
それは無理だと分かってるだろう?
戦は、常に他の誰かを犠牲にしないと成り立たない。
それがたまたま風華や調理班だったというわけだ…!
私がこの箸を握ったときが開戦のとき。
さあ、今日はどう来る…?
「いただきま~す」
光の声を合図に、箸を取る。
すると、間髪入れず、ご飯に手を出す望。
それを受け流し、同時に漬物へと迫っていた桜の箸へぶつける。
「あっ!」
「隙あり!」
一瞬怯んだその隙を突いて、桜のおかずを盗る。
「あぁっ!いろはねぇ がボクの、盗った!」
「昼、ほとんど桜にやっただろ。それのお返しをしてもらわないとな」
怒りに満ちた矛先が描く軌道は、あまりに真っ直ぐ過ぎるものだった。
それを受け止め、さらに痛手を負わせる。
「ほらほら。本陣がお留守だぞ」
「もう!」
望と共同戦線を仕掛けてみるが、桜が足手まといになってるのは明らかで。
どうしても噛み合わない攻撃を軽く捌いて、桜にさらなる追い討ちをかける。
もはやボロボロの桜。
これで勝負ありだっ!
「あっ…」
獲物が宙を舞う。
「ふふ、オレの勝ちだな」
「くぅ…!」
後は望だけ。
一人だけしかいないなら、何のことはない。
適当にあしらってやる。
「まだまだ!」
「諦めろ。オレに勝とうなんざ、百年早いんだよ」
「うぅ~」
一旦退いて態勢を整えた隙に、すかさず望の皿に手を伸ばしおかずを盗る。
「あっ!」
と、口を開けたところにそれを入れてやる。
「むぅ!」
予想外の行動に怯む。
そして、そのまま一閃、望の獲物も宙を舞った。
「二人とも、まだまだ詰めが甘いな」
「うぅ…」「今度は負けないんだからっ!」
「ふふ、吠えて…」
「いただきっ」
「あっ!」
………。
やられてしまった。
勝って兜の緒を締めよ、とはこのことだ。
響におかずを盗られてしまった。
「お母さんも、まだまだだね」
「くっ…」
「やった!ボクたちの勝ちだ!響、ありがと~!」
「えへへ。どういたしまして~」
ホントに嬉しそう。
…今度は、響も考慮に入れておかないといけないな。
ふふふ…。
二度と同じ手は通用しないぞ…。
昼からの雨はやんで、心地良い風が入ってくる。
「お母さん、何してるの?」
「ん?外を見てるんだ」
「真っ暗でよく見えないよ」
「ジッと見てるんだ。そのうち目が慣れて、いろんなものが見えてくる」
「うん」
「ほら、ここに来な」
「うん!」
膝を叩くと、光は嬉しそうに飛びついてきた。
そして、外を見つめる。
「うーん…」
「根気良く待つんだ。すぐに慣れてくる」
「ん~…」
ジーッと一所懸命に外を見る光の姿が可愛くて。
「あ」
「見えたか?」
「うん。なんか、ちょっと明るくなったみたい」
「向こうの山の方を見てみろ」
「………」
「どうだ?」
「あ。あれ、お月様?」
「ああ。そのうちに良く見えてくるだろうよ。…でも、今日はもう遅い。寝ようか」
「えぇ~…」
「次の新月が過ぎれば、月が昇るのも早くなる。またそのときに、ゆっくり見ればいいさ」
「…うん。分かった」
「ふふ、良い子だ」
「えへへ」
光の頭をゆっくり撫でる。
「やっぱり、光は笑顔が一番だね」
「あ、お姉ちゃん!」
気を遣ってくれたのか、光の笑顔を伝えてくれる風華。
「さ、姉ちゃんも光も、もう寝る時間だよ」
「うん」「ああ」
「じゃ、行こ?」
風華の手に引かれて、広間をあとにする。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「…ねぇ、お母さん」
「ん?どうした?」
「なんで、黙ってるの?」
「ん~、なんでだろうな、風華?」
「えぇっ!?私!?」
「お姉ちゃんは、なんで黙ってたの?」
「私は…別に喋ることもなかったからかな」
「ふぅん」
「喋ることがなくても、三人、こうしていることで充分。光は、そう思わないか?」
「うーん…お喋りしてる方が、もっと、楽しいかな」
「ふふ、確かにそうだな」
言葉を交わさなくても、お互いに繋がっていることは分かる。
でも、言葉に表すことで、繋がりが目に見えるようになる。
この真っ暗な世界でも、それだけは見える。
確かな繋がりの糸だけは。