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「ワゥ!」
「分かった分かった。またあとでだ」
「ウゥ…」
「そんなこと言ってると、遊んでやらないぞ」
「………」
「広間に行ってろ。今日は洗濯も中止だから」
「ゥルル…」
「分かってるから」
伊織はため息をつくと、膝に乗せていた腕を下ろす。
そして、脛のあたりを軽く噛んで厨房を出ていく。
約束を破らないようにということだろうな。
「うわっ」
「翔か。おはよう」
「おはようございます。…この城には龍がいるんですね」
「ああ。まだもう二頭いるぞ」
「へぇ…」
「弥生は?まだ寝てるのか?」
「はい…。すみません…」
「いや、好きなだけ寝かせてやるといい。部屋も布団も有り余ってるからな」
「いえ…。お金の持ち合わせもないし、そんなにお世話になるわけにはいきません…」
「お金なんて取るつもりはないよ。ここはみんなの家だ」
「そうはいきません。弥生が起き次第、失礼させていただきます」
「今日は雨だぞ。わざわざこんな日に発つこともないだろ」
「ふぁ…。おはようございます…」
「亘、ちょうどよかった。早く朝ごはんを頼む」
「はぁい…」
「すみません…。昨日に発つべきだったのに…」
「よかったじゃないか。昨日に発っていれば、雨に降られていた。自動三輪でも、雨の速さには勝てないだろ?」
「そうですが…」
「今日一日だけでもゆっくりしていけ。明日にはやむだろうし、せっかく休養したのに雨の中に出て余計に体力を浪費することもないだろう。それとも、急ぎの用でもあるのか?」
「いえ…」
「じゃあ決まりだな。今日は城から出ることを禁ずる。衛士や門番にも言っておくから、出ようとしたらすぐに分かるぞ」
「でも…」
「でもはなしだ。あと、敬語もなしだ」
「え…」
「簡単だろ?いつも話してるように話せばいいんだ」
「で、出来ません…」
「出来ないはずないだろ?」
「隊長。無理強いするのは良くないですよ」
「でもなぁ…」
どうにかならないかな…。
俯く翔の頭を撫でると、心なしか顔が赤くなってるような気がした。
広間に行くと、蓮と伊織が取っ組み合いをしていた。
…喧嘩か遊びか。
とりあえず、伊織があんなに活発に動き回れるのは意外だった。
「遙。あれはなんだ」
「ん?喧嘩してるみたいよ」
「そうなのか?」
「うん。ごはんの取り合いみたいだよ」
「はぁ?」
「さっき風華と灯が持ってきたんだけど、量が少なかったみたいだね」
「ふぅん…」
そういえば、僅かに残ったごはんが部屋の隅の方に置いてあるな。
器の色からして、蓮が伊織のものを横取りしようとしたんだろうな…。
まったく…。
「ほら、やめろやめろ!」
「ウゥ…」「ワゥ!」
「やめろと言ってるんだ。聞こえなかったか?」
「グルル…」「ウゥ…」
「いい加減にしないと、オレにも考えがあるぞ」
「ワゥ!」「ウゥ…」
止まりそうにないな。
じゃあ、武力制圧だ。
二人の首を掴み、まずは引き離す。
伊織を突き飛ばした間に、蓮の首を腕で絞めていく。
最初はバタバタと暴れていたが、すぐに気絶して。
「ウゥ…」
体勢を整えて飛び掛かってきた伊織を正面から受け止め、そのまま同じように絞めあげる。
これもまたすぐに気絶して。
「さすがだね~」
「これくらい出来ないと、戦闘班は務まらない」
「うちの熟練でも、なかなか出来ないよ。ねぇ、旅団に来ない?」
「また考えとくよ」
「えぇ~」
そう言いながらも、遙はあまり残念そうにはせず。
予想通りといったところだった。
まあ、そうだろうけど。
「で、昨日の子たちは?今日はここに軟禁するんでしょ?」
「人聞きの悪いことを言うな。雨の中、発たせることは出来ないということだ」
「はいはい。分かってますよ~」
「まったく…」
お菓子を食べて、お茶を啜る遙。
また朝からそんなものを…。
「そういえば、桐華は?」
「厠じゃない?間に合ってるといいけど」
「角を曲がってすぐのところにあるじゃないか…」
「そうだけどね」
「それで、朝からお茶会か?」
「桐華は一日中お茶会だよ。今日はたまたま私もいるってだけで」
「そうかもしれないけど…」
「不満?」
「朝から、こんなに甘いものを食べるのはどうかと思うぞ」
「いいのいいの。朝ごはんはしっかり食べたし」
「ん?当番はいたのか?」
「いなかったよ。でも、そんなの自分で作ればいいじゃない」
「…そうか」
「残念そうにしないの。昼と夜は、ちゃんと調理班のを食べるんだから」
「ああ。是非そうしてくれ。どの班員の料理も絶品だ。食べ損ねないようにな」
「分かってる」
そして、もう一度お茶を啜る。
…私も貰おうかな。
「湯呑みは自分で持ってきてね。お茶はいくらでもあるけど」
「分かってるよ…」
もう一度、厨房まで戻らないといけないな…。
うーん…。
まあ、ついでに医療室にも行っておくか。
弥生の様子も気になるし。
「行ってらっしゃい」
「ああ」
「ついでに、お菓子の追加もお願いね」
「はいはい。人使いが荒いやつだな」
「誉め言葉をどうもありがとう」
「誉めてない」
「そりゃ驚いたね」
まったく、こいつは…。
ちょっと納得がいかなかったので、遙の頭を軽く小突いてやる。
すると、少し笑って。
…まあ、それでよしとしてやるか。