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「こっちがいいかな」

「いいんじゃないか?」

「うーん…。でも、こっちの若葉色もいいかなぁ」


赤い紐を白い紐の棚に、青い紐は青い紐の棚に戻す。

そして、若葉色と桜色を手に取って、並べて見てみる。

…やっぱり、赤だけは認識出来ないんだな。

ユカラに気付かれないように、正しい場所に戻しておく。


「ユカラ…。そっちの紐の方がいいんじゃないかな…」

「え?でも、組紐はこういうのが適してるって…」

「そ、そうかな…」

「何を言ってるんだ。せっかく組紐をするんだから、良い紐の方がいいだろ」

「い、いやぁ…そっちでいいと思うんだけどなぁ…」

「まったく…」


あまりにも見苦しいので、店の隅に引っ張っていく。

桐華は、怯えた目で値段表を見つめていて。


「お前。ユカラが楽しそうに選んでるんだ。邪魔をしてやるな」

「だ、だって…。あの紐だと、ぼくのお小遣いじゃせいぜい五、六尺が限度だよ…。組紐をするんだから、そんなんじゃ足りないでしょ…」

「はぁ…。そんなことだろうと思ったよ…。いくら持ってるんだ」

「二千円…」

「なんでも買ってやるとか言って、どうせお菓子か何かを欲しがってると思ってたんだろ」

「だって、組紐に興味があるなんて思わないじゃない…」

「それはお前の見通しが甘いだけだろ。ユカラくらいの年代になれば、いろんなものに興味が湧いてくる。お菓子じゃ、なかなか興味を満たしてやることは出来ないぞ。…ほら。オレからも小遣いをやるから。ユカラに好きな紐を選ばせてやれ」

「う、うん…。ごめん…。ありがと」

「はぁ…」


少し多めにお金を渡しておく。

ユカラは心配そうにこっちを見ていたが、大丈夫と手を振ると、また紐を選び始めた。


「ユカラ、ごめんね…」

「ん?どうしたの、桐華さん」

「五月蝿く言って…」

「あはは。大丈夫大丈夫。気にしてないよ」

「そ、そう…。なら、いいけど…」


俯く桐華の頭を撫でながら、私の方に目配せをする。

…最初から桐華の財布には期待してなかったということか。

まったく…。

どっちがお姉ちゃんなのか分からないな。



結局、ユカラが買ったのは青、白、黄、若葉、橙、桜色を、それぞれ七尺ずつだった。

赤と白の見分けがつかないという自覚はあまりないらしく、最後までそのふたつを並べて見ることはなかった。


「ありがと、桐華さん」

「え?あ、あぁ、うん…。どうも…」

「どうしたの?」

「い、いや、なんでもないよ」

「……?」


自分のお金だけでは不足だったことを、まだ気にしてるらしい。

背中を叩いてやると、おどおどした顔でこちらを見る。


「何を暗い顔してるんだ。小遣いがなくなったのがそんなに嫌だったか」

「いや…。そういうわけじゃなくて…」

「じゃあ、そんな顔をするな。ユカラのためにも」

「でも、紅葉…。やっぱり、ぼく、無理だよ…。喋っていい…?」

「…好きにしろ」

「うん…ごめんね」


桐華はペコリとお辞儀をすると、ユカラと向き合う。

そして、一度深呼吸をすると、重い口を開いて話し始めた。


「ユカラ…ごめんね…。その紐を買ったお金、ホントは紅葉のお金なんだ…。ぼく、二千円しか持ってなくて…。お菓子くらいなら買えるかな、なんて思ってたんだけど、まさか紐だとは思わなかったから…」

「そう」

「だから、感謝するなら紅葉に感謝して。ぼくは何もしてないから…」


目に涙を浮かべ、深く頭を下げる。

ユカラは少しびっくりしたようだったけど、肩を叩いて顔を上げさせて。


「ううん。そんなことないよ」

「え?でも…」

「しきりに安い紐を勧めてたけど、それは二千円でも充分な量を買えるように、でしょ?お金は足りなかったかもしれないけど、その気持ちは嬉しい。だから、姉ちゃんのお金だったとしても、あたしは桐華さんに感謝してるよ」

「そうだな。桐華にその気持ちがなければ、オレだって追加の小遣いなんてやらないよ。お前の良いところは、その純粋な気持ちなんだ。多少抜けているところがあったとしても、他の人が持ってないものを持っているんだ。それが一番だろ」

「う、うん…。ありがと、ユカラ、紅葉。紅葉はどさくさに紛れて何か余計なことも言ってた気もするけど…」

「気のせいだろ」

「そうかな…。でも、うん。元気になったよ。二人とも、ありがと」

「どういたしまして」


桐華の頭をそっと撫でると、涙を袖で拭いてニッコリと笑った。

…いつまで経っても小さな子供みたいなやつだけど、純粋な心を忘れないなら、それも良いのかもしれないな。


「じゃあさ、お金もちょっとだけ残ってるから、お茶を飲みにいこうよ!」

「すぐに夕飯だろ?今お茶したら夕飯が食べられないじゃないか」

「そんなことないよ…」

「夕飯を食べられなくて、遙に怒られても知らないぞ」

「あぅ…。それは…」

「じゃあ、やめておくんだな」

「うぅ…。ぼくのお茶が…」

「…もしかして、お茶を飲みに行くって、本当に飲みに行くだけなの?」

「こいつの場合はそうだが、結局はお菓子が付いてくるからな」

「そっかぁ。桐華さんって、なんでそんなにお茶が好きなの?」

「それにはのっぴきならない事情があってだねぇ…」

「何を言ってるんだ。昔、オレと飲んだのがきっかけだろ」

「まあ、そうかもしれない」

「どういうこと?」

「ずっと昔ね、紅葉のお母さんが淹れてくれたお茶がすごく美味しくて。紅葉は、苦いとか言って空になったぼくの湯呑みと自分の湯呑みを交換してお母さんに怒られてたけど。あれは面白かったなぁ」

「余計なことまで思い出すな」

「へぇ~。姉ちゃんも、昔は可愛かったんだ~」

「うん、昔はね」

「昔はってのはどういう意味だ」

「そのままの意味だよ~」

「そうそう。そのままの意味」

「お前らなぁ…」


朝からこんなのばかりのような気がするな…。

なんだよ…。

今の私は可愛くないのかよ…。


「ふふふ。可愛いよ、今も」

「え、えぇ?」

「よ~し、葛葉のところまで競争だ!よーいどん!」

「あ、ずるいよ!桐華さん、待って!」

「待たない~!」


な、なんだったんだ、今のは。

…桐華に心を見透かされていたような、不思議な気分だった。

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