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「起きないね~」
「ああ。そうだな」
「城に連れて帰った方が良いんじゃない?」
「いや、しかしだな…」
「葛葉はみんなと遊んでるし。一旦帰っても大丈夫じゃないかな」
「それはそうだけど…」
「ずっと背負ってるわけにもいかないでしょ。お菓子も届けたんだし」
「そうだな…」
「一旦帰ろ?」
「でも、ユカラの買い物もまだだし…」
「あとででいいでしょ?それに、冷えて風邪でも引いたらダメじゃない」
「まあ…そうだな」
弥生も不安だったんだ。
今、やっと安心して眠ったところ。
だから、ゆっくり休ませてやる方がいい。
ユカラの言う通りだな。
「よし。じゃあ、一旦帰ろうか」
「うん」
「葛葉。ちょっとこっちに来い」
「なに~?」
「オレたちは弥生を一度城に連れて帰るから、ここで遊んでおいてくれ」
「うん」
「あまりうろちょろするなよ。みんなと一緒にいるんだぞ」
「わかった~」
「本当に?」
「うん」
「姉ちゃん、心配しすぎだよ」
「でも…」
「大丈夫だよね。葛葉は偉いもんね」
「うん!」
ユカラに撫でてもらい、上機嫌の葛葉。
心配ではあるけど…まあ、大丈夫だな。
目が合ったヤーリェも呼び寄せる。
「どうしたの?」
「葛葉のこと、見ててやってくれ」
「うん。分かってるよ」
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
「うん」
ヤーリェの頭を撫でて、弥生を背負い直す。
よろしく頼んだぞ、ヤーリェ。
大衆食堂の前を通ると、涼が表で桐華と話し込んでいた。
まあ、さっきも見た光景だし、見つからないうちに通り過ぎようと…
「あ、待ってよ!ちょっとこっちこっち!」
「無理だ。じゃあな」
「紅葉~!」
あまりにも大きな声で呼ぶので、仕方なく立ち止まる。
そして、とびきりのゲンコツで殴る。
「いった~!」
「大声を出すな!お前はバカか!」
「あはは。面白いね」
「笑い事じゃないぞ。それで?何の用だ」
「また戻ってくるんでしょ?そのときでいいよ」
「じゃあ、そんなときは呼び止めないように、こいつをしつけておいてくれ」
「了解了解」
ヒラヒラと手を振る涼と、頭を押さえてうずくまる桐華。
腹が立つので、桐華をもう一発殴っておく。
すると、地面に突っ伏して動かなくなった。
「桐華ちゃ~ん。大丈夫~?」
「うぅ…。ぼくが死んだら、次期団長は遙に…」
「大丈夫そうね。心配せずに行ってらっしゃい」
「元より心配なんてしてないから大丈夫だ」
「ふふふ。そう」
「わぁん…。みんな酷い~…」
「桐華さん、行ってきます」
「ユカラは良い子だなぁ。帰ってきたら、好きなものを買ってあげるからね」
「うん。ありがと」
遙からどれくらいの小遣いを貰ってるのかは知らないが。
まあ、足りなくて私を頼ってくる姿を見るのも楽しいかもしれないな。
…趣味が悪いだろうか。
医療室では祐輔と夏月の兄妹が、風華と一緒に何かをやっていた。
しかし、この匂いは…
「鼈甲飴?」
「あ、ユカラ。姉ちゃんも。お帰りなさい」
「ねーね!」
「こらこら。飛びつくのはちょっと待て」
「……?」
夏月を止めて、近くに敷いてあった布団に弥生を寝かせる。
掛布団を掛けてやると、布団の端を持って、巻き込むようにして丸くなった。
「だれ~?」
「弥生だ。疲れてるみたいだから、起こしてやるなよ」
「うん」
「どうしたの、その子?」
「はぐれたらしいんだ。兄貴と。だから、市場管理組合に協力してもらって捜索してる」
「兄ちゃんと…はぐれた…」
「祐輔、心配するな。必ず見つかるから」
「うん…」
同じく小さい妹がいる兄として、やはり思うところがあるのだろう。
俯いてしまった祐輔の頭を撫でて、夏月を引き寄せる。
「祐輔、夏月。弥生の目が覚めたら、一緒に鼈甲飴を食べてやってくれないか?そしたら、弥生も元気になってくれると思うんだ」
「うん…」「わかった~」
「こいつの兄ちゃんのことは私たちに任せて。ほら、風華に作ってもらうんだろ?」
「そういえば、なんで医療室で作ってるの?」
「厨房は、美希と灯が料理研究で使ってるから。砂糖だけ貰ってきたんだ」
「囲炉裏も鍋もあるからね。たしかに、医療室でやるのが一番良いかもしれない」
「そういうこと。いっぱい作るつもりだから、あとでみんなで食べようよ」
「ああ。じゃあ、早く見つけないとな」
「姉さま、絶対に見つけてくれよな!」
「分かってるよ。期待して待っててくれ」
もう一度、祐輔の頭を撫でる。
そして、医療室を出た。
再び大衆食堂の前を通る。
桐華はもう復帰していて、涼が椅子に座っている以外にもうひとつ変わっているところが。
「あ、紅葉ちゃん。ちょうどいいところに」
「誰なんだ、そいつは」
「分かった!弥生のお兄ちゃんだ!」
「正解だよ~。紅葉と入れ違いに来たんだ~」
「あ、あの…。弥生は…」
「はぁ…。城だよ…」
「ホ、ホントに無事なんですね!」
「ああ。しかし、お前たちも、オレたちを呼び戻すくらいしたらどうなんだ…」
「私は行けって言ったんだけどね。桐華がイヤだって」
「頭がクラクラするから…」
「嘘をつけ」
「ホントだって!」
「そんな大声を出すやつが、ねぇ。信じられるか。それより、翔。早く弥生に会ってやれ。今は疲れて寝てるけど…」
「はい…」
翔は自動三輪の握り手を強く握る。
今回のことに責任を感じてるんだろうな…。
涼は、慰めるように翔の頭を撫でている。
「お前も疲れただろ。城に行って休むといい」
「あ、そうだ!風華ってお姉ちゃんがね、鼈甲飴を作ってくれてるよ。それも食べにさ」
「何から何までありがとうございます…」
「ね。そんなんじゃなくて、笑ってよ。お兄ちゃんがそんな顔してたら、弥生もイヤだよ」
「はい…。すみません…」
「………」
全て後ろ向きに考えてるな…。
悪い循環であり、なかなか抜け出せない迷宮でもある。
こういうときは…
「……!」
「姉ちゃん!何するの!?」
「シッ。ユカラ、黙ってて」
「え…?」
「翔。今回のことに責任を感じるのは当然だろう。責任を感じるべきだ。でも、責任を感じることと、いつまでもウジウジしてることとは全く違う。弥生が城にいることが分かったんだ。いつ弥生の目が覚めてもいいように、とびきりの笑顔を準備して行ってこい。責任感については、今日寝る前に考えても遅くない。とにかく、考えるときは今じゃない。ウジウジするなんて、もってのほかだ。今やるべきことを考えろ」
「…はい!」
翔は返事するやいなや自動三輪に飛び乗ると、一気に加速して遥か彼方に行ってしまった。
…城は反対方向なんだがな。
まあいい。
「責任…責任感…か」
「桐華に一番欠けているものだな」
「うーん…」
翔は分かってくれるといいな。