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「じゃあ、よろしく頼んだぞ」
「はい。承知いたしました」
「ところで、翔って男の子を見なかったか。ちょうど、こいつくらいの年代らしいんだが」
「十四、五の男の子ですか。見てないですが…またどうして」
「こっちのチビが、そいつの妹なんだ。はぐれたみたいでな」
「それは大変ですね。組合店に報せましょうか」
「ああ。頼む」
「十四、五で妹を捜している翔という男の子、ですね。他に特徴は?」
「弥生。どうなんだ?」
「えっと、自動三輪に乗ってます」
「へぇ、自動三輪。ユンディナ旅団の人なんですか?」
「違うと思うよ~。北なら、自動三輪は珍しくないからね」
扉が開いて桐華が入ってきた。
それを見て、組合長はすぐさま立ち上がって。
「と、桐華さま!こ、これはお出迎えもせず、失礼いたしました!」
「まあまあ。そんな細かいこと、気にしない気にしない」
「し、しかし…。あ、お茶の用意をしてきます!」
止める間もなく、組合長は部屋を飛び出していった。
まったく…。
こいつは歩く迷惑だな…。
「で、何しに来たんだ。冷やかしか?」
「んー。遙が、取引の邪魔だからどっかに行ってろって」
「なんでわざわざ組合本部に来るんだ」
「近かったんだもん」
「はぁ…。あのなぁ、ここは子供の遊び場じゃないんだぞ」
「桐華さま。お菓子の用意が出来ました。大変申し訳ないのですが、お茶はもうしばらくお待ちください」
「はいは~い」
「そんなに気を使わなくてもいいぞ。お茶も出がらしで」
「い、いえ…。そんなことは出来ません…」
「いいから。あと、お前は自分の立場をもっと理解して行動しろ」
「んー、考えとく」
「はぁ…。まったく…」
欠伸をし始めた葛葉の頭を撫でて、居眠りをしている弥生の耳を引っ張ってみる。
すると、弥生は煩そうに耳を動かして。
「姉ちゃん、可哀想だよ」
「そうか?」
「疲れてるんでしょ。長旅のあとに、またお兄ちゃんとはぐれちゃって」
「なんで長旅だって分かるんだ」
「北から来たんでしょ?」
「たぶん、というだけだ。どちらにせよ、旅をしてるのには間違いないだろうが」
「うん。だから、ちょっとくらい寝かせてあげようよ」
「…そうだな」
耳の裏をカリカリと掻いてやると、今度は満足そうにため息をついて。
…こんなに可愛い妹を放って、兄貴はどこに行ったんだろうな。
見つけたら、厳しくお灸を据えないとな。
「お茶が入りましたよ。ここに置いておきますね」
「あぁ、どうも~」
給仕さんは急須を机の上に置いて、また出ていった。
それを見届けてから、桐華はお菓子に手を出し始める。
「そういえば、お前、昼ごはんは食べたのか」
「まだだよ」
「じゃあ、その一切れで終わりだ」
「えぇっ!」
「ご用意しましょうか」
「いや、いい。ありがとう」
「では、せめてこのお菓子を包ませていただきます」
「ありがと~」
「いえ…。無礼をはたらいた、せめてものお詫びです…」
「気にするな。こいつに遠慮することはない」
「そ、そんなわけにはいきません…」
「やっぱり、お前は団長に就くべきじゃなかったな」
「うん。ぼくもそう思う」
でも、どうしようもないしな…。
困ったものだ。
そっと椅子に座らせて、転げ落ちないように上手く調節する。
結局、弥生は食堂に着いても起きなかった。
「いらっしゃい。また増えたね」
「まあな。一時預かりだけど」
「ふぅん」
「あぶらげ!」
「そうだねぇ。葛葉ちゃんはいつも油揚げだね」
「うん!」
「ユカラちゃんは?」
「じゃあ、あたしは日替わり定食にしようかな」
「今日はかしわ尽くしだよ。安く仕入れられたからね」
「かしわ尽くしかぁ。楽しみだな~」
「はは、それは良かった。で、紅葉ちゃんは?」
「そうだな…。じゃあ、葛葉と同じやつで」
「油揚げ?」
「ああ」
「そう。その子はどうする?」
「疲れてるみたいだからな…。あまり負担の掛からないやつで」
「分かった。団長さんは?」
「ぼくはユカラと同じやつにしようかな」
「日替わりだね。はい、分かりました。きつねうどんと日替わり定食がふたつずつ。あと、その子のために何か優しいものだね」
「弥生だ」
「弥生ちゃんね。了解」
涼はユラユラと尻尾を振って、奥へと戻っていった。
…お腹はまだ目立ってないみたいだけど、何ヶ月なんだろうか。
無理をしてなければいいが…。
「大衆食堂なんて、初めてきたなぁ」
「そうなのか」
「うん。いつも旅団の宿だから。お城でのおもてなしもあるけどね」
「まあ、そうだろうな」
「うん。でも、ぼくはここみたいなかんじがいいなぁ。たくさんの人と会えるでしょ。宿でもお城でも、たいてい旅団の人ばかりだからね」
「そうか」
「うん」
それではつまらないという風に、両手で器用に箸を回す。
葛葉はそれを見て自分も挑戦してみるが、なかなか上手くいかない。
「こうやるんだよ」
「んー?」
「こう持って、中指で弾くんだ」
「んー…」
「こら。葛葉ちゃんに行儀の悪いことを教えないの」
「あれ?さっき戻っていったのに」
「旦那がね。無理しちゃダメだって言って」
「ふぅん。六ヶ月くらい?」
「よく分かったね」
「六ヶ月なのか」
「うん」
「あんまり目立たないんだな」
「これからだよ。哲也のときもそうだったからね~」
「へぇ~。男の子?女の子?」
「それは生まれてからのお楽しみ」
「名前は?名前は決めてるの?」
「ふふふ。じゃあ、ユカラちゃんが決めてくれる?」
「いいの?ホントにまだ決まってないの?」
「ホントホント。名付け親になれる、滅多にない機会だよ」
「わぁ~。じゃあじゃあ、男の子なら秀司。秀でるに司。女の子なら陽葉。太陽の陽に葉っぱ!ね、どう?」
「ふふ、良いねぇ。じゃあ、それを貰おうかな」
「うん!」
「それにしても、すぐに出てきたな。考えてたのか?」
「うん。姉ちゃんの子供に付けようと思って」
「え、えぇ?オ、オレの?」
「じゃあ、この子が貰っちゃったから、また考えないといけないね」
「そうだね」
「お、おい…。子供って…」
「楽しみだなぁ」
そんなにキラキラした目で見られても…。
と、利家との子供か…。
いや、でも…。
うーん…。