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「なぁ、葛葉。機嫌直してくれないか」
「………」
「ユカラ。どうにかならないのか」
「あたしにはどうにも出来ないよ。姉ちゃんが悪いんだから」
「それはそうだけど…」
「………」
でも、どうしろって言うんだ…。
今だって、ずっとユカラの向こう側を歩いているのに…。
はぁ…。
「そういえば、お前と市場に行く約束なんてしてたか?全く覚えてないんだが」
「………」
「夢だったみたいだよ。夢の中に姉ちゃんが出てきて、今日市場に連れて行ってあげるって言ったらしいんだ」
「へぇ…。夢の中のオレが…」
とんだ約束をしてくれたものだ。
お陰で、完全に葛葉の機嫌を損ねてしまった。
さて、どうしたものか…。
「姉ちゃん、その荷物は何なの?」
「これか?これは、利家から頼まれたものだ。市場管理組合と旅人支援組合に伝書を、あとはお菓子だ」
「お菓子?」
「ああ。子供たちと一緒に食べてくれって」
「ふぅん。差し入れってことかな」
「さあな。でも、議会で孤児院について話し合ってるみたいだし、関係があるのかもな」
「ふぅん…」
「それでお前は何が欲しいんだ」
「えっ。な、なんで?」
「ずっとソワソワして。話を切り出す機会を窺ってたんじゃないのか」
「うん…」
「それで?」
「紐が欲しいんだ」
「紐?組紐でもやるのか」
「えっ、なんで分かったの?」
「まあ…最近、手芸に凝ってるみたいだからな。そうなんじゃないかと思っただけだ。桜がヤゥトに帰ってる間もやってたんだろ?」
「うん。それでね、一昨日に八重さんが、こういうのもあるよって教えてくれたんだ」
「八重がなぁ。まあ、あいつは衛士の中でも一番手先が器用だからな」
「すごいんだよ。刺し子でも、すっごく細い糸で複雑な模様をすごい速さで縫っていくんだ」
「"すごい"を何回使うんだ」
「だって、ホントにすごいんだもん。桜もすごいけど…八重さんもすごいなって」
「そうか」
「んーっ!」
「あ、葛葉。どうしたの?」
「葛葉もおしゃべりしたい!」
「あぁ、そうだね。ごめん」
「じゃあ、葛葉。待たせたこと、許してくれるか?許してくれないと、オレは葛葉に喋ってもらえないから」
「…ゆるしてあげる」
「ごめんな。ありがとう」
「うん」
「待たされたけど、ちゃんと連れてきてくれたもんね」
「うん!」
やっと笑ってくれた葛葉の頭を撫でてやると、ギュッと抱きついてきた。
そのまま抱き上げると嬉しそうに額を擦りつけてきた。
「仲直りだね~」
「そうだな」「うん!」
早めに葛葉の機嫌が直ってくれてよかった。
これで、心置きなく市場を回れるな。
初めて来たけど、旅人支援組合っていうのはこんなに活気があるものなのか。
依頼所では食事も出来るみたいで、かなり大きなおにぎりを食べている者もいた。
「よう。衛士長さんじゃねぇか」
「ん?誰だ?」
「はは、衛士長さんは俺のことは知らないよ」
「そうか」
「噂は聞いてるよ。美人で強いって」
「現物を見てがっかりか?」
「いや。予想以上だな」
「どうも。ところで、お前はここの関係者か?」
「まあな。依頼仲介係の責任者だ、こう見えても」
「それならちょうどよかった。これ、伝書だ」
「ん?黒紐か。宛先は旅人支援組合。係の指定はないか。それなら…」
紐を解いて読み始める。
さらさらと斜め読みをして、ものの数秒で読み終えてしまった。
「ふむ…。なるほどなぁ」
「何が書いてあったんだ」
「未来の希望について」
係長に渡された伝書を読む。
そこには、確かに未来の希望についてのことが書いてあった。
「組合長に報告してくるよ。まあ、答えは決まってるだろうが」
「ああ」
「市場管理組合にも回ってるんじゃないのか?」
「ああ。これから行くところだ」
「そうか。まあ、早いに越したことはないから」
「分かってる」
「…じゃあ。目の保養になったよ」
「そりゃ何よりだ」
「ふふふ。またな」
「ああ」
係長は軽く手を振ると、奥へ入っていった。
…よし。
次だな。
「ねーねー」
「ん?」
依頼所前のちょっとした公園で遊んでいた未来の希望が戻ってきた。
…誰かを連れてきて。
「こんにちは」
「ああ。こんにちは。名前は?」
「弥生です」
「弥生か」
葛葉と同じくらいといったところだが、かなりしっかりしてるようだ。
腕を組んでお辞儀をしてるあたり、北の方の出身なのかもしれない。
「一人か?」
「いえ。兄と来ているのですが、途中でいなくなって…」
「はぐれたのか。困ったな…」
「はい…」
答えながら弥生は少し俯いて、涙をこらえているようだった。
まあ、兄ちゃんとはぐれれば不安にもなるだろう。
早く見つけてやらないと…。
「一緒に行こう。兄ちゃん、捜してやるから」
「……!ホントに…?」
「ああ」
「ありがと…ありがとうございます」
「いや、いいよ。普通のままで」
「でも…」
「葛葉も、普通の方が良いと思うよな」
「うん」
「な?」
「…うん。分かった」
「そうだ。良い子だ」
「えへへ」
頭を撫でてやると、笑顔が戻ってきた。
うん、やっぱり笑顔だな。
…それにしても、弥生の兄ちゃんはどこに行ったんだろうな。
こんなに小さな妹を放っておいて…。
「弥生、あっちに行ってみよ」
「うん」
「…オレともはぐれる、なんてことになるんじゃないぞ」
「……?」
「はぁ…」
まあ、オレかユカラが目を離さないようにすれば…って、ユカラはどこに行ったんだ。
依頼所の中には…いないな。
まったく…。
そこから始めないといけないのか…。