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子供たちは香具夜に任せて、城の裏へと回る。
そこには、簡単に板で仕切られた空間が。
洞穴暮らしの二人が安心出来るようにと作った、暗くて狭い場所。
「どうなんだ、伊織は」
「あ、姉ちゃん。二人とも寝てるよ」
「そうか」
「うん」
「…きちんとした小屋を作らないとな」
「うん。医務班のみんなが作ってくれるって」
「大工を雇った方が良いんじゃないか?」
「まあ、そうなんだけどね。せっかくだから、一回作ってみようって」
「医務班には修司もいるからな。もしかしたら上手くいくかもしれない」
「あはは。酷いなぁ」
「まあ、落ち着いてるようでよかった」
「うん」
出入口となっている板を少しずらして、中の様子を見てみる。
光が入ってきて眩しかったのか、蓮は薄く目を開けた。
「ゥルル…」
「ああ」
「………」
「そうか。まあ、時間はたくさんあるんだ。ゆっくり疲れを癒せばいい」
「………」
「セトのことか?またあとで挨拶に来させるよ」
「ワゥ…」
「お休み」
板を閉じる一瞬前、端っこの方で明日香が丸まって眠っているのが見えた。
本当に昼寝が好きだな。
そしてそっと板を閉じ、風華の横に座る。
「カイトとかセトには聞いたのか?」
「うん。カイトに聞いてみた。カイトの方が、いろんなことを知ってそうだし」
「それで?」
「えっと、たぶん栄養失調だって」
「栄養失調?そんなことだったのか」
「うん。でも、龍は偏食気味の子が多いらしいから」
「ふぅん。それで、伊織は何を食べてたんだ」
「蓮が持ってくるのが肉ばっかりで、それでお腹もいっぱいになるから、ほとんど野菜を食べてなかったんだって」
「ほぅ」
「だから、明日からは野菜漬けだねって言ったら嫌な顔して。元々食わず嫌いなところもあるみたいだね」
「今まで分からなかったのか?」
「…うん。なんでも分かってたつもりでも、やっぱり意志疎通が出来るのと出来ないのとでは全然違うってことが分かった」
「まあ、そうだな」
「栄養失調なんて…私でも気付けたはずなのに…」
「過去は後悔するためにあるんじゃないだろ?次に失敗しないためにあるんだ。今は伊織の病気も言いたいことも分かる。それでいいんじゃないか?」
「…うん。そうだよね。ありがと、姉ちゃん」
「よし。じゃあ、こんなところに座り込んでないで。伊織のごはんの相談に行こう」
「うん!」
もう大丈夫だな。
立ち上がって土を払い落とし、意気揚々と厨房へと向かっていく。
私も、置いていかれないうちに追いかけることにする。
灯が筆を走らせる音だけが聞こえる。
サラサラと良い音をさせてる割に、書いてる字は汚いが。
「よし。こんなかんじかな」
「見せて見せて」
「うん」
「…ねぇ、これはなんて書いてあるの?」
「ほうれん草」
「ふぅん…。じゃあ、これは?」
「春菊だよ」
「じゃあ、これ」
「もう!さっきから、上から順番に聞いてるだけじゃない!」
「だって、分からないんだもん」
「お前の字を解読するには、普通の人間は相当な時間が掛かるからな。書いた本人が近くにいるなら聞いた方が早いだろ」
「失礼なっ!」
「じゃあ、誰がこれをほうれん草と読むんだ。どう見ても解読不能な記号の集まりだ」
「美希は私の覚書を見て勉強してるんだよ!美希なら読めるよ!」
「誰でも読める字を書け」
ため息をつきつつ筆と紙を取り、灯の覚書の解読書を書いていく。
「わぁ。姉ちゃん、これが読めるんだ~」
「だから、普通に読める字なんだってば!」
「そう思ってるのはお前だけだ」
「へぇ~。これ、白菜って読むんだ~」
「風華!」
「姉ちゃんって字が上手いよね。なんで?」
「母さんに教えてもらったんだ。灯は逃げてばかりだったけど」
「逃げてなんかないもん…」
「朱色の墨なんてもう見たくない!とか言って、厨房に引き籠ってたじゃないか」
「だって…」
「あのときのツケが、今になって巡ってきたんだな」
「私は兄ちゃんに習ったんだ。兄ちゃん、村で一番字が上手かったんだよ」
「ふぅん」
「まあ、そんなかんじはするよね~。見たことないけど」
「政務室に行って、公文書を読んでみればいい」
「えぇ~。そんなの面倒くさい」
「じゃあ、お前は一生犬千代の字を拝めないな」
「いいもん。字なんて見なくても、どうってことはないんだから」
「まあ、そうかもしれないがな」
「でも、もうちょっとくらい練習したらどうなの?上手くなりたくないの?」
「そりゃ、なりたいけどさ…」
「今、字が汚いってことを認めたな」
「え?あっ!風華!」
「え、えぇ…?私?」
「そうだよ!もう…」
「ふふふ。…よし。これで完成だ」
「じゃあ、次はこれを使った料理だね」
「うん。あ、そうだ。あの料理の本、使えないかな」
「風華が買ってきたやつ?」
「うん。あれ、どうかな?」
「そうだね…。ビジタブルスゥプとかいうのがあったけど、龍なら汁物は飲みにくいよね」
「どうだろうな」
「そういえば、ハンバァグとかいうのがあったな…。挽き肉団子みたいなかんじなのかな。野菜を刻んで入れるんだって」
「あ、それ、いいんじゃない?」
「うん。でも、一度に入れられる量は少ないみたいだからダメだね」
「うーん…そっか…。ていうか、あの本の内容、全部覚えてるの?」
「当たり前じゃない。本を見ながら料理なんて出来ないでしょ?」
「そ、そうかな…」
「うん。それで、野菜料理だけど…」
料理に関しては一流なんだけど。
なんで、他のところで発揮しないんだろうな。