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「うぇ…」
「大丈夫?お茶飲む?」
「団長、余計なことを言わないでください」
「はい。酔い止めの薬が出来たよ」
「………」
「ほら、飲まないと気持ち悪いままだぞ」
「うぇ…イヤなにおい…」
「葛葉、余計なこと言わないの」
「リュウ、飲んだ方が、いいと、思うよ」
「うん…」
横になっていたリュウは、身体を起こして薬の入った器を受け取る。
でも、あまりの毒々しさに少したじろいでいるようだった。
「何これ…」
「酔い止めの薬だって。すごく効くんだよ」
「うぅ…」
「そうだ。お茶に混ぜて飲めばいいんじゃない?」
「ダメですよ。この薬は緑茶の成分と反応して、効果が無くなっちゃうんですから」
「麦茶も玄米茶も焙じ茶も黒豆茶もどくだみ茶も、なんだってあるよ~」
「ダメです。そのまま飲まないと」
「ていうか、団長…。いつの間に用意したんですか…」
「発つ前だよ~。ユールオに着く前にお茶が無くなったらどうするのよ。しっかり準備しとかないとダメじゃない」
「隈が出来るほど熱心にやってたんだな」
「もちろん!」
「団長。今のは皮肉ですよ」
「ああ、皮肉だ」
「あり?」
水筒をたくさん手にぶら下げながら首を傾げる桐華。
こいつのお茶好きには困ったものだな…。
「うっ…ん…」
「あ。リュウがのんだ」
「お。偉かったな、リュウ」
「うん…。でも、口の中が苦いの…」
「口、ゆすぐ?水もあるよ」
「もう…。水があるなら、最初からそれを出してあげてくださいよ…」
「だって、水で薄めても仕方ないじゃない。お茶なら香りで味や匂いを誤魔化せるでしょ?」
「いや。お茶と混ぜると、さらに飲みにくくなってたんじゃないか?薬自体、匂いがきついからな。お茶と混ざって、えげつないことになってたと思うぞ」
「そうかなぁ…」
「団長。とりあえず、水を渡してあげてください」
「あぁ。あはは、そうだよね~」
桐華から水筒を受け取ると、リュウは早速口をゆすぎ始める。
そして、外へ吐き出そうとしたその瞬間
「……!」
木の根か石を踏み越えたのか、馬車が大きく揺れた。
「カルア!何してるの!?」
「まあまあ、遙。押さえて押さえて」
「まったく…。子供たちも乗ってるのに…」
「す、すみません…。少し考え事をしてまして…」
「考え事?」
「はい…。護国伝説のことで少し…」
「護国伝説というと、リュウが活躍するお話だね~」
「あれ?英雄物語じゃなかった?」
「チッチッチッ。甘いよ、遙。それは本当の護国伝説じゃないんだな~」
「へぇ。そうなんだ」
「ねぇ、リュウ。どうしたの?」
「………」
葛葉に声を掛けられて、ゆっくりとこちらを向くリュウ。
心なしか、涙目になっているような…。
「飲んじゃったの…」
「え?」
「口をゆすいだ水を飲んじゃったの…」
そして、一番手近にいた私に抱きつく。
服をギュッと握って、私の目を覗き込んでくる。
もはや心なしか…ではなく、本当に泣いていた。
「うぅ…。飲んじゃったの…。わたし、死んじゃう…」
「落ち着け。口をゆすいだ水を飲んだくらいじゃ死なないから」
「でも…桜お姉ちゃんが…」
「桜?」
「桜お姉ちゃんが、口をゆすいだ水を飲んだら死ぬって言われてたの…」
「誰に」
「空お姉ちゃん…」
「はぁ…。あいつらはホントに…」
「桜、うがいした水を飲んでたんだ…」
「あのな、リュウ。口をゆすいだ水を飲んでも死にはしない。でも、飲まない方が良いのは事実だ。口にはたくさんのバイ菌がいて、それが喉を通ることになるんだからな」
「え…じゃあ…」
「リュウは大丈夫だ。苦いのを取り除くために口をゆすいだんだろ?」
「うん…」
「じゃあ、大丈夫。口の中に残っていた薬を飲んだのと同じだからな。でも、それは今回だけだ。次からはちゃんと吐き出すんだぞ」
「うん」
「光と葛葉も。分かったな?」
「はぁい」「うん!」
元気のいい返事だ。
三人を引き寄せて、まとめて抱き締めてやる。
「ほぉ~。さすが、子守りの達人だね」
「子守りの達人…?」
「ぼくが陰で勝手にそう呼んでるんだけどね。紅葉って、なんか子供受け良いでしょ?」
「そういえば、そうかもしれないね。望と響も、いつの間にか懐いてたもんね」
「元々懐きやすい性格だったんだろ。風華たちにだって、すぐに懐いてたじゃないか」
「そうだっけ?」
「ああ」
「でもさでもさ、この前やった紅葉争奪戦のとき、みんな一所懸命やってたよね」
「そういえば、初対面だったよね」
「ていうか、勝手にあんなことをやってくれるなよ」
「いいじゃん。みんな気に入ってくれたんだからさ」
「気に入ってくれなかったら、オレはどうすればいいんだよ…」
「そんときは、ぼくが貰ってあげるよ」
「まあ、それは良いんだけど…。遙から話があるみたいだぞ」
「え…?」
「また家出したくなってきましたねぇ」
「や、やめてよ、冗談は…」
「冗談に聞こえます?今度は一週間くらい出ないと分からないみたいですね」
「ね、ね。やめてよ…お願いだからぁ…」
そして、桐華はとうとう泣き出してしまった。
それを見て遙はため息をつき、桐華の頭を撫でる。
…桐華の遙依存症にも困ったものだけど、まあいいのかな。