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「また帰ってくるね」
「たまには手紙くらい寄越しなよ」
「分かったって。何回も言わなくたっていいでしょ?」
「よく言うよ。すぐにコロッと忘れるんだから」
「そんなに忘れっぽいかなぁ…」
「ふふふ。…じゃあ、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
そして、風華は馬車に飛び乗って。
御者であるカルアに合図を送ると、もう一度ヤゥトの方を見て。
「また帰ってくるからね。行ってきます」
手を振って見送ってくれる村長や村人に応え、風華も大きく手を振る。
…いや、それだけじゃないんだろうな。
この、ヤゥトという場所へ。
しばしの別れと、再会の約束を。
「ふぁ…」
「風華もしばらく寝るといい。ほら、毛布」
「うん…。はは、急に眠くなっちゃった…」
「気が抜けたんだろう。別れというのは、それだけ体力を使うものだ」
「うん…。でも、ほんの少しの間、留守にするだけ。もうひとつの家に帰るだけだから…」
「ああ」
毛布を掛けてそっと頭を撫でてやると、ゆっくりと瞼を閉じて眠りへと落ちていった。
と、いきなり目の前に湯呑みが差し出される。
「飲みなよ。目が覚めるよ」
「すまないな。だけど、お前に一番必要なんじゃないのか?」
「え?なんで?」
「目の下に隈が出来てるぞ」
「えっ、嘘。どこ?」
「それを聞いて、どうする気なんだ…。それに、目の下って言っただろ」
「えぇ~、困ったなぁ」
「お前も一度、寝たらいい」
「でも、二度寝はダメだって遙が…」
「遙も寝てるじゃないか。ほら、寝不足は身体に毒だぞ」
「う、うん…」
「お休み、桐華」
「お休み…」
桐華が毛布に潜り込んだのを見届けて、少しずつ桐華に貰ったお茶を啜る。
冷茶ではなくて、温かいお茶だった。
水筒に入れてきたのかな。
「それで、なんでこんなに朝早くに出るんだ?」
「朝早くに出れば昼になるまでにユールオに着きますし、朝というのは人間の活動が最も低い状態です。だから、賊などにも遭いにくい」
「なるほどな」
「まあ、可能性は完全には無くなりませんが、一番確実なのです」
「ふむ。しかし、少し風が変わった。注意して進めよ」
「はい」
この前に賊を捕らえたばかりだけど、ああいう連中はいくらでも湧いてくるからな…。
しかも、風は最悪の向かい風だ。
旅団天照を襲うような賊はいないとは思うが…。
「そうだ。伊織と蓮の様子はどうだった?」
「素直でしたよ。身体を触られて少し怒った風もありましたが、すぐに落ち着いて。あとは大人しいものでした」
「そうか。今、どこにいる?」
「二個前ですよ。見に行きますか?」
「いや、いいよ」
「そうですか…」
「あの二人は大丈夫だ。強い子たちだから」
「…はい」
風華たちが起きたら、一緒に様子を見に行こうか。
二人にも、新しい環境に慣れる時間は必要だろうからな。
…私の膝を枕にするリュウの髪をそっと撫でてみる。
すると一瞬、煩そうに顔をしかめたが、すぐに元の寝顔に戻った。
「リュウ。紅い瞳の龍」
「護国伝説ですか?」
「ああ。家族想いの龍の伝説だ」
「え?あの伝説って、龍は悪者じゃありませんでしたっけ?」
「それは、北と戦をしていたときに改竄されたものだ。今はそっちの方が一般なのかもしれないが、元はリュウが中心の話だ。描かれる悪も龍ではなく、犯罪を繰り返す大悪党なんだ」
「へぇ~。知らない間にとんでもない話を刷り込まれていたんですね」
「ああ。戦の弊害だな。戦は大人たちがするものだが、その悪影響は無垢な子供にも降りかかる。そして、それがどういったものなのか、大人たちは全く知らないんだ」
「………」
「でも、それをオレたちは知っている。オレたち一人一人に出来ることは小さいかもしれないけど、それがたくさん集まればどうだ。ひとつよりふたつ、ふたつより四つ、四つより八つ。八つよりたくさんだ」
「はい」
「点が集まれば線になり、面になり。そして実体を持つようになるんだ。…カルアも、点のひとつになってくれるか?」
「もちろんですよ」
こちらを向いてニコリと笑う。
これでまた一人、真実を追求する者が増えたな。
…歴史の裏に隠された真実は多い。
そして、それが明らかにされることは少ない。
でも、それを追いかける者がいれば、少しずつでも晴天の下に出せる。
それが、次の世代のために私たちが出来ることなんだろう。
「それで、護国伝説の本当の話を聞かせてほしいのですが」
「ああ、そうだな」
少し思い出す。
お母さんが話してくれた、あの物語を。
今度は、私が話す番なんだな。
「あ、そうだ」
「え?どうしたんですか?」
「カルアに話すより、子供たちに話した方が早いような気がする」
「えぇっ!?これだけ引っ張っておいて、それはないですよ!」
「シーッ。みんな起きるだろ?」
「いや、だって…」
「冗談の通じないやつは嫌われるぞ?」
「え、冗談って…それはないですよ…」
「ふふふ。…じゃあ、話すか。家族想いの優しい龍の物語を」
お母さんから私へ。
私からカルアへ。
カルアから、たくさんの子供たちへ。
真実は伝えられてゆく。