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森を抜けると、広場ではもう賑やかな宴が始まっていた。
「ありゃあ~。紅葉しゃんでね~の~?」
「桐華。もう呑んでいるのか」
「あはは。いいじゃん~。今日でまたお別れなんだからぁ~」
「そうだよ。明日、二日酔いで起きられなくなっても知らないよ?」
「堅いこと言わないの。ほらぁ、空も呑みなさぁい」「うわっ、ちょっと!やめなさいって!」
「んふふ~」
グイグイと盃を押し付けられて、空も呑み始める。
押しに弱いみたいだ。
…それより、遙はどこに行ったんだろうか。
遙がいたら、こんな時間帯にこんなに酔うまで呑ませないはずなんだが…。
「ほらほらぁ、紅葉しゃんも呑みなってぇ。番茶割り~」
「番茶割り?これ、ほうじ茶だろ」
「いいのら。番茶割りなのら」
「はぁ…。またあとでな」
「えぇ~」
盃を持って迫ってくる桐華の頭を一発殴って、遙を探しに行く。
…風華に盃を渡そうとする桐華の頭をもう一発殴っておく。
そして風華の手を引いて、歩くお茶から離す。
「番茶割りかぁ。私は水割りばっかりだったなぁ」
「オレは割ったことなんてないぞ」
「姉ちゃんは大蛇だから」
「いや、狼だ」
「ふふ、そうだったね」
「あっ、お母さんだ!」
「おかえり~」
「ただいま」
「ただいま。リュウはどうした」
「家に、いるよ」
「そうか。夕飯は食べたのか?」
「ううん。今からだって、遙お姉ちゃんが、言ってた」
「遙はどこに行った?」
「分かんない」
「そうか。よし。じゃあ、夕飯、食べてこい。オレたちはリュウを連れていくから」
「うん」
「はやくきてね~」
「分かってる。葛葉も光も、いっぱい食べてきなさいよ」
「うん!」「はぁい」
元気よく返事をすると、二人は走っていった。
さて、とりあえず遙のことは置いといて。
リュウを迎えに行こう。
「桐華さんって、ホントに自由だよね」
「なんだ、唐突に」
「今でも、ときどき疑うんだ。桐華さんは演技をしてるんじゃないかってね。ホントはもっと厳格で真面目な人なんじゃないかって。だって、大旅団の団長にしては間が抜けてるでしょ?もっと、タルニアさんみたいな人が団長になるべきじゃないの?」
「そうだな。団長としての仕事をこなすなら、桐華は不適だ。でも、桐華とタルニアには共通点がある。何か分かるか?」
「え?タルニアさんと桐華さん…?共通点なんてあるの?」
「ああ」
「うーん…。思い付かない…」
「…信頼されてるんだよ。団員に限らず、あらゆる人に」
「あっ、そっか」
「普通の人がなかなか持ち得ないものを、あいつらは持っている。仕事が出来なくたって、お茶ばかり飲んでいたって。みんなが付いてきてくれる魅力が、あいつにはあるんだよ」
「そっか。人望か…」
「ああ」
家に入って居間を抜け、寝間に行く。
その間、風華は何度も頷いていて。
寝間ではリュウがクルリと丸まって眠っていた。
「おい、リュウ。起きろ。夕飯だぞ」
「んぅ…」
「リュウ」
「もう食べられないの…」
「今から食べるんだ。ほら、早く」
「むぅ…」
「ほら」
「んー…」
リュウは翼をパタパタさせたりしているが、起きる様子はない。
…あれを試してみるか。
「…何してるの?」
「ん?ヤーリェに教わった方法をだな…」
リュウの角をギュッと握ってみる。
するとリュウは、大きな欠伸をして身体を伸ばし、目を開けた。
「わっ、すご~い」
「んぅ…」
「効果覿面のようだな」
「ふぁ…あふぅ…」
「夕飯、食べに行くぞ」
「夕飯なの?」
「うん。みんな待ってるよ」
「分かった」
もう一度欠伸をすると、立ち上がってニッコリと笑う。
頭を撫でて手を繋いでやると、パタパタと嬉しそうに翼をはためかせて。
「早く行くの!」
「はいはい」
「今日はたっぷり楽しまないとね」
「うん!」
そして、賑やかな広場へ。
大人の大半は酔い潰れ、子供たちも思い思いの場所で眠る深夜。
広場の真ん中の火は、まだ少しパチパチと燃えていた。
「じゃあ、明日はその龍たちも一緒なのね」
「ああ。頼めるか?」
「もちろんよ」
「特に伊織は、身体が弱くて警戒心が強いみたいだ。風華と私からも言っておくが、輸送の際は充分に気を付けてくれ」
「心配しなくても、丁重におもてなしするわ」
「いや、そっちじゃなくてな…」
「大丈夫よ、その様子ならね。元はとっても大人しい子なんでしょ?」
「私は今日知り合ったばかりだけど、そうなんだろうな。心優しい、良い子だよ」
伊織と蓮の静かな寝息が聞こえる。
真夜中になるのを見計らってやってきた二人は、到着と同時に眠ってしまった。
「それにしても、すごく気に入られてるのね」
「ん?そうか?」
「その子たちに、さっき聞いた蒼龍の子たち。ホント、紅葉って小さい子にも人気あるよね」
「そうかな…」
「姉御肌って言うのかな?」
「姉御肌ねぇ…」
「頼り甲斐があるというか、なんというか。でも、紅葉といると、私でも安心出来るんだ」
「ふぅん」
「男の人みたいな、なんかそういう安心感があるんだよね。あ、紅葉が男っぽいって言ってるんじゃないよ」
「分かってるよ…」
「ふふふ。でもね、手に取ると消えてしまいそうな、そんなかんじもするんだ」
「………」
「雪…じゃないか。そうだね…。月…かな」
「月…」
「うん。紅葉は月だよ、きっと」
そう言うと最後の一杯を呑んで、遙はゆっくりと眠りに落ちていった。
…私は月、か。
見えない月に手を伸ばし…そのまま暗闇に抱かれて眠った。