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「今日は宴か?」
「たぶんね。旅団も今日で最後のはずだし」
「そうなのか?」
「たしか、そうだったと思う」
「ふぅん」
「安全面を考えて、旅団と一緒に帰る方が良いと思うんだけど…」
「そうだな。盗賊に会ったばかりだし」
「うん。如月が退治してくれたみたいだけどね」
「油断は禁物だ。ああいう輩は、いつ、どこから湧いてくるか分からないからな」
「うん…」
「大丈夫だ。風華と蓮はオレが守るから」
「うん、分かってる。でも、思ってたことは違うの」
「ん?」
「姉ちゃんにボコボコにされる盗賊って可哀想だなって思って」
「………」
「あはは。冗談だよ、冗談」
「…ふん。本気であってたまるか」
「ふふふ」
冗談なら言わないでほしいよ…。
本気にするじゃないか…。
「それにしても、本当に寄ってこないな」
「何が?」
「動物だよ。気配はするんだけど…」
「あ、うん。そうなんだ。不思議だよね」
「ここはまだ道があるからな。人間を恐れて寄ってこないのかもしれないが」
「森の奥でもそうだよ。全然寄ってこないんだ。その方が安心出来るけどね」
「ああ。まあ、風華はそうだろうな」
「姉ちゃんは寄ってきてほしいの?」
「さあ、どうだろうな。城に行ってからは他の動物と話す機会がなくなってしまったから、久しぶりに話してみたいという気持ちはある」
「でも、やっぱり話したくない?」
「いや、話したいが踏ん切りがつかないというのが正しいだろうな。すっかり人間になった自分が、自然に生きる者と対等に語らうことが出来るのか、なんて考えたりするんだ」
「人間だって自然の一部でしょ?人間だけが、自然から切り離された、別の世界で生きてるなんてことはないんだから。人間だって自然の一部。自然は、人間が考えるよりも、ずっとずっと広いんだよ」
「…ああ、そうだな。人間だけが特別じゃない。人間だって、この世界に生きている一員なんだ」
「うん」
人間だって自然の一部、か。
いつの間に、こんな境目を作っていたんだろう。
私にも分かっていたはずなのに。
私だから、分かっているはずなのに。
狼として、人間として、生きてきた自分だから。
「あ、広場だよ」
「ん?この前の?」
「うん」
「へぇ。ヤゥトの目と鼻の先なんだな」
「そうだよ。遠足のときにも、森を抜けて村に出た子もいたんだよ」
「ふぅん」
「まあ、みんなにも説明はしてあったんだけどね。村の子と遊んでた子もいたみたい」
「ユールオとヤゥトの交流だな」
「うん」
それなら、また企画してもいいな。
今度はヤゥトまで行こうか。
「私、姉ちゃんが考えてること、分かるよ」
「奇遇だな。オレも分かるぞ」
「ふふふ。じゃあ、また遠足に行こっか」
「ああ。そうだな」
風華と私が笑い合っているのを、蓮は不思議そうに見ていた。
広場で一休みして、また歩き始める。
いよいよ道から離れ、森の奥へと進んでいく。
「懐かしいな」
「ん?森の中が?」
「ああ。こんなに奥まで来るのは、本当に久しぶりだ」
「へぇ~。そういえば、城に行ってからほとんど外に出なかったって言ってたね」
「そうだな。子供の頃は訓練、母さんが死んで父さんが衛士を辞めてからは衛士長として。出なかったというか、出られなかったんだな」
「ふぅん。大変だったんだね」
「そう…だな。大変だと思う暇もなかった。特に、前王の時代は」
「私たちが倒しちゃったあれだね。今はどうしてるんだろ」
「さあな。意外と近くにいたりして」
「はは…。もしそうだとしたら、笑えないね」
「まあ、大丈夫だろ」
あいつに力は残っていなかった。
それまで頼っていた王としての権力も、人間としての知力も、生き物としての生存力も。
どうなったのかなんて、考えたくはないが。
「ワゥ」
「ん?今の、蓮か?」
「うん。たまに犬みたいな鳴き方をするんだ」
「ォン」
「変なやつだな」
「んー、そうかも」
「………」
「はは、拗ねない拗ねない」
「それより、まだ掛かるのか?」
「そうだね。あと半刻近く掛かるかな」
「そうか…。早めに済ませて早めに出ないと、宴に間に合わないな」
「あ、そうだね」
「お前も、早く仲直りするんだぞ」
「………」
「強情になってると、いつまでも擦れ違ったままだぞ。たまには自分から折れないと」
「そうそう。いっつも伊織から謝ってるもんね」
「なんだ。そんなに頻繁に喧嘩をしてるのか」
「蓮がうちに来るのは、喧嘩したときか寂しいときか。そのどっちかがほとんどだよ。まあ、そのまま何泊もしたりして、結局ほぼ毎日いたりするんだけどね」
「ふぅん。じゃあ、伊織が寂しがってるんじゃないのか?」
「そうだね…。でも、そんなの知らないとかいったかんじで…」
「………」
「喧嘩の原因は、お前のその態度にあるんじゃないのか?」
「オォン…」
「まあ、その判断は伊織にも話を聞いてからだな」
「伊織、体調崩してないといいんだけど…」
「そうだな…」
「…ねぇ、お城に連れて帰ったらダメ?」
「それが伊織の幸せになればいいが、ほとんどの場合、そうはならない。連れて帰ったことで、さらに負荷が掛かって病状が悪化することもある。薬師なら分かることだろ?」
「…分かんないよ。苦しんでる子を見て、それでも放っておくなんて…私には出来ない」
「放っておくんじゃない。あるがままでそっとしておくのが一番良いんだろう、ということを言っているんだ」
「同じだよ…。近くにいれば、容態が変化してもすぐに分かる。すぐに治療が出来る。そうと分かっててやらないのは、見殺しにしてるのと一緒だよ…」
「じゃあ聞くが、なんでお前は今までそうしようと思わなかったんだ。いくらでも、その機会はあったはずだろ」
「それは…兄ちゃんが反対したから…。それに、龍の知識もなかったし…」
「ふん。結局、お前の覚悟はそんなものだったんだ。利家の反対や知識の不足くらいで、伊織の治療を断念する。その程度だったんだ」
「………」
風華は俯いて、唇を噛んでいた。
相当悔しいのだろう。
でも、あと少しのところまで来ているはずだ。
「私は…」
奥歯を噛み締めて、言葉を絞り出す。
そしてこちらに向き直り、真っ直ぐに。
「私はもう逃げない!私は、伊織の…伊織と蓮の家族だから!」
森の奥深くまで響いたその決意。
はっきりと受け取ったぞ。