12
「ねぇねぇ!あそこにしよ!」
と言って、桜が入っていったのは大衆食堂だった。
「いらっしゃい!なんにします?」
「ボクはね~…えっと~」
「私は、このキツネ蕎麦で」
「オレは日替わり」
「えっとね、ボクは焼き魚定食~」
「キツネ蕎麦に日替わり、あと焼き魚定食だね」
「はい」
「了解っ!」
お昼時より少し早いからか、客は少なかった。
ていうか、その客…知った顔なんだけど…。
「あれ、隊長じゃないか?」
「シーッ!今は隊長じゃないだろ!」
「あ…そうか…。改めて…あれ、紅葉さんじゃないか?」
「いや、どうだろう…。紅葉さんがこんな店に来るわけないし…」
「こんな店で悪かったな!」
「あ!オヤジ!違うって!」
何をしてるんだか…。
厨房に言えば昼ごはんは作ってくれるんだけど、こういうところで食べるやつらもいるんだな。
みんなの、いつもと違う一面を見た気がする。
「衛士さんもここに来るんだね」
「まあ、そうなんだろうな」
「え?姉ちゃん、知らなかったの?」
「まあな…あんまり外に出ることもなかったから…」
「ふぅん」
「おなか空いた~」
「もうちょっと待ってくれよ、嬢ちゃん。そこのやつらの、後回しにしてるから」
「えぇっ!そりゃないよ!」
「うぅ~」
机に突っ伏す。
無意味に足をバタバタさせてみるが、結局体力を浪費するだけだと気付いたらしい。
グッタリとして、そのまま動かなくなった。
「ところで、風華は何を買ったんだ?」
「えっと…お薬の材料と、新しい本だよ」
「何の本なんだ?」
「お料理の本」
「料理、作るのか?」
「あ…うん…ちょっと、今度やってみようかと思って…」
「ふぅん…。まあ、厨房のやつらにも教わるといい」
「うん、そうだよね」
「嬢ちゃん、お待たせ。焼き魚定食だったね」
「やった!いただきます!」
「どうぞ」
早速がっつく桜。
そんな急いで食べることはないだろうに…。
「それにしても、料理の本か~。いいねぇ。お姉さんに何か作ってあげるのかぃ?」
「そうですね。姉ちゃんにも何か作ってあげようかな」
「ははっ!美味しい料理、作ってやりな!」
「はい!」
「じゃあ、お姉さん方はもうちょっと待っててくれよ」
「ああ。急がないから、ゆっくりでいいぞ」
「ふふ、そんなわけにはいきませんで。衛士長さんを待たせたとありゃあ、末代までの恥だ!」
「なんだ、知ってたのか」
「お噂はかねがね…ってやつでさぁ。いや~、噂と実際で見るのとでは雲泥の差ってやつだね!思ってたよりずっと美人さんだ!」
「な…何を…」
「ははっ、姉ちゃん、照れてる~」
「もう!からかうんじゃない!」
「オヤジ~、こっちも早く頼むよ~…」
「お前らは一番後だ!ここで屯ってる暇があったら、城の警備に戻りな!」
「えぇ~…隊長とはえらい違いだぁ…」
「そんなこと言って、衛士長さんに苦労かけてんじゃないだろうな!」
「えぇ…そんなこと…ないですよね、隊長?」
「さあな」
「そ、そんな…酷いです~…」
「あははははっ、面白いね~」
「食事は楽しく!これが一番でさぁ!」
「そうだな」
「俺たちは、いつになったらその楽しい食事にありつけるんだぁ…?」
みんなで笑った。
…いや、食べることに夢中になってた桜だけは、みんなが笑ってるのを見て首を傾げるばかりだった。
それがまた面白くて。
ふむ…。
なかなかに美味しかったな。
桜に何個かおかずを取られてしまったが、まあいいだろう。
夕飯のとき、覚えておけよ…。
「ご馳走様」
「ご馳走様でした」「ご馳走様~」
「毎度!」
「いくらだ?」
「三人で八百円でさぁ」
「ほぅ…安いんだな」
「安いだけがうちの取柄なんでね」
「そんなことないぞ。美味しかった」
「美味しかったよ~」
「へへ、ありがとうございやす」
「じゃあ、四百円出すね」
「いや、いい。オレが出すから」
「ダメだって!」
「せっかくお姉さんがおごるって言ってくれてるんだ。甘えとくのが、妹の役目ってもんだよ」
「オヤジ、なかなかいいこと言うな」
「それでもダメなの!」
「あ、そうだ。今度、お姉さんに料理を振舞ってやるんだろ?それの代金を今払ってもらう、って考えればいいんだ。いい案だろ?」
「でも…」
「なっ。姉妹同士だろ?遠慮すんなって。じゃ、衛士長さん。八百円な」
「ああ」
八百円をオヤジに渡す。
「はい、ちょうどね!毎度あり!」
「また来るね~」
「お、ありがとな。嬢ちゃん」
「うん。じゃあね~」
店を後にする。
桜は、人ごみに紛れて見えなくなるまで、外まで見送ってくれたオヤジに手を振っていた。
「ごめん…姉ちゃん…」
「謝られるようなことは、何もしてない」
「そうだよ、風華」
「桜は、やっぱりもうちょっと遠慮を覚えた方がいいな」
「えぇ~…」
「ね、絶対、埋め合わせはするから」
「そんなことをしてもらいたくて金を出したわけじゃない」
「分かってるけど…」
「なら、そんなこと言ってくれるな」
「………」
「もう言わないな?」
「…うん」
「よろしい」
頭を軽く撫でてやると、風華は何か複雑な笑顔を見せた。
「あ!いろはねぇ!あれ欲しい!」
「お前は…。ほら、小遣いやるから、自分で欲しいものを買って来い」
「やった!じゃあ、行ってくるね!」
「オレたちは帰るから。桜も夕飯には帰って来いよ」
「分かってる!」
そう言って、桜はどこかへ走り去っていった。
「あ、風華はもういいのか?帰るなんて言っちゃったけど」
「うん。もう粗方買ったから」
「そうか。じゃ、帰るか」
「うん」
昼になって、いよいよ騒がしくなってきた市場を出て、帰路に就く。
風華は、まだ気にしてるみたいだったが、口に出さなかっただけ良しとしよう。
それにしても、オヤジ、私たちを姉妹って言ってたな。
…ふふっ、姉妹かぁ。
最近会ってないけど、あいつら元気にしてるのかな…。
また逢えるといいな…。
自分も、こんな太っ腹な姉貴が欲しいです。