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「それにしても、こんなやつが上にいたなんて気付かなかったな…」
「いつもここにいるわけじゃないからね。本当の家は森の中にあるんだ」
「ほぅ」
「まあ、ずっと奥の方なんだけどね。前の遠足のときに説明した熊の住処よりもまだ向こう。人もほとんど近寄らないし、食べ物もいっぱいあるから」
「行ったことがあるのか?」
「何回かね。蓮と一緒に行けば、他の動物も近付いてこないんだ」
「レン…?こいつの名前か?」
「あ、うん。ハスって書いてレン。私が付けてあげたんだ」
「ふぅん。蓮か」
鱗で覆われた背中を撫でると、喉を鳴らしながら額を腹に押し付けてきた。
えらく大きな甘えん坊だな。
「もう一人いるんだけど、その子はあまり森から出てこないんだ」
「なんでだ?」
「今みたいにこの子たちと話せなかったから、詳しいことまでは分からないけど…」
「そうか。今は話せるのか」
「うん。セトで訓練したから。コツもバッチリだよ」
「ふふ、コツか。オレは考えたことなかったな」
「そりゃ、姉ちゃんはずっと狼と一緒に暮らしてたんだから」
「んー。まあ、そうかもしれんな」
「でね、その子の名前が伊織っていうんだ」
「ほぅ。男か?」
「え?女の子だけど」
「………」
「どうしたの?」
「いや、もともと伊織っていうのは男の名前なんだ。今はどっちにも付けるけどな」
「へぇ~。知らなかった」
「しかし、甘えん坊の蓮に、出不精の伊織か」
「あはは…。伊織は森から出ないだけで、出不精じゃないけどね…」
「ふぅん」
伊織か。
見てみたいな。
どんなやつなんだろうか。
「…なぁ、蓮。伊織ってどんなやつなんだ?」
「グルル…」
「それじゃ答えになってないぞ」
「オォン…」
「いや、撫でるけどさ…」
「もう、蓮。ちゃんと答えなさいよ」
「ウゥ…」
「え?なんで?喧嘩でもしたの?」
「………」
「はぁ…」
「なんで喧嘩したんだ」
「………」
「黙ってちゃ分からないだろ」
「………」
蓮はプイとそっぽを向くと、不機嫌そうに長い尻尾を左右に振る。
…身体は大きいのにまだまだ子供だな。
「よし。じゃあ、行こうか」
「えっ、どこに?」
「森に決まっているじゃないか」
「えぇっ!?」
「なんだ、不都合でもあるのか」
「うーん…」
「チビたちの昼は、旅団天照で面倒を見てもらえばいい。オレは他に困ることもないし」
「私もないけど…」
「じゃあ行こう」
「うん…」
「なんだ。問題があるなら言えばいい」
「うん…。ちょっと…」
「ん?」
「さっきも言った通り詳しいことは分からないんだけど、伊織が森から出てこないのは病気がちだからみたいなんだ…。それでね、人一倍警戒心も強くて、なかなか懐いてくれなくて…」
「風華にもか?」
「私には懐いてくれてると思うんだけど、もしかしたら思い込みかもしれないし…」
「思い込みじゃないだろ。しかも、そう思ってることで伊織を傷付けてるかもしれない」
「グルル…」
「うん、ありがと…。えへへ。なんだか自信が出てきたよ」
「ふふ、その調子だ」
「じゃあ、私から伊織に姉ちゃんを紹介すればいいんだね」
「ああ。頼む」
「分かった」
風華はスックと立ち上がると、握りこぶしを作って。
よし。
じゃあ、行くか。
嫌がる蓮を連れて、家を出る。
遙が旅団に戻ると、またいつも通りになってしまった桐華。
宿営地の端っこで、暢気にお茶をすすっていた。
「紅葉も飲みなよ。美味しいよ」
「それもいいが、チビたちの今日の昼を頼みたいんだ」
「あぁ、いいよいいよ。任せて」
「すまないな」
「それで、あの子は何なの?風華が飼ってるの?」
「いや。飼ってるというか、屋根裏に住み着いてると言った方が正しいんだろうな」
「ふぅん」
「あいつの家族が森にいて、どうやらそいつと喧嘩したらしいんでな」
「へぇ~。それで、仲直りさせに行くんだ」
「ああ。ところで、龍の病気に効く薬とか知らないか?」
「んー?龍薬のことかな?情報はあるけど実物はないよ」
「どこにならある?」
「そうさねぇ。龍の住む村って噂の龍在村にならあったかな。あとは、ユンディナ旅団だね。でも、ホントに龍に効くかは分かんないよ」
「ああ。分かった」
龍薬か…。
龍在村といえば、ルィムナでもかなり南の山の奥だな…。
ユンディナ旅団から買うにしても、その旅団がどこにいるかも分からない。
そのうち、ユールオにも来るけど…。
「まあまあ。効くかどうか分からない薬をアテにするより、今出来ることをすればいいんじゃない?とりあえず薬草を与えてみるとかさ」
「ああ。そうかもしれん」
「でさ、どんな病気なの?龍の病気なんて聞いたことないから、興味津々だよ~」
「さあな。オレは会ったことないから。それに、他人の不幸をそうやって嬉しそうに聞くのは感心しないな」
「嬉しそうには聞いてないけどさ…。でも、ごめん…」
「分かればいい」
「お詫びに、このお茶、あげるよ」
「いや、それはお前の飲みさしだろ。そんなのはいらん」
「えぇ~…」
「えぇ~じゃないだろ、まったく…」
「姉ちゃん、どうしたの?」
「あ、いや、桐華がバカなことばかり言うからな」
「えぇっ!ぼくのせい!?」
「事実なんだから仕方ないだろ」
「うぅ…。酷いよ、紅葉…」
嘘泣きを始めた桐華の頭を一発殴って。
まあ、さっきお茶は遙から貰ったからそれでいいか。
「じゃあ、頼んだぞ」
「うん。分かった」
そして桐華に軽く手を振って、森へ。