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「そっかぁ。灯、なんかいろいろやってるんだね」
「そうだな。鬼のいぬ間に命の洗濯、か」
「鬼はいるでしょ?美希とか香具夜とか」
「まあな。ていうか、主にその二人が鬼だ」
「あはは、怒られるよ~」
「風華もな」
「それにしても、たくさんあるね。これが望。これがユカラ。これは…」
「よく分かるな」
「うん。裏に名前が書いてあったから」
「なんだ、つまらん」
「そりゃ、絵だけじゃ分かんないよ。みんなの描いた絵を見たことがあるわけじゃないし」
「まあそうかもしれんが」
絵だけを見てスラスラと答えるものだから、少し期待したじゃないか…。
でも、絵と名前の関連付けが出来てるだけでもすごいかな。
「灯の絵は何回見ても下手っぴだね」
「見るたびに絵が変わるわけじゃないからな」
「もう…そういうことを言ってるんじゃないでしょ」
「分かってるよ…」
「うん、まあね。それより、これ見てよ。美希はマメだね。ほら、この紙を灯の絵に重ねて光に透かしたら、解説が読めるんだよ」
「ほぅ。灯を横に置いて聞きながら書いたんだろうか」
「さあ…。でも、灯がいないと分からないよね」
「まあ、それはそうだが」
この絵が分かるのは葛葉くらいだろうな。
葛葉は熱心にこれを見てたし…。
「ん?ちょっと待て」
「え?」
「今の紙」
「これ?墨が乾いてなかったから当てた紙だけど」
「いや、柑橘系の香りがする」
「えぇ?じゃあ、これって…」
「たぶんな」
「へぇ。誰が描いたんだろ」
「さあな」
「炙ってみようか」
「いや、葛葉たちが帰ってきてからの方がいいだろ」
「あー、うん。そうだね」
たぶん、香具夜か美希あたりが気を利かせたんだろうな。
何が描かれてあるんだろ。
「これは兄ちゃんだね」
「なんだこれは。城の見取図か」
「違うでしょ。ここの見取図だよ」
「いや、どちらにしろ、なんでこんな絵を描いてるんだ」
「姉ちゃんが迷わないようにじゃない?」
「どうやって迷うんだ」
「さあ…」
「ん?でも、この絵からすると二階があるのか?」
「あぁ、うん。二階というか屋根裏だけどね」
「ほぅ」
「居間の裏のところに階段があるんだ。行ってみる?」
「ああ」
「こっちだよ」
そう言って立ち上がる。
見取図には階段もきちんと描かれていて。
「えっと、ここなんだけど」
「問題でもあるのか?」
「いや、なんでもないけど…」
「……?」
「や、やっぱりちょっと待ってて」
「ああ、いいけど」
そして、風華は慌てて階段を上がっていった。
何なんだろ。
長い間留守にしてたから、埃が溜まっているんだろうか。
…それにしても、何回もここを通っているのに気付かなかったな。
納戸か何かだと思ってた。
でも、よくよく考えてみると、納戸にしては幅が狭いし位置的にも納得がいかないな。
「こら!ダメだって!ちょっとどこかに行ってて!」
…何なんだろ、ホントに。
バタバタと暴れまわるような音がしたり、何かが倒れるような音がしたり。
犬か猫でも飼ってるんだろうか。
でも、それだったら城に連れてくるはずだし…。
「もう、分かった分かった!私が悪かった!」
村の人に世話の代行を頼めなくもないが…。
でも、それなら屋根裏に置いてる理由が分からない。
ふむ…。
「よし」
行ってみるか。
階段を一段ずつ上がっていく。
風華はまだ気付いてないようで、謎の何かにブツブツと語りかけていた。
そして、この一段を上がれば問題の屋根裏が見えるというところで一旦止まる。
音を立てないようにゆっくりと覗いてみると…
「姉ちゃんが待ってるから。早く行って」
「グルル…」
「ね、お願い」
「ウゥ…」
龍がいた。
龍だ、確かに。
燃えるような、赤い龍。
「えらく甘えただな」
「わっ、姉ちゃん!?」
「ウゥ…」
「オレは敵じゃない。信用しないなら、それでもいいが」
「………」
「よしよし、良い子だ」
「ね、姉ちゃん…」
「あんまり遅いんでな。それに、声も音も丸聞こえだったぞ」
「うぅ…」
「しかし、なんで龍を飼ってることを隠すんだ」
「この子、すごく人見知りだから、知らない人にはさっきみたいにすぐに威嚇するんだ…」
「それで会わせたくなかったと」
「うん…」
赤い龍は、その大きな身体を風華の陰に隠すようにして。
…それにしても、こんなのが頭の上にいるなんて気付かなかったな。
最近は平和だったから、勘が鈍っているのかな…。
「ここに住んでたときは、屋根裏で寝てたんだ。この子と一緒に。葛葉もリュウも、いろんな家に行ってたし、ここに来たときは兄ちゃんと寝てた」
「知ってるのは風華と犬千代くらい、というわけか」
「うん。あと、桜と隼かな」
「ハヤテ…?あぁ、空の弟か」
「そうだよ。留守中の世話は隼に頼んでたんだ。まあ、この子だけでも大丈夫なんだけどね」
「まあ、それはいいが。あ、そうだ。セトを見たとき、初めて見た風な様子だったじゃないか。こいつを知ってるのに、なんで」
「毛の生えた龍は初めてだったし。ていうか、龍だってこの子とセトしか知らないよ」
「ふぅん…」
「それに、初めて見たとは言ってなかったと思うけど」
「ん?そうだったか?」
「たぶんね」
そして、イタズラっぽく笑った。