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ふむ。
森に入ってすぐに左右から挟み込みか。
隠れられたと油断したところを狙う作戦だな。
前後には罠を仕掛けたあとがある。
ということは…。
「跳んだ!」
「よしっ!掛かった!」
「うわっ!?」
左にいた子を押さえ込み、地に伏せる。
直後、頭上を何かが通過した。
それが、さっき投げた木片に当たって落ちてくる。
「あっ!変わり身の術…」
「そうだな。それにしても、これは唐辛子の粉か…」
「うぅ…」
「成功した?」
「どうだろうな」
「あっ…」
「動くなよ。動けば、この唐辛子をこいつに食わせる」
「うっ…」「えぇっ!?」
「さあ、立て。お前は人質だ」
「………」
腕輪を外しておいた人質と唐辛子入りの袋を盾にして、少しずつ下がっていく。
一、二、三…。
「よし。行け」
「んむ!?」
袋を人質の口に押し込み、前へ突き飛ばす。
腕輪を返すのも忘れずに。
「うあぁ!辛っ!辛い!」
「もう!逃げられちゃったじゃない!」
「水!水!」
「バッカじゃないの!?それ、飴でしょ!」
「え?あれ?」
唐辛子の粉か。
持って帰ったら灯が喜ぶだろうか。
口をきちんと縛って、懐にしまっておく。
「やあっ!」
「おっと」
「うべっ…」
後ろから突っ込んできた影を避けて、腕輪を確認する。
…って、光じゃないか。
腕輪は付いてないみたいだけど…。
「ほら。立てるか?」
「うん」
「どうしたんだ?」
「さっき、出来なかったから」
「ん?あぁ、そういえばそうだったな」
「えへへ。抱っこ~」
「はぁ…。仕方ないな」
抱き上げて背中をゆっくり叩いてやる。
光はグリグリと額を擦りつけてきて。
龍紋も綺麗に浮かび上がっている。
本当に楽しみにしてたらしい。
…さっきは悪いことをしたかな。
「ん~」
「よしよし」
「えへへ」
ここが戦場であることを忘れるくらい。
当たりの交代に相当手間取ったのか、ここぞと言わんばかりに光は甘えてくる。
…それに応えてやりたいのはやまやまだが。
「もうそろそろ終わりだ」
「むぅ…」
「投げ上げるから、そのまま飛んで逃げろ。左回りなら抜けられるだろう」
「…うん」
「よし、いくぞ。三、二、一…そら!」
投げ上げた直後、前に見えた落とし穴に飛び込む。
次の瞬間、閃光が炸裂する。
「あっ!一人逃げた!」
「光だ。追い付けないよ!」
「もう一人は?」
「えっと…。あれ?」
地面に下りてきた三つの足音。
近くをウロウロしている。
充分探索すると、ちょうど真上に集合して。
「おっかしいなぁ…」
「二人、確かにいたよね?」
「いた」
「どっちか、見てなかったの?」
「俺たちが閃光にやられてたら意味ないだろ」
「じゃあ、誰も見てなかったの?」
「………」
「はぁ…。仕方ない。まだ近くにいるはずだ。光より速いやつなんていないんだから」
「捜索だな」
「さっきの誰かか、他の誰かを見つけたらすぐに報せるんだぞ」
「うん」「分かってるって」
「よし、解散」
そして、三つの足音はそれぞれの方向へ散っていった。
…この落とし穴はあの三人が作ったものではないらしい。
気配が完全に消えたところで隠れ蓑を取って、地上に戻る。
さて、三方向に均等に散っていったからな。
どこに行くか…。
「あっ!飴のお姉ちゃんだ!」
「追いかけるよ!」
「おっと。見つかったか」
唐辛子の二人が追いついたらしい。
とりあえず、一歩後ろに飛びのく。
「やぁ!」
「おい、危ないぞ」
「え?」
飛び掛かってきた一人は、そのまま落とし穴に落ちた。
それを見て、もう一人は左から回ってきて…。
「そら、唐辛子だ」
「もう引っ掛からないもんね」
そう言って、投げた袋を叩き落とす。
中からは赤い粉が出てきて。
「うわっ!唐辛子!」
「ふふ、じゃあな」
「あっ!ま、待て…」
「目に入った!痛い、痛い!」
「もう!ただの食紅の粉でしょ!」
「え?あれ?ホントだ。辛くない」
二人とも食紅を全身に浴びて真っ赤になったのを見届けて、次の場所へ。
落とし穴を作ったやつは相当イタズラ好きらしい。
底に食紅なんか敷き詰めて。
…私もあと一瞬気付くのが遅かったら、真っ赤になってるところだった。
「あ、いろはお姉ちゃん」
「ん?リュウか」
腕輪は…してないな。
「調子はどうだ?」
「えっとね、一回当たりになっちゃったの。でも、和正が助けてくれて、すぐに戻れたの」
「ほぅ」
ずっと思っていたが、ここの追手の変わっているところは、当たりがだいたい二人から四人の班で行動しているところだ。
獲物が班の人数より少なくても、交代のときに喧嘩することもない。
…互いが互いを思いやり、助け合う。
自分が不利益を被るとしても。
そんな精神を学ぶ場所になってるんだな。
「それでね、ハルお兄ちゃんから差し入れを貰ったの。はい、これ」
「おっ、ありがとう。それにしても…ハルお兄ちゃんって?」
「うん。狼さんですごく格好良いの。朝、いろはお姉ちゃんがいないときに来たんだけど」
「ふぅん…」
遙だな。
ハルと名乗ってるのか。
そのまんまだけど。
…それにしても、この饅頭はお茶が欲しくなる味わいだな。
ふむ…どうしたものか…。
「はい、どうぞ」
「ん。ありがとう…って、はる…」
「うん、ハルだ。うん」
「あ、ハルお兄ちゃん」
「饅頭、だいぶ配ってくれたみたいだな」
「うん!」
「よしよし。良い子だ」
「えへへ」
「それで、お前は何しに来たんだ」
「見て分からないかな。お茶を持ってきたんだよ。喉が渇いてきたころだと思って」
「そうか」
「じゃあ、リュウ。一緒に配りに行こうか」
「うん!」
「リュウを当たりにしないように気をつけろよ」
「ああ。紅葉も」
「分かってる」
そしてハルは軽く手を振ると、リュウと一緒に茂みの向こうへと歩いていった。
…よし、だいぶ日も傾いてきた。
もう一踏ん張りだな。
油断大敵。
しっかりとカブトの緒を締めていこう。