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「光、起きなさい。お昼ごはんだよ」
「むぅ…」
「そういえば、朝から寝てたのか?」
「ううん。朝ごはん食べて、葛葉とリュウが行く直前に」
「ふぅん」
「二人、呼んでこようか?」
「あ、いや、いいよ。それより、お昼ごはんの準備、しとこ」
「分かった」
「オレは光を起こしてから行くよ」
「うん。よろしく」
そう言って、風華も部屋を出る。
さて、光だな。
縁側でも一番日の当たる場所で、気持ち良さそうに眠っている。
起こすのは可哀想なかんじもするけど…。
「やっほ~。いろはねぇ、昼ごはん?」
「オレは昼ごはんじゃない」
「もう…。今からお昼なの?」
「ああ」
「じゃあ、ボクも一緒に食べていい?」
「それは風華に聞け」
「いろはねぇが答えてくれたっていいじゃない」
「オレは光を起こさないといけないからな」
「いいかダメか答えるだけじゃない」
「今は、光を起こすことが最優先だ」
「むぅ…。なんで一言答えるくらい出来ないのさ!」
「だから、風華に聞けと言ってるだろ。こうやって無駄な受け答えをしてる間に聞きに行けるじゃないか」
「ふんだ。いろはねぇのバカ!」
「バカで結構。バカだからお前への返答は出来ない」
「むぅ~!もういいよ!風華に聞きに行く!」
「行ってらっしゃい」
「ふんだ!」
そして何か悪態をつきながら、桜は表へと回っていった。
…よし、光だな。
「紅葉ぁ…。遙が…遙が見つかんないよぉ…」
「そうか」
「うっ…うぅ…。きっと、ぼくのこと、嫌いになったんだぁ…」
「そうか」
「紅葉ぁ…。紅葉なら分かるでしょ…?遙の匂い…」
「オレには地面を嗅ぎ回る趣味はない」
「そんなぁ…」
「そのうち帰ってくるから泣くな。宿営地に戻ってお茶でも飲んでこい」
「うん…。分かった…」
涙を袖で拭きながら、桐華は帰っていく。
まさか、オレの鼻を頼ってくるなんてな。
まあいいけど。
…周りに人の気配はないな。
よし、光を…
「望から伝書を預かってきているのだが」
「あぁもう!さっきから何なんだ、お前らは!」
「いやしかし、今がちょうどいい頃合いだと思ったんだがな」
「まったく…。それで、なんだ」
「だから、伝書だと言っているだろう。脚に結わえてある。自分では取れないのでな。お前が取ってくれないか」
「ん?これは…」
「我が主は、誰にもこれを秘匿しておきたかったようだ。私も、中身を絶対に見るなと釘を刺されたのだが」
「これは絵手紙だ。ほら、見てみろ」
「む。見てもいいのか?」
「喋らなければ分からないだろ」
「そうかもしれんが…」
「まあ、見てみろって」
「ふむ…。なんとも愛らしい絵だな」
「ふふ、そうだな。この絵からすると…城でかくれんぼをやったのか?」
「ああ。昨日、灯が主催してな。街の子供たちや衛士の半数が参加する、大々的なものだった」
「ほぅ。楽しそうだな。でも、灯が主催って…」
「かくれんぼが終わったあと、美希と香具夜にこってりと絞られたようだ」
「やっぱりな…」
「どうする、返信は。また取りにこようか」
「ああ。そうしてもらえると有難い。光や葛葉も書きたいだろうし」
「そうだな。では、夕方くらいでいいか?」
「いや、夜の遅めで頼めるか?今日の分も書きたいから」
「ふむ。楽しみにしていることがあるのだな」
「ああ。向こうがかくれんぼなら、こっちは追手だ」
「ほぅ。追手。ふふ、それは楽しみだな。では…夜だったな」
「ああ。よろしく」
「うむ。それでは、早く昼ごはんの席へ向かうといい」
「いや、光を起こさないと…」
「もう、起きてるよ」
「え、あ、あれ?」
「ふふふ。では、また夜に」
「うん。またね、カイト」
光が手を振ると、カイトも何回か翼をはためかせて火の粉を散らす。
そして、そのままフワリと浮かび上がると、城の方角へと飛んでいった。
「それじゃあ、昼ごはんだな」
「うん!」
光の手を掴んで立ち上がらせる。
少し癖になっていたところを手で鋤いて、ついでに頭を撫でてやると、ニッコリと笑顔を見せてくれて。
角…。
角が気持ち良いってルウェが言ってたよな…。
「えへへ。お母さん、くすぐったいよ」
「くすぐったいのか?」
「うん。くすぐったい」
「ふぅん。ルウェは気持ち良いって言ってたけど」
「気持ち良いよ。なんかね、頭を、撫でてもらってるときに、なんとなく、似てるの」
「こうか?」
「えへへ。うん」
角を掴んだり頭を撫でたり、光の表情を見ながらいろいろ試してみる。
すると、喉のところに手を当てると、少し嫌な顔をした。
「ここ、嫌か?」
「ううん…。お母さんならいいよ…」
「あっ…そうか…。ここが逆鱗なんだな…」
「うん…」
「…ごめんな」
光を引き寄せて、ギュッと抱き締める。
光は、胸に額を擦り付けてきて。
まだ肩が震えていたので、そっと背中を叩いて気分を落ち着かせる。
…響にも言われていたのに迂闊だった。
逆鱗は、なるべく触ってほしくないもの。
大切なもの。
「逆鱗はね…」
「ん?」
「逆鱗はね、わたしとか、リュウみたいな、鱗のある龍にとって、とっても大切なものなの」
「ああ。響にも聞いた」
「でも、大切な人には、触られてもいいなって、思うの。触ってほしいなって、思うの。さっきは、いきなりで、びっくりしたけど、わたし、いつかは、お母さんに、触ってほしいなって、思ってたの」
「…そうか」
「うん。だから、触っても、いいよ」
「でも、ごめんな」
「ううん。いいの」
「…ありがとう」
「うん」
改めて、そっと光の喉に触れる。
ここが逆鱗…。
光はクルクルと喉を鳴らして、また笑顔を見せてくれた。
…ごめんな、光。