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「朝ごはん食べる?ちょっと遅いけど」
「いや、向こうで食べてきた」
「そう」
「葛葉とリュウは?」
「村の外で遊んでるよ」
「村の外?」
「うん。追手でもしてるんじゃないかな」
「ほぅ。追手」
「うちのは壮絶だよ。村の中でやるとものが壊れるから、禁止してるんだ」
「ふぅん…」
見てみたい気もする。
「お昼に一回帰ってくるから、そのあとに一緒に行ってきたら?戦闘班の姉ちゃんでも充分楽しめると思うよ」
「それは楽しみだな」
「それでね、最初の数秒から最後まで当たりにならなかったら、武勲章を貰えるんだよ」
「本格的だな」
「それだけ本気ってことだよ」
「なるほどな」
「まあ、十回に一人いるかいないかの超難関だけどね」
「ふぅん」
それは燃えるな。
貰えるように頑張らないと。
「あ。ところで、遙は?」
「姉ちゃんが帰ってくるちょっと前に出ていったよ。すぐに帰るからって」
「そうか」
「今日は無難に狼だった」
「無難なのか?」
「うん。姉ちゃんを見て決めたんだって」
「ふぅん」
「格好良かったよ。ちょっと悪いお兄さんみたいで」
「男に変装してるのか?」
「うん。平べったい胸が、こういうときに役に立つんだよとか言って。ホント、仕事熱心だよね。今回は仕事じゃないけど」
「………」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
そうか…そんなことに役立つんだな…。
でも、変装することなんてないし…。
「ただいま」
「あ、お帰りなさい」
「ほぅ。なかなかのものだな。声も変えるのか」
「あれ?聞いてた?」
「ああ。カルアと風華からな」
「なぁんだ、つまんない。びっくりさせようと思ったのに」
「そういえば、遙の変装を見るのは初めてだな」
「そうだね。向こうでは変装する意味もないし」
「ここでは毎回桐華さんを困らせてるよね」
「仕方ないじゃない。面白いし。それに、ね」
「え?何?」
「…ううん。やっぱりなんでもない」
「えぇ…。気になるなぁ…」
確認、だろうな。
桐華が自分を必要としてくれているのか。
自分のことを好いてくれているのか。
「はぁ…。桐華も、もっとしっかりしてくれたらいいのに…。せめて、私がいなくても慌てずに済むくらいには」
「まあ、それは言えてるかもしれない」
「口を開けばお茶だもんね。ホント、旅団天照の団長とは思えないよ」
「でも、そこが桐華さんの良いところなんでしょ?」
「まあね。悔しいけど、そうみたい」
「悔しいのか」
「…いや、悔しくないね。羨ましい、のかな」
「確かにそうだな。桐華の能天気さは呆れを通り越して尊敬出来るくらいだ」
「あはは、そうかもしんない。でも、ちょっと違うかな。そういうんじゃないと思う」
「ふぅん。じゃあ、何なの?」
「おい、風華。そういうことは聞くものじゃない」
「あ…ごめん…」
「謝ることでもないでしょ。うーん…。まあ、強いて言うなら恋愛感情に似たものかな」
「えっ、遙って…」
「ち、違うって!そういうんじゃなくて!」
「桐華に心酔してるということだろ。役立たずで頼りないやつだけどな」
「そう、かな。うん、たぶんそうなんだと思う」
「心酔か…。私はどうかな」
「まあ、なかなか心酔なんて出来ないけどな。文字通り、心から酔わないといけないから」
「そっか…。じゃあ、私は姉ちゃんかな」
そして、風華はこっちに擦り寄ってくると、ギュッと抱きついてきた。
「仲良いねぇ、二人とも」
「悪くはないな」
「その言い方だと、良くもないみたいじゃない」
「そうか?」
「そうだよ」
「そうか」
「ふふ、面白いね」
「面白くないよ生きるか死ぬかの瀬戸際なの」
「え?そんなに深刻なの?」
「うん」
「へぇ。知らなかった」
「オレも知らないよ」
「当事者じゃない」
「当事者だからといって、なんでも知ってるわけじゃないだろ」
「姉ちゃんは、私のこと嫌いなの?」
「嫌いじゃない」
「それってどういうことなのよ」
「言葉のままだ」
「もう!そんなんじゃ分からないよ!」
「はぁ…。言葉は不自由なものだ。言葉に表すことで、余計に伝えにくくなったり、全く違う意味になってしまうこともある」
「…どういうことよ」
「わざわざ言葉にしなくても伝わることがあるということだ。お前は、言葉にして伝えないとオレの気持ちが分からないのか?」
「…分かんないよ。言葉にしないと分かんないことだってあるでしょ」
「じゃあ、明日香はどうだ。セトはどうだ。言葉を使わずとも話が出来る。相手の気持ちが分かる。そうじゃないのか」
「………」
「ふぅ…。じゃあ、これで分かるだろ」
風華を引き寄せてギュッと抱き締める。
早鐘のような鼓動、いつもより少し高い体温、良い匂いの髪。
全部を感じられる。
全部を伝えられる。
「お前だって、こうやって伝えてくれたんじゃないか。言葉にせずとも分かることは言葉にしない方が良いと、オレは思う」
「うん…」
「あー、それで、私がいることを忘れてたりしない?」
「しないけど」「……!」
風華は慌てて離れる。
顔は茹ダコのように真っ赤だった。
「ふふん。仲睦まじいことで」
「は、遙!」
「顔、真っ赤だよ」
「もう!」
そのまま、風華は外に出ていってしまった。
それを見て、遙はニヤニヤしていて。
「上手く誤魔化したね」
「なんの話だ」
「ベタベタ触れ合う方が得意だもんね、紅葉は。言葉にするより」
「まあ、それは事実だ」
「ふふふ。でも、羨ましいな。私はあんな大胆な真似は出来ないから。不器用な方法でしか確かめられない」
「それは人それぞれだからな。結局は、自分を好きになってもらいたい、自分のことを好きかどうか確かめたい、というところに行き着くんだから」
「そうかもね~」
遙は窓から外を見て、一瞬寂しそうな顔をした。
でも、本当に一瞬で。
次にこっちを向いたときには、元通りの遙だった。