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「そうですか…。遙さんが…」
「何か理由があるのか?」
「いえ。ただ家出をしたかっただけだと思います」
「はぁ?家出?」
「はい。ときどき家出をして、団長を困らせて楽しんでいるんです」
「同じ村内で家出とは、またお手軽だな」
「ええ。まあ、それでも団長は遙さんを見つけられないんですが」
「なんでだ。すれ違うくらいあるだろ」
「いえ。遙さんは変装をするので、全く気付かないんです」
「"副業"か」
「ええ、まあ」
「それでも分かりそうなものだが」
「遙さんは種族も変装で変えますからね」
「そんなことが出来るのか?」
「遙さんだけですけどね。人から龍までなんでもやってくれますよ」
「ふぅん」
まあ、遙は虎で尻尾も細いからな。
オレみたいに太い尻尾だと隠しきれない。
それでも、耳はどうするんだろ。
帽子か頭巾でも被るんだろうか。
「まあ、寝てたんなら寝かせておいてあげてください」
「ああ。分かった」
「それより、副業のことですが…」
「何か良い情報でもあるのか?」
「いえ…そうじゃないんです…。僕は、隠れてやるくらいならやらなければいいんじゃないかって、ときどき思うんです」
「非合法だから隠れてやってるだけじゃないのか?」
「それですよ。法に触れてまで、情報を手に入れる必要があるのかと思って」
「でも、護衛と表の情報だけでは食べていけないんだろ?」
「それはそうですが…」
「情報を流すのは、厳密に審査された上で請け負った依頼にのみ。何が不満なんだ」
「裏があることが嫌なんです!」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって!」
「まあ、お前にもそのうち分かる」
「分かりませんよ…」
カルアはふいとそっぽを向くと、もう話したくないという風に尻尾を振る。
やれやれ…だな。
「じゃあな。遙は任せておけ」
「はい。よろしくお願いします」
「ああ」
立ち上がって、一度大きく伸びをする。
カルアも立ち上がり、帷の出入口を開ける。
「すまないな。ありがとう」
「いえ。では、よろしくお願いします」
「ああ」
「カルア!た、大変だよ!また遙がいなくなった!」
「はいはい。またすぐに戻ってきますよ」
「なんでそんなこと分かるのよ!今度こそ、帰ってこないかもしれないじゃない!」
「じゃあな、桐華。オレは帰るよ」
「勝手に帰りなよ!あ、遙を見つけたら報せてね!」
「ほいほい」
確かに、桐華のこの慌てっぷりは見てて楽しいな。
笑いを堪えながら、宿営地をあとにする。
帰りに、あの柴犬の孝太郎が走り寄ってきた。
「ワゥ!」
「今度は知らないからな。自分で帰れよ」
「ワゥ!」
「返事だけは良いんだから…。ほら、また母さんとはぐれるぞ」
「……!」
母親の方へパタパタと走っていく。
途中、こっちを一度だけ振り返って、また走っていった。
「もうはぐれるなよ」
母親にじゃれる孝太郎を見て、私も家に向かう。
…羨ましいっていうのかな、この感情は。
私はもう母親に甘えることは出来ない。
すでに母親でもあるのか。
望や響、光は私をお母さんと呼んでくれるが、でも、私にその資格はあるんだろうか。
親となるのに相応しい人間なんだろうか。
「あ、姉ちゃん。おはよ。どこに行ってたの?」
「旅団天照の宿営地にな」
「ふぅん。で、どうしたの?悩み事?」
「…犬の親子を見たんだ。楽しそうに母親にじゃれつく子を。優しく子供の相手をする母を」
「うん」
「光みたいに、私をお母さんと呼び慕ってくれる子はいるけど、私には母親である資格が果たしてあるんだろうかって考えてな」
「へぇ~。姉ちゃんでも、そんなことで悩むんだ」
「意外だったか?」
「うん。いつも私に助言をくれるからね。葛葉のことで悩んでるとき」
「はは、オレはとんだ詐欺師だな」
「ううん。悩まない人なんていないんだから。詐欺師なんかじゃないよ」
「………」
「私ね、思うんだ。母親に資格なんていらない。でも、だからこそ、責任も重いし不安にもなる。子供を育てるっていうのは、それだけ大変なこと」
風華は一度、空を仰ぐ。
そして、また私の方へ向き直って。
「けど、私たちは一人じゃない。周りには、支えてくれる人がたくさんいる。親と子の間だけじゃない。お互いを支え合って生きているのは、みんな一緒なんだよ」
「…そうだな」
「ふふふ。ほとんど姉ちゃんの受け売りだけどね」
「あれ?オレ、そんなこと言ってたか?」
「言ってた言ってた。たしか、姉ちゃんだったはず」
「はずってなぁ…」
「まあ、そうじゃなかったら兄ちゃんかな」
「犬千代か?」
「うん。…って、そういえば、姉ちゃんって兄ちゃんのこと、犬千代って呼ぶよね。それってなんでなの?」
「ん?んー、教えてやってもいいが…」
「教えて教えて~」
「…じゃあ、さっきのお礼だ。犬千代っていうのは、前田利家の幼少時代のときの名前だ」
「ふぅん。それで?」
「それで終わりだ」
「えぇ~。肝心なこと、聞いてないよ~」
「…なんだ」
「なんで、兄ちゃんのことを素直に利家って呼べないか、だよ」
「なっ、何を!」
「ふふ、慌ててる慌ててる」
「慌ててなんかない!」
「へぇ~」
「なんだ、その含みのありそうなかんじは」
「さては、照れ隠しでしょ」
「そ、そんなんじゃない!」
「そういえば、初めて会ったときから犬千代だったなぁ」
「あ、あれは、犬千代がそう呼べと言うから…」
「ふぅん」
「ホ、ホントだって!」
「あはは。慌ててる姉ちゃんって、すごく面白いね~」
「風華!」
まさか、そんなことを聞かれるとは思ってもみなかった。
あぁ、遙がいなくなって慌てる桐華を見て笑った、さっきの自分を叩きのめしたい…。