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なぜだろうか。
布団で寝ていたはずなのに、今は床の上だ。
とりあえず布団に戻る。
「………」
原因はこいつか。
リュウは、その大きな翼をのびのびと伸ばして眠っていた。
起こすのもなんだし、羽織を着て眠ることにする。
えっと、羽織は…あった。
リュウの頭をそっと撫でて、部屋の隅へ行く。
「お休み…」
また心地良い闇の中へ。
今日もきっと良い日だから…。
目が覚めた。
でも、さっき眠ってからそんなに時間が経っていないのだろうか。
まだ真っ暗…。
「……?」
いや、朝の気配はする。
鳥も鳴いてるし、空気の流れも朝のそれだ。
「ん…?」
…羽織がやけに重いと思ったら、頭から布団を被っていた。
布団をどけると、朝の眩しい日射しが目に飛び込んでくる。
「ふぁ…」
それにしても、誰だろうか。
風華も寝てるし、ちゃんと全員布団を被って寝ている。
そうなると、この布団の出てきた先も気になってくるけど。
…まあいいか。
だいたい分かった。
「おい、起きろ」
「お茶はもういいです…」
「寝ぼけてるんじゃない。起きろ。なんでここにいるんだ」
「ふむ…」
「まったく…」
どうも起きそうにないので、布団で簀巻きにして部屋の端っこに転がしておく。
…桐華は起きてないだろうな。
遙はここにいるし、他に事情を知ってそうなのは…。
「カルア…かな」
羽織だけでは心許ないので、内側にちゃんちゃんこも着て。
まだ明けたばかりの朝の空の下へと出た。
さすがに誰もいないな。
村全体が静かに息をしている。
「ワゥ」
「なんだ。どうした?」
「クゥン…」
「そうか」
擦り寄ってきた子犬を抱き上げる。
背は黒、腹は白。
額のところにマロ眉。
もしかしなくても黒柴だろうな。
しかし、母親とはぐれたとは…。
向こうも捜してると早いんだけど…。
「ワゥ」
「分かった分かった」
羽織の内側に入れてやると、温かいのだろうか、次第に瞼が重くなってきたみたいで。
完全に寝てしまったところで、ゆっくりと歩き始める。
…この子からは独特の匂いがする。
特定の匂いがない匂い。
旅の匂い。
「となると…」
ちょうどいい。
目的地が一緒のようで良かった。
旅団天照の宿営地は、風華の家から正反対の方向。
だから、村の中をのんびりと横切っていく。
「ふぁ…」
「お、桜。珍しいな。こんなに早いなんて」
「あれ?いろはねぇ?どうしたの?厠?」
「厠だったら、なんでわざわざこんなところまで出てこないといけないんだよ…」
「あぁ、そっか」
「旅団天照のところに行くんだ。桜は?」
「ボクは暁詣りだよ」
「……?暁詣り?」
「うん。朝日にお詣りするんだ。今日一日よろしくお願いしますって」
「ほぅ。神道か何かか?」
「違うよ。宗教というより習慣かな。それに、神道って暁詣りなんてあるの?」
「いや、知らん」
「…何それ」
「でも、お詣りといえば神道だろ?」
「ふぅん。それより、ボクはもう一回寝てくるよ…」
「なんだ。寝るのか」
「当たり前じゃない。今日だって、たまたま早くに目が覚めたから暁詣りしただけだし…」
「…習慣って言ってたよな」
「もう!細かいことにツッコまないでよ!朝早くに目が覚めたら絶対に行くんだから、習慣といえば習慣じゃない!」
「いや、それはただの気まぐれだろ」
「むぅ…」
「ふふふ。でもまあ、ただ二度寝するよりかはマシかもしれないな」
「えへへ。うん」
桜の頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細めてくれて。
「じゃあ、寝坊しないようにな」
「それは約束出来ないね」
「…まあ、そうか」
「もう…。そこはやんわり否定してくれるとこでしょ?」
「そうか?」
「むぅ…。もういいよ。じゃあね。お休み」
「お休み」
軽く手を振ると、家の方へ走っていった。
それにしても、暁詣りか。
オレも今度やってみようかな。
「よし…と」
ひとつ頷いて、また歩き始める。
広場に出て、真ん中の大木の下へと進んでゆく。
この木は、何年、この地を見てきたんだろうな。
ふと見上げると、大きな鷹が泊まっていた…気がした。
"千年の記憶"リア。
千年を生きる樹に棲み、その地の来し方行く末を見る。
見た目は鷹のようであり、子供と会話を交わすこともある…か。
もしかしたら、そういう聖獣がいるのかもしれない。
カイトや如月、悠奈に七宝、あと、千早か。
身近にこんなにいるんだから、世界にはそれこそ数えきれないほどいるのかもしれない。
「まあ、そんなことを考えてても仕方ないか」
確認するように言ってみる。
でも、返事がないのはやっぱり少し寂しかった。
昔から必ず誰かと一緒に生活をしてきた私には、孤独は最大の毒みたいだ。
もう一度だけ見上げて、旅団天照の宿営地へ急ぐ。
黒柴は相変わらずぐっすり眠っていて。
少しずつ登ってくる太陽は、世界に影を作り、いろんなものを浮かび上がらせる。
草花だったり、家だったり、山だったり。
明暗のはっきりした景色からは、昼とは全く違う印象を受ける。
太陽の光は闇の光。
光そのものではなく、闇を強調する光…だったか。
この景色を見ていると、それが実感出来る。
…たまに早起きするのも良いものだな。