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村に帰ると、広場の大きな木の根元で風華が本を広げていた。
その横には光もいる。
「あ、お帰りなさい」
「お帰りなさい。リュウ、どうだった?」
「うん。楽しかったよ」
「それなら、良かった」
「リュウの家はどこなんだ?送っていこうと思うんだが」
「んーと…」
「姉ちゃん…ちょっと…」
「ん?」
風華に手を引かれ、少し離れたところへ。
葛葉がずり落ちてきたので、背負いなおす。
「あ。葛葉、また寝ちゃったんだね」
「ああ。それより…」
「うん。リュウとか葛葉みたいな孤児はね、村全体で面倒を見てるんだ。だから、特別にどこで寝泊まりしてるとかはないの」
「ほぅ」
「でも、だいたい葛葉と一緒に私のところにいたのかな」
「そうか」
「ねぇ、何のお話なの?」
「リュウの、お話?」
「あっ、リュウ、光…。な、なんでもないよ」
「そうなの?」
「うん…」
「それより、お腹空いたの」
「わたしも~」
「じゃあ、夕飯にしよっか」
「うん!」
「今日は夕食会をしないんだな」
「毎日は疲れるからね。だいたい二日か三日に一回だよ」
「ふぅん。長く滞在するんだな」
「うん。いつも一週間くらいはいるよ。そのあとにユールオに行ってたのかな」
「そうか」
「ねぇ、ごはん~」
「はいはい」
風華はリュウと光の頭を撫でて。
リュウの鱗が、またキラキラと輝いている。
光には鱗はないけど、綺麗な模様が浮かび上がっていた。
「さあ、帰ろうか」
「うん」
向こうの山に沈みかけた太陽が作る長い影を追いかけて。
家路へ就いた。
醤油も…だいたいこんなものか。
「あぁっ!入れすぎじゃないの!?」
「ん?そうか?でも、入れてしまったものは仕方ないだろ」
「はぁ…」
「こんなものは、感じたままに入れるのが一番だ。わざわざ計ってると時間も掛かるし」
「………」
「なんだ」
「姉ちゃんって、ホントにいつも適当だね」
「褒めても何も出ないぞ」
「褒めてない!」
「それより、皿とお椀を用意してくれ」
「あ、うん」
風華は、カタカタと五人分の皿とお椀を並べていく。
…お椀ひとつ取ってみても、面白い発見があるものだな。
「これは葛葉のだな」
「うん。よく分かったね」
「縁に細かい傷がたくさん付いている。これは噛んだ跡だ。それに、ところどころ修繕した跡がある。これは、落としたりしてヒビわれたりしたときに直した跡だろ?」
「へぇ~。すごいね。じゃあ、これは?」
「それは風華のだろうな」
「なんで?」
「他より少し黒ずんでいる部分がある。これは、何度も同じところから飲んでるということだ。そんなにきっちりしてるのは、風華くらいしか思い浮かばない」
「わぁ~、すごいね。じゃあ、これは?」
「それはリュウのだろう。他の三つより明らかに小さい。つまり、小食の者が使うお椀だ。昼ごはんのとき、リュウは竹輪と大根を一個ずつと卵を二個しか食べなかった。それだけ食が細いということだ」
「すごいね。もうそんなに観察してたんだ」
「まあな」
先に作ってあった味噌汁をお椀に入れていく。
ご飯も、もうそろそろかな。
「あ、私がよそうよ」
「そうか。ありがとう」
「はぁ…。それにしても、姉ちゃんって料理も出来るんだね…。万能じゃない…」
「料理は灯に無理矢理教えられた程度だ。作れる料理は少ない。それより、美味い肉とか薬草の方が詳しいかもしれない」
「ふぅん…あ、狼の頃だっけ」
「ああ。詳しいと言っても、名前は知らんがな。これが美味いとかしか分からない」
「なるほどね」
「さて、これももうすぐ出来るから」
「うん。分かった」
「わたしたちも手伝うね」
「あ。光、リュウ。ありがと。じゃあ、これ、持っていって」
「はぁい」「分かった」
「ぼくの分もね~」
「え、あ、桐華さん…?」
そこにいたのは、確かに桐華。
どうしてこいつはこうも神出鬼没なんだろうか。
「光、リュウ。どっちでもいいから、配膳が終わったら遙を呼んできてくれないか」
「うん」
「むぅ~。ぼくだって、紅葉の肉じゃがが食べたい~」
「お前の分は作ってないから」
「さらっと酷いことを言うねぇ」
「オレ、風華、光、リュウ、葛葉の五人しか、この家で夕飯を食べる者はいない。そう考えるのが普通だろう。なんで、桐華の襲来を予想して余分に作ることがあるんだ」
「ぼくだって、お腹ペコペコだよ?」
「はいはい。分かりましたから、旅団の宿営地で食べましょうね」
「は、遙…」
「早かったな」
「ええ。可愛い龍たちが即座に報せに来てくれましたから」
「そうか。よくやったな、二人とも」
「うん!」「えへへ」
「ヤだ~。ぼくも紅葉の肉じゃがが食べたい~」
「みっともないことをしないでください。さあ、帰りますよ」
「うあぁ…」
そして、遙はズルズルと桐華を引きずっていった。
…遙の気苦労は絶えないんだろうな。
ご苦労さま。
「よし。じゃあ、夕飯だ。各自、肉じゃがを持っていってくれ」
「夕飯だ~」「美味しそう」
呪詛のような桐華の呻き声が聞こえなくもないような気もするが、きっと気のせいだろう。
葛葉が待つ居間へ行き。
楽しい夕飯の時間だ。
静かな寝息が聞こえる。
リュウは、話の完結を待たないうちに眠ってしまったらしい。
「…めでたしめでたし」
「もうみんな寝てるぞ」
「うん。いつもそうだったからね」
「そうか」
「それにしても、すっかり懐いたみたいだね」
「リュウか?」
「うん」
「一日、こいつのお姉ちゃんだったからな」
「ふふふ。これからも、なんでしょ?」
「ああ。そうだな」
「…姉ちゃんは、これからも、私の姉ちゃんでいてくれる?」
「当たり前だろ。オレはずっと、風華の姉ちゃんだ」
頬を撫でると、そっと胸に額を押し付けてきて。
風華の龍紋が見えた気がした。