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リュウの頭をゆっくりと撫でる。

もうだいぶ落ち着いたらしく、喉をゴロゴロと鳴らしていて。


「ねーねー」

「うわっ!葛葉か!?」

「うん」

「あ、葛葉」

「……?リュウ、ないてたの?」

「うん、ちょっとだけ」

「ふぅん」

「それで、どうしたんだ」

「桐華が、にがい水をのませようとするの」

「苦い水って、お茶だろ…」

「でもね、おかしくれたの」

「良かったじゃないか」

「うん!それでね、お母さんが、ねーねーとリュウにもわたしてきなさいって」


そう言って、葛葉は懐から包みを取り出す。

それをリュウが受け取り、開いてみる。


「わぁ~、お饅頭だね」

「美味そうだな」

「でも、なんだか潰れちゃってるね…」

「うぅ…。ごめんなさい…」

「なんで葛葉が謝るんだ」

「さっき、そこでころんじゃったの…。だから、こんなになっちゃったのかも…」

「怪我しなかった?」

「うん…。でも…」

「じゃあ、よかった」

「でも…でも…」


泣きそうになる葛葉を、リュウはそっと抱き締める。

そうやって少し葛葉を落ち着かせると、ひとつ、饅頭を手に取って。


「お饅頭はね、ほら。食べちゃったら、元の形なんて関係ないの。でも、葛葉が怪我をしちゃうと、わたしもいろはお姉ちゃんも哀しいの。村のみんなもそう。だから、今回は葛葉じゃなくてよかった。ね?」

「うん…」

「一緒に食べよ?美味しいよ」

「うん!」


リュウから殊更酷く潰れた饅頭を受け取ると、嬉しそうにかぶりつく。


「美味しい?」

「うん!」


ご機嫌に、尻尾と足をバタバタさせる。

リュウもそれを見て静かに笑って。

…頬や手の甲の鱗がキラキラと赤く光っている。

龍紋…だったかな。

響や光、それと、ルウェには鱗がないからな。

その代わり、綺麗な模様が浮かび上がってたけど。


「ほわぁ~、綺麗な龍紋だねぇ~」

「ひゃぅ!?」

「あっ…にがい桐華…」

「ぼくは苦くないよ~」


いきなりリュウの背後に現れた桐華は、早速お茶の用意をしている。

…葛葉はあからさまに嫌な顔でリュウの後ろに隠れてるけど、そんなものはどこ吹く風で。


「葛葉が苦いのはイヤって言うから、朝から淹れてた麦茶を用意しました。はい、どうぞ」

「リュウ、先にのんで…」

「あはは…。麦茶は苦くないよ。飲んでみなよ」

「ヤ」

「まったく…。何を飲ませたんだ」

「んー、普通の番茶だけど」

「お前が飲んでるように子供たちも飲んでるとは限らないだろ。甘いのから始めてやれよ」

「でも、光は美味しいって言って飲んでたよ?お茶菓子も、他の子たちが黒糖のやつを取り合ってる横で、和三盆のやつを一番美味しそうに食べてたし」

「…なんだか年寄りみたいだな」

「あはは。だからさ、光とはよく気が合ってさぁ」

「ほぅ。って、そうじゃなくて葛葉の話だろ」

「あぁ、そういえば」

「まあ、葛葉。麦茶は苦くないから」


湯飲みに特大の水筒から麦茶を入れて、葛葉に渡す。

葛葉はおそるおそる受け取ると、端からチロリと舐めてみる。


「ほら、もっとガバッて飲まないと分からないよ」

「お前は黙ってろ」

「葛葉、苦くないから。ほら、ね?わたし、もう全部飲んじゃったよ」

「うぅ…」

「ほら。オレも一緒に飲んでやるから」

「うん…」


自分の湯飲みに麦茶を入れて、飲むところを見せる。

すると、葛葉も決心がついたのか、少しずつ飲み始めて。


「どう?」

「苦くない!」

「だしょだしょ~。あー、よかった」

「リュウ、もういっぱい!」

「あんまり慌てて飲んだら、おしっこに行きたくなるよ」

「むぅ~…」

「唸ってもダメ。お饅頭を食べながら、ゆっくり飲もうよ」

「うん…」


お茶を飲めたことが、相当嬉しかったんだろうな。

だけど、リュウの言う通り、慌てて飲むこともない。

ゆっくり、お茶の時間を楽しもう。



饅頭も無くなり、葛葉は満腹になって草の布団で昼寝をしている。

桐華は更なる布教を目指して、村に帰ってしまった。


「この草は蜜が美味しいんだ。こうやって、花の根元を舐めると…」

「うん…」

「ん?どうした?」

「な、なんでもないの…」

「ん…?」


なんでもないわけはない。

妙にソワソワしてて…。


「厠に行きたいのか」

「えっ…。あ…うん…」

「はぁ…。早く言えばいいのに…。村まで我慢出来るか?」

「う…うぅ…」

「…無理そうだな」


葛葉以上に速い割合でたくさん麦茶を飲んでたんだ。

そりゃ行きたくもなるだろう。

しかし、どうしたものか…。

その辺でさせるしかないだろうな…。


「リュウ。オレが見張っておいてやるから、その辺の草むらでやってこい」

「うぅ…」

「恥ずかしくないよ。誰も見てないから」

「で、でもぉ…」


鱗と肌の見分けがつかないくらいに、顔を真っ赤にさせている。

でも、座り込んで、前をギュッと押さえる様子から、もう限界に近いことが分かる。

…私は狼の頃にやってた分、抵抗は全くないのだけど、やっぱりこれくらいの子になると恥ずかしさが対抗してくるんだな。


「ほら、あそこにちょっと深い草むらがあるから」

「うぅ…」

「大丈夫だよ。ちゃんと見張ってるから」

「や、約束だからね…!」

「ああ。約束だ」


そう言った瞬間、その大きな翼を広げて飛んでいく。

ガサガサと草むらに入っていき、見えなくなって。


「およ?リュウは?」

「……!」

「なんて間の悪いやつなんだ、お前は…」

「んー?」


一気に引き寄せて桐華の口を手で塞ぎ、声を潜ませて。


「用を足してるんだよ。恥ずかしいからって、向こうの草むらで」

「んー」

「静かにしてろ」

「んー」


桐華の口から手を離すと、今度は自分で自分の口を塞いでいる。

…真面目なのか、ふざけてるのか。

こいつだけは分からない。


「い、いろはお姉ちゃん…」

「ん。問題ない」

「ホ、ホント?」

「ああ。それより、どうだ。終わったか?」

「う、うん…」


桐華にしばらく退散するように目で指示すると、口を押さえたまま後退していく。


「それで、どうしたんだ」

「えっとね…誰もいない…?」

「いないけど」

「ホント…?」


桐華が充分撤退しているのを確認して


「ああ。誰もいない」

「さ、さっき、桐華お姉ちゃんの声がした気がしたけど…」

「気のせいだろ。誰もいないから安心しろ」

「うん…」


そして、自分でも周りを確認しながら草むらから出てくる。

ある程度確認が済むと、一気にこちらまで飛んできて。


「すっきりしたか?」

「うん!」

「そうか。それはよかった」

「えへへ。ありがと、いろはお姉ちゃん!」

「ん?あぁ。ふふ、どういたしまして」


リュウの頭をガシガシと撫でてやると、また綺麗な龍紋を見せてくれた。

…桐華は、まだ口を押さえて後退していて。

何をやってるんだ、あいつは。

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