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手を引かれるまま、広場まで行く。
そこでは大きな鍋でおでんを作っていて。
「あ、団長。ちょうどいいところに」
「ん?」
「みんなに箸を配ってください」
「ん」
大量の箸を受け取った桐華は、しばらくジッと考えると
「集合~。チビども、集まれ~」
「団長さん、どうしたの?」「お昼ごはん~」
「ここに箸がある。一人二膳ずつ取っていって、箸を持ってない人に渡してくるんだ。それで、一番多く配って来た子には、豪華賞品、このお姉ちゃんの一日独占権を与えよう」
「オ、オレか?」
「当たり前じゃん。じゃあ、始め!」
「頑張る~」「俺!俺が優勝するからな!」
桐華は素早く箸を子供たちに渡していって。
子供たちも、あっと言う間に散ってしまった。
「はぁ…。なんでオレを景品にするんだ…」
「紅葉ってさぁ、なんか子供ウケ良さそうだから」
「なんだそれは…」
「桐華!次!」
「はいよ~」
「団長さん、早く~」
「む。思ったより忙しいな…」
「ちょっと団長!なんて横着の仕方ですか!」
「今真剣なの!話し掛けないで!」
箸を四本渡すだけの作業に、何を真剣になることがあるんだろうか。
でもまあ、桐華が真剣だって言うなら真剣なんだろう。
「何してるの?」
「オレの争奪戦だ」
「…何それ」
「そのままの意味だけど」
風華はわけが分からないという風に首を傾げて、箸を渡す作業に没頭する桐華を見る。
…汗までかいて、ホントに必死だな。
「…あのね、姉ちゃん」
「ん?どうした?」
「私、朝みたいに、葛葉と上手く付き合えないことがある。葛葉を哀しませるようなことをしてしまうことがある」
「うん」
「そんなとき、助けてくれる?私だけじゃ、どうしようもないとき」
「…頼まれるまでもないよ。それに、それはみんなにも言えることだ。みんな、何も言わなくても風華を支えてくれる」
「…うん」
「誰も一人では生きていけない。互いに支えあって生きているんだ。だから、みんなが風華を支えているように、風華もみんなを支えてくれ」
「うん。分かってる」
頭をそっと撫でると、ニッコリと笑ってくれた。
そうだな。
風華はこの笑ってる顔が一番だ。
「ふぇ~。やっと終わった~」
「自分で配って回った方が楽だったんじゃないか?」
「んー、どうだろ。あんまり変わんないんじゃない?」
「いや、オレに聞くなよ…」
「配ってきた!」「ねぇ、結果は~?」
「はぁい。ちょっと待ってね~」
「まだぁ?」「早く~」
「んー、よし。はい、結果発表するよ~。集まれ~」
「誰かな」「俺だって!」
「よし。じゃあ、見事にお姉ちゃんを獲得した栄えある一位の子は…」
「………」
「リュウだ!」
「やった!」
集まった子供たちの真ん中くらいにいた女の子が飛び跳ねる。
見たところ、光と同じくらいだろうか。
リュウは、桐華のところまで出て行って。
「はい。じゃあ、リュウにはお姉ちゃんを進呈しま~す」
「えへへ、ありがと!」
「大事に使ってね」
「うん!」
「大事に使ってねって…」
「いいなぁ」「絶対、俺だと思ったのに…」
「今日はリュウのお姉ちゃんだけど、いつもはみんなのお姉ちゃんだからね。喧嘩はなしよ」
「はぁい」「分かってるよ!」
「よし。じゃあ、お昼ごはんだ。準備、出来てるよね?」
「バッチリですよ。さあ、みんな座って座って~」
「お姉ちゃん、こっち~」
「ん?ああ。分かった」
「ふふ、リュウはとっても良い子だよ。じゃあ頑張ってね、姉ちゃん」
「ああ」
リュウに手を引かれ、みんなからは少し離れたところに座る。
子供らしい、ちょっとした独占欲なのかな。
「お姉ちゃんの名前は?」
「紅葉だ」
「いろは…。いろはお姉ちゃん」
「ああ」
「わたしね、いろはお姉ちゃんと仲良しになりたくて、一所懸命頑張ったの」
「そうか。よく頑張ったな」
「えへへ」
ゆっくり頭を撫でると、嬉しそうに抱きついてくる。
オレと仲良くなりたいから頑張った、か。
可愛いことを言ってくれる。
「早速、仲睦まじいようで。はい、おでんだよ」
「ありがとう。ほら、リュウも」
「遙お姉ちゃん、ありがと」
「どういたしまして。…紅葉、ごめんね。団長には厳重に注意しとくよ」
「いや、いいよ。あいつなりに、オレがヤゥトに馴染めるように考えてくれたんだと思う」
「そんな難しいこと、考えてないと思うよ~」
「まあ、そうかもな」
「ふふふ。じゃあ、ごゆるりと~」
そして、リュウの頭を軽く撫でると、遙は賑やかな広場の真ん中の方へ戻っていった。
「いろはお姉ちゃん、おでん食べよ」
「ああ、そうだな」
「わたしね、卵が好きなの」
「そうか。オレは大根かな」
「大根はね、茶色くなるまでしっかりしゅましてあるのが美味しいの。でも、まだあんまり茶色くないのも、結構美味しいの」
「ほぅ、なかなか渋いことを言うな」
「えへへ。桐華お姉ちゃんが言ってたの」
「…なるほどな」
「いろはお姉ちゃんは、銀狼さん?」
「ああ。リュウは?」
「わたしは、赤龍なの」
「そうか。赤龍か」
頬や手の甲にある赤い鱗に大きな翼。
そして、燃えるような"紅蓮の瞳"。
どうあっても見紛うことはないくらいの赤龍っぷりだった。
「"紅蓮の瞳"リュウだな」
「うん!いろはお姉ちゃんも知ってたんだ!」
「まあな。"紅蓮の瞳"は、綺麗で優しい龍だ。リュウみたいにな」
「えへへ」
「そして、家族想いで心の強い龍だ。リュウもそうか?」
「うん!」
「そうか。それなら良かった」
"守る強さ"を持つ龍。
ふふ、リュウもそうなんだろうな。