105
風華の特製朝ごはんは、なんとも言い難い味だった。
「美味しい…?」
「ん…。まあ、うん…」
「もしかして不味い…?」
「ん…んー…」
「涼さんの料理教室で、少しくらいは上手くなったと思ったんだけど…」
「あ、いや、不味くはない…な」
「無理しなくていいよ…」
「ほら、あれだ。城の連中が上手すぎるだけだ。風華が下手なわけじゃない」
「うん…。ありがと…」
そして、風華は箸を止めてしまった。
…不味くはない。
でも、美味しくもない。
なんだろうな、これは。
不思議な味だ。
「お母さん、食べないの?」
「葛葉…」
「葛葉が食べてもいい?」
「うん…」
「えへへ」
葛葉は風華の分を取ると、またゆっくりと食べ始める。
しかし、こんな小さな身体のどこに、これだけのものを入れる場所があるのだろうか。
目が合うとニッコリ笑って。
「ねーねーにもあげる~」
「ん?いいのか?」
「うん!あーんして~」
「あーん…」
口を開けると、南瓜の煮物を入れてくれた。
私が好きなものを知ってくれてるのかな。
「おいしい?」
「ああ。美味いぞ」
「えへへ」
葛葉はまた笑う。
美希が見ていたら五月蝿いだろうな。
…風華は苦笑いを浮かべていた。
自信なさげに、申し訳なさそうに。
「風華にも食べさせてやれ」
「うん!」
「あ…私は…」
「お母さん、あーんして~」
「う…。あーん…」
「はい、どうぞ」
「うん…」
私と同じ、南瓜の煮物を貰って。
決まりが悪そうにこちらを見る。
「おいしい?」
「う、うん…美味しいよ…」
「むぅ…。美味しくなさそう…」
「そ、そんなことないよ…」
「うぅ…」
「あっ、ごめんね…。美味しいよ。美味しいから…」
「うえぇ…」
葛葉は泣き出してしまった。
必死に葛葉をなだめようとする風華だけど、上手くいかない。
「うっ…うぅ…」
「ごめんね、葛葉…。ごめん…」
「葛葉、あーんして?」
「ひ、光?」
「お母さんが…葛葉…おいしくなさそう…」
「うん。泣かないで、あーんして?」
「うっ…うぅ…。あーん…」
「はい」
光が入れた焼き魚を泣きじゃくりながら食べる。
今言ってたことから考えるに、葛葉は風華が自分のことを嫌いだから、美味しくなさそうにしてると感じたんだろうな。
優しく葛葉の頭を撫でる光を、風華はただ見ているだけで。
「美味しい?」
「うん…」
「じゃあ、お姉ちゃんも美味しいって思ってたはずだよ?なんで、美味しくなさそうだなんて思ったの?」
「かなしそうだったから…」
「葛葉は、哀しい顔、好き?」
「ううん…」
「私も、好きじゃないよ。お姉ちゃんも、きっと、そうだよ」
「うん…」
「好きじゃないことなんて、したくないよね。だから、お姉ちゃんも、してないよ」
「ホント…?」
「うん。ね、お姉ちゃん」
「え…あ、うん。してない」
「ほらね」
「うん…」
「お姉ちゃんは、葛葉のこと、嫌いなんかじゃないよ。だから、安心して」
「うん」
「じゃあ、続き、食べよ?」
「うん!」
そして、葛葉はまた食べ始める。
光はその横で静かに微笑んでいて。
…風華も私も、見ていることしか出来なかった。
いや、見ているだけでよかった。
それだけ光は、葛葉を上手くなだめていた。
「………」
風華は何も言わず、光を見ていた。
片付けも終わり、いつもなら洗濯の時間くらいなんだけど、今日はやらなくていいらしい。
風華は村長の家へ行き、葛葉と光は広場で遊んでいる。
結果として暇を持て余している私は、寝間で寝転んで天井を眺めていて。
すると突然、桐華の顔が割り込んできた。
「なんだ」
「んー、風華がさ。元気なさげだったから」
「ああ。そうだな」
「原因は葛葉でしょ~」
「まあな」
「風華ちゃん、前から葛葉のことで悩むことが多かったんだよね」
「ふぅん」
「あれ?興味なし?」
「いや。オレだって、長いとは言えないかもしれないが、親密な付き合いをしてきたつもりだ。風華が何を考えているか、だいたいは分かる」
「ほむほむ。紅葉も相変わらずだねぇ」
「年を取ると、変わることが難しくなる」
「またまた~。ぼくとそんな変わらないクセしてさぁ」
「お前、何歳だ」
「永遠の十八歳、永遠の青春時代だよ~」
「頭の中が永遠の春なのか」
「そうそう。一面お花畑でキャッキャウフフ…って、なんでやねん!」
「お前は、ノリツッコミの修行をするために旅団を率いているのか」
「ムフフ、実はそうなのだ~…って、なんでやねん!」
「もういいから。それで、何か用なのか」
「うん…って、なんでやねん!」
「用がないなら帰れ」
「むぅ。冷たいなぁ、紅葉ちんは。ちょいとボケてみただけじゃない」
「お前には悩みがなさそうで何よりだ」
「あはは、悩むだけ無駄だもんね~」
「それで、用件は」
「まあまあ。お茶でも飲みながら、ゆっくり話そうじゃないか」
「はぁ…。まったく…」
桐華はいつもそうだな。
とにかく自分の歩調を崩さない。
それどころか、周りもみんな巻き込んで自分と同じ速さで歩かせる。
それでも嫌な気分にならないのは、桐華自身が人を惹き付ける何かを持ってるからだろう。
「シィズのお茶だよ~。しかも、水で淹れられる冷茶なんだよ~。落ち着くよ~」
「ほぅ、冷茶か。オレは、ナゥタムの知覧茶というのも好きだがな」
「ふむ。また取り寄せておこう」
「よろしく頼む」
「それでさぁ、光のことなんだけどぉ」
「風華のことじゃないのか」
「あぁ、そうだった」
「まったく…」
「お茶、お茶。緑茶、麦茶、玄米茶。でも、ぼくは沢庵が好き~」
「支離滅裂だな」
「あり?そうかな?」
「ああ。全くもって」
「昔にねぇ、沢庵っていうお坊さんか何かがいたんだって」
「何かって何だよ…」
「まあいいじゃない。それで、お坊さんはお茶菓子忘れた」
「沢庵の話とお前の話を続けないでくれないか」
「あはは。お坊さんがお茶菓子忘れちゃったね。ちょっと取ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
「行ってきま~す」
笑いながら、桐華は部屋を出ていった。
本当に騒がしいやつだ。
それが桐華の良いところでもあるのかもしれないけどな。