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風華の特製朝ごはんは、なんとも言い難い味だった。


「美味しい…?」

「ん…。まあ、うん…」

「もしかして不味い…?」

「ん…んー…」

「涼さんの料理教室で、少しくらいは上手くなったと思ったんだけど…」

「あ、いや、不味くはない…な」

「無理しなくていいよ…」

「ほら、あれだ。城の連中が上手すぎるだけだ。風華が下手なわけじゃない」

「うん…。ありがと…」


そして、風華は箸を止めてしまった。

…不味くはない。

でも、美味しくもない。

なんだろうな、これは。

不思議な味だ。


「お母さん、食べないの?」

「葛葉…」

「葛葉が食べてもいい?」

「うん…」

「えへへ」


葛葉は風華の分を取ると、またゆっくりと食べ始める。

しかし、こんな小さな身体のどこに、これだけのものを入れる場所があるのだろうか。

目が合うとニッコリ笑って。


「ねーねーにもあげる~」

「ん?いいのか?」

「うん!あーんして~」

「あーん…」


口を開けると、南瓜の煮物を入れてくれた。

私が好きなものを知ってくれてるのかな。


「おいしい?」

「ああ。美味いぞ」

「えへへ」


葛葉はまた笑う。

美希が見ていたら五月蝿いだろうな。

…風華は苦笑いを浮かべていた。

自信なさげに、申し訳なさそうに。


「風華にも食べさせてやれ」

「うん!」

「あ…私は…」

「お母さん、あーんして~」

「う…。あーん…」

「はい、どうぞ」

「うん…」


私と同じ、南瓜の煮物を貰って。

決まりが悪そうにこちらを見る。


「おいしい?」

「う、うん…美味しいよ…」

「むぅ…。美味しくなさそう…」

「そ、そんなことないよ…」

「うぅ…」

「あっ、ごめんね…。美味しいよ。美味しいから…」

「うえぇ…」


葛葉は泣き出してしまった。

必死に葛葉をなだめようとする風華だけど、上手くいかない。


「うっ…うぅ…」

「ごめんね、葛葉…。ごめん…」

「葛葉、あーんして?」

「ひ、光?」

「お母さんが…葛葉…おいしくなさそう…」

「うん。泣かないで、あーんして?」

「うっ…うぅ…。あーん…」

「はい」


光が入れた焼き魚を泣きじゃくりながら食べる。

今言ってたことから考えるに、葛葉は風華が自分のことを嫌いだから、美味しくなさそうにしてると感じたんだろうな。

優しく葛葉の頭を撫でる光を、風華はただ見ているだけで。


「美味しい?」

「うん…」

「じゃあ、お姉ちゃんも美味しいって思ってたはずだよ?なんで、美味しくなさそうだなんて思ったの?」

「かなしそうだったから…」

「葛葉は、哀しい顔、好き?」

「ううん…」

「私も、好きじゃないよ。お姉ちゃんも、きっと、そうだよ」

「うん…」

「好きじゃないことなんて、したくないよね。だから、お姉ちゃんも、してないよ」

「ホント…?」

「うん。ね、お姉ちゃん」

「え…あ、うん。してない」

「ほらね」

「うん…」

「お姉ちゃんは、葛葉のこと、嫌いなんかじゃないよ。だから、安心して」

「うん」

「じゃあ、続き、食べよ?」

「うん!」


そして、葛葉はまた食べ始める。

光はその横で静かに微笑んでいて。

…風華も私も、見ていることしか出来なかった。

いや、見ているだけでよかった。

それだけ光は、葛葉を上手くなだめていた。


「………」


風華は何も言わず、光を見ていた。



片付けも終わり、いつもなら洗濯の時間くらいなんだけど、今日はやらなくていいらしい。

風華は村長の家へ行き、葛葉と光は広場で遊んでいる。

結果として暇を持て余している私は、寝間で寝転んで天井を眺めていて。

すると突然、桐華の顔が割り込んできた。


「なんだ」

「んー、風華がさ。元気なさげだったから」

「ああ。そうだな」

「原因は葛葉でしょ~」

「まあな」

「風華ちゃん、前から葛葉のことで悩むことが多かったんだよね」

「ふぅん」

「あれ?興味なし?」

「いや。オレだって、長いとは言えないかもしれないが、親密な付き合いをしてきたつもりだ。風華が何を考えているか、だいたいは分かる」

「ほむほむ。紅葉も相変わらずだねぇ」

「年を取ると、変わることが難しくなる」

「またまた~。ぼくとそんな変わらないクセしてさぁ」

「お前、何歳だ」

「永遠の十八歳、永遠の青春時代だよ~」

「頭の中が永遠の春なのか」

「そうそう。一面お花畑でキャッキャウフフ…って、なんでやねん!」

「お前は、ノリツッコミの修行をするために旅団を率いているのか」

「ムフフ、実はそうなのだ~…って、なんでやねん!」

「もういいから。それで、何か用なのか」

「うん…って、なんでやねん!」

「用がないなら帰れ」

「むぅ。冷たいなぁ、紅葉ちんは。ちょいとボケてみただけじゃない」

「お前には悩みがなさそうで何よりだ」

「あはは、悩むだけ無駄だもんね~」

「それで、用件は」

「まあまあ。お茶でも飲みながら、ゆっくり話そうじゃないか」

「はぁ…。まったく…」


桐華はいつもそうだな。

とにかく自分の歩調を崩さない。

それどころか、周りもみんな巻き込んで自分と同じ速さで歩かせる。

それでも嫌な気分にならないのは、桐華自身が人を惹き付ける何かを持ってるからだろう。


「シィズのお茶だよ~。しかも、水で淹れられる冷茶なんだよ~。落ち着くよ~」

「ほぅ、冷茶か。オレは、ナゥタムの知覧茶というのも好きだがな」

「ふむ。また取り寄せておこう」

「よろしく頼む」

「それでさぁ、光のことなんだけどぉ」

「風華のことじゃないのか」

「あぁ、そうだった」

「まったく…」

「お茶、お茶。緑茶、麦茶、玄米茶。でも、ぼくは沢庵が好き~」

「支離滅裂だな」

「あり?そうかな?」

「ああ。全くもって」

「昔にねぇ、沢庵っていうお坊さんか何かがいたんだって」

「何かって何だよ…」

「まあいいじゃない。それで、お坊さんはお茶菓子忘れた」

「沢庵の話とお前の話を続けないでくれないか」

「あはは。お坊さんがお茶菓子忘れちゃったね。ちょっと取ってくるよ」

「行ってらっしゃい」

「行ってきま~す」


笑いながら、桐華は部屋を出ていった。

本当に騒がしいやつだ。

それが桐華の良いところでもあるのかもしれないけどな。

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