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空がいよいよ赤く染まる頃、馬車はゆっくりと止まった。
「さあ、着きましたよ」
「どうもありがとうございました」
「歩いた方が速かったんじゃないかしら?」
「馬車はちゃんとした道しか通れませんからね。どうしても蛇行してしまいます」
「でも、楽しかったですよ」
「そう。それなら良かったわぁ。それで、クノ」
「はい」
クノは頷くと、御者台から降りて。
そして、裏に回って幌を上げる。
「どうぞ、紅葉さま、風華さま」
「ありがとうございます」
「葛葉はオレが背負っていくよ」
「うん、ありがと」
「千早。風華さまから離れなさい」
「ヤだもん」
「あはは…。別にいいですよ…」
「いえ、しかし…」
「すっかり気に入られたみたいだな」
千早は風華の服にしがみついて離れない。
器用なものだ。
爪を立てるわけでもなく、それでいて、ギュッと握っているわけでもない。
…吸盤でも付いているのか?
前足を裏返してみる。
「……!」
「吸盤じゃないな」
「何が?」
「いや、どうやってくっついてるのかと思って」
「細かい毛が生えてるんでしょ。それより、葛葉、落とさないでね」
「ああ」
「あっ!風華だ!」
「風華お姉ちゃん!」
「みんな、元気にしてた?」
「うん!」「元気だった!」
「そう。よかった」
「お姉ちゃんは、誰なの?」「あ、葛葉だ~」
「あぁ、おい。危ないから、葛葉を引っ張るな」
「銀色だ~」「すごく、髪、長いよ」
「こらこら。まずは、そこをどけろ。またあとで相手してやるから」
子供たちに囲まれて身動きが取れない。
千早も、風華の頭の上へ移動していて。
ずり落ちてきた葛葉を背負い直し、どうしようか思案してみる。
「ほれ、チビたち。綺麗なお姉さんが困っているではないか」
「あ、団長さんだ~」「団長さん~」
「お久しぶりです」
「おっ、風華ちゃん。久しぶり。話は聞いてるよ。ずいぶん大それたことをしたねぇ」
「ふふ、首謀者は兄ちゃんですけどね」
「旅団天照団長。お変わりないようで」
「ん?よく見りゃ、タルニアとクノじゃないか。久しぶり~」
「久しぶり」「お久しぶりです」
「どう?上手くいってる?」
「お陰様でねぇ。それより…」
「あぁ、何か込み入った話なら遙に言って。ぼくは分からないから」
「遙ちゃんも大変ねぇ。それに、そんな込み入った話でもないわ」
「ふむふむ。じゃあ、聞いておこう」
「森で盗賊に会ったわ。今回は如月が追い払ったけど、また出るかもしれない」
「ほぅ、そんなことが。すぐに出頭するように説得させにいくわ」
「ずいぶんと手荒い説得もあったものねぇ」
「まあまあ。そこは大目に見てあげて」
「はいはい」
「チビたち。ぼくは用事が出来てしまった。あそこの犬のお兄ちゃんに遊んでもらいな」
「えっ。わ、私ですか?」
「他に誰がいるのさ。じゃあ、よろしく頼んだ」
「お兄ちゃん~」「お名前は?」
「あっ、ちょっと!桐華さま!」
「よろしくね~」
相変わらず台風みたいなやつだな。
それより、葛葉をどうにかしないと…。
「姉ちゃん、こっちだよ」
「え?あ、うん」
いつの間にか風華はずっと先に行ってて。
クノの方に流れるチビたちの間を縫って、風華のところまで行く。
「こっちこっち」
「ああ」
「あそこが私の家なんだよ」
「ほぅ。結構大きいんだな」
「そうかな?」
「ユールオでは長屋が主流だから」
「あぁ。そりゃ長屋に比べたら大きいかもしれないけど。でも、やっぱりお城よりは狭いよ」
「そりゃそうだ」
そんなことを話してる間に到着。
近くで見ても、やっぱり大きい。
「あ、そうだ。空姉ちゃんと桜の家は向こうだよ」
「ああ。分かったから、まずは葛葉だ」
「そうだね」
家に入って、土間で下履きを脱ぐ。
そして、風華のあとに付いていって。
一番奥まで行くと、風華は押し入れから布団を出して手際よく敷いていく。
「はい、どうぞ」
「ああ」
葛葉をゆっくりと下ろし、布団を掛けてやる。
よく眠っていて、もしかしたら明日まで起きないかもしれないな。
「さて、お祭りだね」
「え?空の家じゃないのか?」
「そんなの、いつでも行けるじゃない」
「………」
「さあ、いっぱい食べないと」
「…そうだな」
ホント、食い意地ばかり張ってるな。
そうやって呆れているうちに、風華はまた眠ってしまった千早を抱えて外に出る。
…太陽も、もうすぐ山の向こうへ沈む。
外から聞こえる音は、陣太鼓だろうか。
城と負けず劣らずの夕飯になりそうだ。
祭りというより、大食事会だった。
旅団からも食材が提供されてるんだろう。
様々な料理が並んでいた。
そして
「むふふ~。相変わらず、隊長しゃんはお酒に強いのら~」
「まったく…。そんなに呑んで、明日どうなっても知らんぞ」
「いいのいいの~。どうせ、遙ちんがやってくれるんだも~ん」
「桐華は、もうちょっとくらい団長らしくしたらどうなの?」
「堅いこと言わにゃいの、タルニアちん」
そう言って、笑いながらタルニアの背を叩く。
タルニアは呆れ顔で。
「それにしても、クノちんはお酒に弱いね~」
「あなたが無理矢理呑ませたのでしょ?」
「あり?そうだっけ?」
「…あなたは、もっとお酒を控えるべきね」
「うぅ…隊長しゃん、タルニアちんがいじめるの~」
「まとわりつくな」
「隊長しゃんも冷たいでしねぇ…」
「お酒って美味しいの?」
「千早にはまだ早いな」
「ねぇ、ちょっとだけ」
「ダメだ」
「むぅ…」
すっかり懐いた千早は、酒に興味を示し、盃の匂いを嗅いだりして。
…盃を少し傾けて酒を頭から掛けてみる。
「うにゃ…。な、何これ…。やぁん…」
「だから言っただろ?」
「うぅ…」
「あはは。なんか、ちっこい龍がいるのら」
「やぁ、離して!」
「桐華。それはあなたのおもちゃじゃないのよぉ」
「じゃあ、タルニアちんの?」
「クノのよ」
「ほぅ。クノちんの」
「離して~!」
桐華は、バタバタと暴れる千早を面白そうに観察する。
小さな黒い龍は必死に抵抗を試みるが、上手くいかない。
…そして、今日も月は昇り、夜は更けてゆく。