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「ありがとうございました」

「いいえ、いいのよぉ。それより、ルウェちゃんを早く寝かせてあげてね」

「うん」

「じゃあね。また遊びに来てね」

「オレたちは、しばらくいないけどな」

「うん、分かった。ルウェにも言っておくね」

「ああ」

「じゃあ、行ってらっしゃい」

「行ってきます」


ルウェを背負うヤーリェの頭をそっと撫でる。

パタパタと揺れる黒い尻尾が可愛かった。


「あ、紅葉お姉ちゃん」

「ん?どうした」

「ありがと」

「何が?」

「えへへ」


ヤーリェは、ゆっくりと額を合わせる。

狼の、最愛の印。


「なんでもないよ」

「そうか」

「じゃあ、今度こそ、行ってらっしゃい」

「行ってきます」


もう一度、ヤーリェの頭を撫でて。

そして、馬車に乗り込む。


「では、出発しますね」

「ああ」


車輪が回り始める。

風華はヤーリェの姿が見えなくなるまで手を振っていた。



森の中を進む。

悪路のはずなのに、馬車はほとんど揺れなくて。

お腹いっぱいになって眠っている葛葉が、全く起きないくらいだった。


「不思議かしらぁ?」

「ああ」

「車軸と車体の間にバネが入ってるのよ。バネが揺れを打ち消してくれるから、車体はあまり揺れないの」

「ほぅ。よく考えたな」

「ユンディナ旅団の技術よ。あそこは副業で技術屋もしてるから」

「へぇ~。ラズイン旅団は何か副業はしてないんですか?」

「してないわねぇ」

「よく言うよ」

「どっちなんですか?」

「ラズイン旅団は、やってないわぁ」

「んー、まあ、そう言ってしまえばそうだな」

「……?」


クーア旅団はラズイン旅団の裏の顔かもしれないが、クーア旅団はクーア旅団であり、ラズイン旅団ではないし副業でもない…といったところか。

"裏"専門とはいえ盗賊は盗賊だから、隠すのは当然だけど。


「副業といえば、旅団天照も面白いことをしてるわぁ」

「面白いこと?」

「正式には公開してないけどねぇ」

「え?何なんですか?」

「ふふ、団長に聞きなさいな。今、ヤゥトにいるはずだから」

「えっ、そうなんですか?」

「ええ。そう報告を受けてます」

「へぇ~。久しぶりだなぁ」

「団長に会ったことあるのか?」

「うん。ヤゥトに来たときは、いつも村でちょっとしたお祭りをやるんだ。そのときに」

「ほぅ。じゃあ、ちょうどいいときに帰るわけだ」

「うん」

「私たちも少し寄っていきましょうか。ねぇ、クノ」

「ダメです」

「もう…相変わらず堅いわねぇ」

「堅くて結構です」

「いいじゃないですか。寄っていってくださいよ」

「やめとけ。団長ともなれば、いろんな予定があるんだ」

「姉ちゃんは隊長なのに暇じゃない」

「ふふ、それは部下が優秀だからよぉ。部下が優秀であればあるほど、上は暇なの」

「…力不足ですみません」

「あら。ラズイン旅団のみんなも優秀よぉ。お陰で、私は最低限の仕事しか出来ないし」

「出来ないってことは、もっとやりたいのか?」

「ふふふ。やっぱり、みんなに任せておくわぁ」

「ありがとうございます」


部下が優秀なほど、上は暇になる。

でも、組織が大きくなるほど、仕事の量も多くなる。

私の場合、城の衛士というごくごく小さな組織だから仕事が無くなってしまう。

でも、タルニアの場合は、ラズイン旅団という全国に網を広げる巨大な組織をまとめあげてるわけだから、どうしてもやらないといけない仕事も出てくるんだろう。


「………」

「ああ。分かった」

「クノさん、何か言いましたか?」

「どうやら、囲まれているみたいです」

「え?誰に?」

「まあ、盗賊だろうな」

「えぇっ!?盗賊!?」

「十人か。オレが追い払ってくるよ」

「いえ、如月に行かせるわぁ」


タルニアが何か合図すると、如月が何もない空中から現れる。

…聖獣って不思議だな。


「タルニアさま、呼びましたでしょうか」

「ええ。外の曲者を追い払ってほしいのよ」

「お安い御用です」

「頑張ってねぇ」

「はい」


そして、如月は外へ飛び出していった。

一人で大丈夫なんだろうか。


「大丈夫よぉ。あの子、ああ見えて武闘派だから」

「武闘派ですか…」

「ええ」

「そういえば、クノはさっき誰と喋ってたんだ?」

「千早ですよ」

「千早?服ですか?」

「そんなわけないだろ…」

「名前ですよ。この子の」


そう言って、クノは何かを窓から投げ入れる。

それは、小さな黒い龍だった。


「あわわ…」

「ん?」

「千早、みなさんに挨拶しなさい」

「うぅ…」

「クノ、この子は?聖獣かしらぁ?」

「ええ。黙っていてすみません」

「それはいいのよ。いつ契約したの?」

「二ヶ月前です。千早は人見知りが激しくてなかなか出てこないから、紹介出来なくて…」

「そう。人見知りねぇ」


タルニアは、カチコチに固まった千早の黒い翼にそっと触れる。

すると、だんだん涙目になってきて。

…龍って泣くんだな。


「うわぁん!お兄ちゃぁん!」

「タルニアさま。追い払ってまいりました」

「そう。ご苦労さま」

「いえ。ところで、この者は?」

「クノの聖獣よ。千早っていうらしいわぁ」

「千早ですか」

「うえぇ…」


"豊穣の報せ"クルクス。

黒い龍は、ただひたすら泣いていて。


「すみません…。こんな形での紹介になって…」

「ふふふ。いいじゃない。可愛いわよぉ」

「クルル…」

「風華?」

「龍の安心する声だって。セトが言ってた」

「ほぅ」

「クルル…」

「クルル…」


風華に合わせて、千早も喉を鳴らす。

そして風華は、千早をそっと抱き上げて。


「クルル…」

「クルル…」


千早はゆっくりと目を瞑り、そのまま眠ってしまった。


「ふふ、龍をあやすのが上手いのね」

「いえ。始めてで…」

「へぇ~。それなら、なおさらすごいわぁ」

「そ、そんなことないですよ」


褒められて、満更でもないようだった。

…それにしても、世界は広い。

まだまだ知らないことがたくさんあるんだな。

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