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「じゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい。残ってるチビたちのことは心配いらないから。それより、村に行くみんなの体調管理だけは気を付けて」

「うん」

「村長によろしく言っておいてくれ」

「分かった」


そして、利家は風華の頭をそっと撫でて。

風華も応えて、利家を一度抱き締める。

セトは不思議そうにそれを見ていた。

風華は次にそんなセトの額に手を当てて。

二人とも目を瞑り、何か話してるようだった。


「風華」

「あ、うん。分かった。タルニアさん、お待たせしました」

「はぁい。じゃあ、行きましょうか」

「はい」


そっとセトから離れると、タルニアの馬車に乗り込んで。

最後にもう一度だけ、利家に手を振る。


「行ってきます!」

「行ってらっしゃい」

「では、出発します」


そして、馬車が動き始める。

門の前に立つ利家も、長年住み慣れた城も、どんどんと遠ざかってゆく。

当分見なくても寂しくないようにしっかり目に焼き付けて、そっと幌を閉じる。


「…すみません。無理言っちゃって」

「いいのよぉ。ルウェちゃんを家に送るついでだし」

「ふふ、そうですね」

「えっと、市場の一番端っこだよ」

「はぁい。了解よ」


ルウェは泣き疲れて、よく眠っている。

寝てる間に…なんていうのは良いやり方ではないけど。

でも、クノと別れることは、いちおうなんとか納得はしてくれた。


「おべんとう~」

「あっ、葛葉!まだ開けないの!」

「おなかすいた」

「もうちょっと待ってなさい」

「いいじゃない。食べさせてあげなさいよ」

「こぼしたりしたら大変ですから…」

「馬車が汚れるくらい、平気よぉ。汚れなんてすぐに取れるんだから。でも、葛葉ちゃんのご機嫌は、簡単には取れないわ」

「いただきま~す」

「あっ!ちょっと!葛葉!」

「ヤーリェも食べろよ。昌士特製の魚弁当だけど」

「うん」


頷くと、ヤーリェは弁当箱を開けて。

朝のことを考えてか、葛葉のものと比べても、明らかに魚の量は少なかった。

昌士がここまで魚を抑えることが出来るとは思わなかったけど。


「いただきます」

「もう…。はい、どうぞ。こぼさないように気を付けなさいね」

「うん」


ヤーリェは箸を取り出すと、まずは蒸かし芋から食べ始める。

…嫌いなものは最後まで残す派なんだろうか。


「お魚さんは最後だよ」

「ほぅ。なんでだ?」

「朝、食べてみたら美味しかったの。だから、最後まで取っておくんだ」

「ヤーリェ、魚が嫌いだったの?」

「うん。匂いがイヤで、今まで食べたことなかったの。でも、紅葉お姉ちゃんが美味しいよって教えてくれたの」

「オレは何もしてないよ。ヤーリェが、自分自身で魚を食べられるようになったんだ」

「へぇ~。偉かったね、ヤーリェ」

「えへへ」

「魚はいろんな美味しい食べ方があるから、食べられないと勿体無いしねぇ」

「今はツグの季節ですからね。私は刺身がお勧めです」

「あら、気付かなかったわぁ。じゃあ今日の夕飯は、クノのためにツグのお刺身にしましょうかねぇ」

「夕飯!」

「あ、いえ、その…そういうつもりでは…」

「ツグのお刺身…。ぼくも、お母さんに頼んでみる」

「魚の匂いが嫌いだったなら、いきなりお刺身はキツいかもしれないけどね…」

「まあ、何事も挑戦だ。立ち向かわなければ分からないこともある」

「そうだけど…」

「大丈夫だよ。もう魚の匂いは嫌いじゃないもん。それに、もっともっと美味しいもの、食べたいもん。今まで食べてなかったから…。だから、今からいっぱい食べるの!」

「…そっか。そうだよね。頑張ってね、ヤーリェ」

「うん!」


風華が頭を撫でると、耳を寝かせてニッコリ笑う。

いろんなものを美味しく食べて、心豊かに。

しっかり成長してくれよ。


「お~いなり~。いなり~」

「えっ、稲荷?」

「美希だな」

「ん~」

「ぼくのにも入ってるよ」

「あっ!二重底なんて…。葛葉が食べすぎるからやめてって言ったのに…」

「ふふ、美希ちゃんも葛葉ちゃんを喜ばせてあげたいのよ。今日は見逃してあげなさいな」

「はぁい…」


本当に美味しそうに稲荷寿司を食べる葛葉を見ると、こっちまで幸せになる。

美希も、これが見たくて稲荷寿司を作るんだろう。

食べ過ぎるのは確かに心配だけど。


「お母さんにもあげる~」

「いいよ。葛葉が食べなさい」

「むぅ~。すききらいはダメ」

「好き嫌いじゃないけどね…。じゃあ、ひとつだけ貰おうかな」

「はい、どうぞ」

「ありがと」

「おいしい?」

「まだ食べてないよ…」


葛葉がジッと見守る中、風華は一口で食べて。

頬を膨らませて噛む様子は、かなり面白い。


「ふふふ。風華ちゃん、大きい口ねぇ」

「ん!んんっ!」

「食べてから話せよ」

「んーっ!」

「お母さん、なに言ってるのかわかんない」

「………。はぁ…。恥ずかしい…。いつも通りやっちゃった…」

「恥ずかしいの?」

「まあ、今のは相当恥ずかしいな」

「姉ちゃん!」

「ねぇ、おいしかった?」

「え、あ、うん。美味しかったは美味しかったけど…」

「うん!おいしい!」

「…恥ずかしかったけどな」

「もう!改めて言わないで!」

「ふふふ。風華ちゃん、可愛かったわよぉ。リスみたいで」

「可愛くないです!」


顔を真っ赤にさせて俯く風華。

それを見て、タルニアはニコニコしている。


「このお魚、なんて言うの?」

「それはカムリだな。旬はまだもうちょっと先だけど、もう充分脂も乗ってるし、美味いぞ」

「へぇ~」

「ねーねーにもあげる~」

「ん?そうか。ありがとう」

「どういたしまして~」


葛葉に貰った稲荷寿司を、私も一口で食べてしまう。

風華は、見逃すまいと顔を上げるけど。


「残念。もうないよ」

「えぇっ!?ちゃんと噛んだの!?」

「ああ。ちゃんと噛んだぞ」

「二、三回ね。よく喉に詰めないわねぇ」

「二、三回は噛んだうちに入らないの!ちゃんと噛んで食べなさい!」

「んー、また考えておく」

「それじゃダメなの!」

「ふふ、そうねぇ」


そして、説教を始める風華。

タルニアは、ひたすら笑いをこらえていて。

葛葉とヤーリェはそんなことなんてお構い無しで、夢中で弁当を食べていた。

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