101
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい。残ってるチビたちのことは心配いらないから。それより、村に行くみんなの体調管理だけは気を付けて」
「うん」
「村長によろしく言っておいてくれ」
「分かった」
そして、利家は風華の頭をそっと撫でて。
風華も応えて、利家を一度抱き締める。
セトは不思議そうにそれを見ていた。
風華は次にそんなセトの額に手を当てて。
二人とも目を瞑り、何か話してるようだった。
「風華」
「あ、うん。分かった。タルニアさん、お待たせしました」
「はぁい。じゃあ、行きましょうか」
「はい」
そっとセトから離れると、タルニアの馬車に乗り込んで。
最後にもう一度だけ、利家に手を振る。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
「では、出発します」
そして、馬車が動き始める。
門の前に立つ利家も、長年住み慣れた城も、どんどんと遠ざかってゆく。
当分見なくても寂しくないようにしっかり目に焼き付けて、そっと幌を閉じる。
「…すみません。無理言っちゃって」
「いいのよぉ。ルウェちゃんを家に送るついでだし」
「ふふ、そうですね」
「えっと、市場の一番端っこだよ」
「はぁい。了解よ」
ルウェは泣き疲れて、よく眠っている。
寝てる間に…なんていうのは良いやり方ではないけど。
でも、クノと別れることは、いちおうなんとか納得はしてくれた。
「おべんとう~」
「あっ、葛葉!まだ開けないの!」
「おなかすいた」
「もうちょっと待ってなさい」
「いいじゃない。食べさせてあげなさいよ」
「こぼしたりしたら大変ですから…」
「馬車が汚れるくらい、平気よぉ。汚れなんてすぐに取れるんだから。でも、葛葉ちゃんのご機嫌は、簡単には取れないわ」
「いただきま~す」
「あっ!ちょっと!葛葉!」
「ヤーリェも食べろよ。昌士特製の魚弁当だけど」
「うん」
頷くと、ヤーリェは弁当箱を開けて。
朝のことを考えてか、葛葉のものと比べても、明らかに魚の量は少なかった。
昌士がここまで魚を抑えることが出来るとは思わなかったけど。
「いただきます」
「もう…。はい、どうぞ。こぼさないように気を付けなさいね」
「うん」
ヤーリェは箸を取り出すと、まずは蒸かし芋から食べ始める。
…嫌いなものは最後まで残す派なんだろうか。
「お魚さんは最後だよ」
「ほぅ。なんでだ?」
「朝、食べてみたら美味しかったの。だから、最後まで取っておくんだ」
「ヤーリェ、魚が嫌いだったの?」
「うん。匂いがイヤで、今まで食べたことなかったの。でも、紅葉お姉ちゃんが美味しいよって教えてくれたの」
「オレは何もしてないよ。ヤーリェが、自分自身で魚を食べられるようになったんだ」
「へぇ~。偉かったね、ヤーリェ」
「えへへ」
「魚はいろんな美味しい食べ方があるから、食べられないと勿体無いしねぇ」
「今はツグの季節ですからね。私は刺身がお勧めです」
「あら、気付かなかったわぁ。じゃあ今日の夕飯は、クノのためにツグのお刺身にしましょうかねぇ」
「夕飯!」
「あ、いえ、その…そういうつもりでは…」
「ツグのお刺身…。ぼくも、お母さんに頼んでみる」
「魚の匂いが嫌いだったなら、いきなりお刺身はキツいかもしれないけどね…」
「まあ、何事も挑戦だ。立ち向かわなければ分からないこともある」
「そうだけど…」
「大丈夫だよ。もう魚の匂いは嫌いじゃないもん。それに、もっともっと美味しいもの、食べたいもん。今まで食べてなかったから…。だから、今からいっぱい食べるの!」
「…そっか。そうだよね。頑張ってね、ヤーリェ」
「うん!」
風華が頭を撫でると、耳を寝かせてニッコリ笑う。
いろんなものを美味しく食べて、心豊かに。
しっかり成長してくれよ。
「お~いなり~。いなり~」
「えっ、稲荷?」
「美希だな」
「ん~」
「ぼくのにも入ってるよ」
「あっ!二重底なんて…。葛葉が食べすぎるからやめてって言ったのに…」
「ふふ、美希ちゃんも葛葉ちゃんを喜ばせてあげたいのよ。今日は見逃してあげなさいな」
「はぁい…」
本当に美味しそうに稲荷寿司を食べる葛葉を見ると、こっちまで幸せになる。
美希も、これが見たくて稲荷寿司を作るんだろう。
食べ過ぎるのは確かに心配だけど。
「お母さんにもあげる~」
「いいよ。葛葉が食べなさい」
「むぅ~。すききらいはダメ」
「好き嫌いじゃないけどね…。じゃあ、ひとつだけ貰おうかな」
「はい、どうぞ」
「ありがと」
「おいしい?」
「まだ食べてないよ…」
葛葉がジッと見守る中、風華は一口で食べて。
頬を膨らませて噛む様子は、かなり面白い。
「ふふふ。風華ちゃん、大きい口ねぇ」
「ん!んんっ!」
「食べてから話せよ」
「んーっ!」
「お母さん、なに言ってるのかわかんない」
「………。はぁ…。恥ずかしい…。いつも通りやっちゃった…」
「恥ずかしいの?」
「まあ、今のは相当恥ずかしいな」
「姉ちゃん!」
「ねぇ、おいしかった?」
「え、あ、うん。美味しかったは美味しかったけど…」
「うん!おいしい!」
「…恥ずかしかったけどな」
「もう!改めて言わないで!」
「ふふふ。風華ちゃん、可愛かったわよぉ。リスみたいで」
「可愛くないです!」
顔を真っ赤にさせて俯く風華。
それを見て、タルニアはニコニコしている。
「このお魚、なんて言うの?」
「それはカムリだな。旬はまだもうちょっと先だけど、もう充分脂も乗ってるし、美味いぞ」
「へぇ~」
「ねーねーにもあげる~」
「ん?そうか。ありがとう」
「どういたしまして~」
葛葉に貰った稲荷寿司を、私も一口で食べてしまう。
風華は、見逃すまいと顔を上げるけど。
「残念。もうないよ」
「えぇっ!?ちゃんと噛んだの!?」
「ああ。ちゃんと噛んだぞ」
「二、三回ね。よく喉に詰めないわねぇ」
「二、三回は噛んだうちに入らないの!ちゃんと噛んで食べなさい!」
「んー、また考えておく」
「それじゃダメなの!」
「ふふ、そうねぇ」
そして、説教を始める風華。
タルニアは、ひたすら笑いをこらえていて。
葛葉とヤーリェはそんなことなんてお構い無しで、夢中で弁当を食べていた。