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「あー、これは大変だな」

「なんで今まで気付かなかったんだろね」

「狼は元々から鋭いからな」

「ねぇ、お父さん。ニガショウって何なの?」

「ほら。見てみろ」


そう言って、鏡に望の顔を映す。

望は気恥ずかしいのか、少し目を逸らしている。


「イーッてして」

「イー…」

「見えるか?この真ん中の歯が前歯だな。左右二本ずつで四本、上下にあるから八本だ」

「うん」

「それで、前歯の両脇の歯が犬歯だ」

「うん」


ひとつずつ指し示して説明していく。

灯なんかは、自分の歯を触って確かめたりして。


「犬歯の隣から、第一臼歯、第二臼歯…って続いていくんだけどな。臼歯っていうのは臼みたいな形をしていて、ものを噛み砕いたりするときに使うんだ」

「ふぅん」

「でも、ほら。望は犬歯の横にもうひとつ犬歯があるんだ。これが二牙症」

「病気なの?」

「病気といえば病気だけど、二牙症が直接的に健康を害することはない」

「……?」

「犬歯が他の人より多くても、別にどうってことはないってことだよ」

「ああ。オレも二牙症だしな」

「お母さんも?」

「そうだ。ほら」


しっかりと生えた二本並んだ牙を見せてやる。

望はそれを興味津々といった風によく観察して。


「紅葉は月光病に二牙症と、いろいろ忙しいな」

「お姉ちゃん、忙しいの?」

「そうだな。灯にちょっかいを出せるくらい忙しい」

「それは忙しいって言わないの」

「紅葉は、何かといろんな病気を引っ張ってくるからねぇ」

「なんだ。人を疫病神みたいに言って」

「そういえば、お姉ちゃんって変わってるよね。一人だけ食中りしたかと思ったら、みんなが中ったときはケロッとしてたりしてさ」

「集団食中毒があったのか?」

「何年も前の話だよ。ちょうど旅団天照の駐留期間中だったから、みんなが寝込んでる間に城の警備にあたってくれて」

「旅団天照か。あそこはヤゥトの自警団が元々だからな」

「へぇ~、そうなんだ。知らなかった」

「灯は料理のこと以外、何も勉強してないからな」

「むぅ…。そんなことないよ…」

「ねぇ、お父さん。望は大丈夫なの?」

「ん?あぁ、そうだったな。今のところ歯並びも良いし、ちゃんと生え変わってるみたいだし、大丈夫だよ。でも、もうちょっと経過観察を続けないといけないかな」

「うん。分かった」


望はコクリと頷いて、利家の膝の上に座る。

求めるように尻尾を振ると、利家もそれに応えて望の頭を優しく撫でる。


「えへへ」

「望は甘えん坊だな」

「うん!」

「あ。ところでさ、利家お兄ちゃんもヤゥトに帰るの?」

「いや、僕は残るよ。やらなきゃいけないこともたくさんあるしな」

「そっか」

「みんなはどうするんだ?」

「私は残るかな~。帰るっても、ここが家だし」

「父さんのところに帰ってやれよ。喜ぶだろ」

「また年末ね~」

「はぁ…お前なぁ…。そんなこと言って、去年も帰らなかっただろ」

「だって…家に帰っても、お父さん、緊張して何も喋らなくて、仕入れの確認とかばっかりしてるんだもん。飯は俺が作るからとか言って、ごはんも作らせてくれないし。ジッとしてるだけなんて、つまんないよ」

「それがどれだけ幸せなことか分かってないだろ。それに、全く音沙汰なしの娘がいきなり帰ってきたら緊張もするだろ」

「音沙汰なしって、お姉ちゃんが話してくれてるんじゃないの?」

「そりゃ、ちょっとくらいは話してるけど。お前が直接、近況報告くらいしてやれよ」

「…また考えとく」

「ふふふ。…私は帰りたいな。みんなに報告しないといけないし。ルクレィはこんなに平和になりましたって」

「相変わらず信心深いな」

「だから、宗教じゃないって。ただ単なるお墓参りじゃない」

「おい、灯。オレたちってさ、前に母さんの墓に行ったのっていつだっけ」

「えっと…いつだっけ」

「…私が信心深いんじゃなくて、紅葉たちが不謹慎なだけなんじゃないの?」

「そうかもしれないね~」

「死んだ人は墓に住んでるわけじゃないからな。墓というのは、あくまでその人が死んだということを示す立て看板みたいなものだ。墓参りは故人を思い起こす良い機会かもしれないが、みんな、私たちの心の中で生きてるんだから。墓に行かなかったとしても、ときどき心の中のその人と一緒に話をしてあげるだけでもいいんじゃないのか?」

「…そうかもしれないけどね。でも、お墓参りも大事だと思うよ。流れてゆく時間の中、一瞬でも時を止めて、その人との時間を作るってことは。前を向いて進んでいくことも大切だけど、たまには立ち止まって道端で談笑してもいいんじゃないかな」

「あのね、望のお父さんもお母さんも、お兄ちゃんも。みんな、望の心の中で生きてるんだって教えてくれたの。みんなのお墓はないけど、みんなといつも一緒なんだって」

「誰に教えてもらったんだ?」

「美希お姉ちゃん。あと、タルニアお姉ちゃん」

「…そうか」

「だから、寂しくないよ。それに、新しいお父さん、お母さん、お姉ちゃん、お兄ちゃん。弟も妹も。いっぱい、いっぱい、家族が増えたから。だから、寂しくないよ」

「そうだな」


望は強い子だな。

自然と伸びた手は、望の頭をそっと撫でていた。


「ん~」

「それで、紅葉は?」

「オレは風華や空と一緒にヤゥトに行くことにするよ」

「そっか。良いところだから、紅葉もきっと気に入るだろ」

「うん」


望の頬を突ついて口を開けさせ、鋭い二本の牙を爪でくすぐる。

すると、望は利家の膝から私の膝に乗り換えて甘噛みを始めた。

…まだまだ甘えたい年頃、なんだよな。

ここに来たときは短く切り揃えられていた髪も、もう肩を超える長さになっていて。

手櫛を入れながら耳の裏を掻いてやると、嬉しそうに尻尾をパタパタさせる。

と、そんな静寂も、この城では五分と保たないらしい。

バタバタと廊下を走ってくる音が近付いてきた。


「兄ちゃん、兄ちゃん!なんで起こしてくれなかったの!?」

「何がだよ」


入ってきたのは、案の定風華だった。

相当慌ててるらしく、寝癖だらけで。


「ラズイン旅団のみんなは!?もう発ったんじゃないの!?」

「何言ってるんだ」

「だって、もう馬車が…!」

「お前の目は銀紙で出来てるんじゃないのか?」

「え…?」


利家は、窓の外、広場の端の方を指して。

そこには、まだ確かにラズイン旅団の馬車が何台か止まっていた。


「でも、タルニアさんが出ていくのを…」

「風華ちゃん、何か呼んだかしらぁ?」

「え、あ、あれ?タルニアさん…?」

「はぁ…。夢でも見てたんじゃないのか?」

「あ、あはは…。そうかも…」


そしてタルニアは、そのまま風華を部屋に押し込んで中に入ってきて。

別れの挨拶だろうな。

いつの間にかクノと長之助も揃っていて。

さらにおまけに、クノにはルウェも付いてきていた。


「クノお兄ちゃん、行っちゃうの…?」

「はい…。でも、私と長之助はまた来月にも来ますから」

「絶対なんだぞ!約束!」

「はい。約束です。そうだ、次のときには美味しいお菓子をたくさん用意してきますからね」

「えへへ。ありがと…なんだ…ぞ…」

「ルウェさま…」

「うっ…うぅ…。絶対、絶対…!約束だもん…!」

「はい。約束、ですよ」

「…そういうことだから。短い間だったけど、ありがとうね、利家くん」

「いや。何も出来なくて、すまなかった」

「そんなことないわ。楽しかったわよぉ」

「そう言ってもらえると有難い」

「ふふふ。じゃあ、また。よろしくお願いするわねぇ」

「ああ。またな」

「利家。面白い医学書があったら、また持ってくるからな」

「よろしく頼むよ」

「貸出してるやつは、またいつ返してくれてもいいから、風華と一緒にゆっくり読みなよ~」

「ふふ、そうさせてもらうよ」


そしてタルニアはニッコリ笑うと、一度深く礼をして立ち上がる。

長之助もそれに続いて。

…でも、泣きじゃくるルウェのお陰で、もう少し一緒にいられそうだ。

クノは、あやすようにルウェをそっと抱き締めていた。


ついに百話目です。

長かったような、短かったような。

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