初めての危機。
のどかな時間を過ごして油断していたのはあると思う。森にいるのは生き物は可愛い小鳥やアヒルばかりじゃなかったのに。
それは一瞬の事だった。
何か黒い影に気付いたのと、甲高い悲鳴のような鳴き声が響いたのは同時だった。
「ピィィィ!」
雛が、影に飲み込まれる。1羽、2羽。
悲鳴のような鳴き声を上げて逃げ惑う雛達。3羽目が飲み込まれようとしたその時、親アヒルが影に突進した。
ユーリは固まっていた体を動かし、残った雛達を腕に囲い込んだ。
「⋯⋯にいちゃっ! たしゅけて!」
泣きそうになりながらも声を上げる。それがユーリに出来る精一杯だった。
親アヒルは影に見えた生き物、蛇に立ち向かって行った。蛇は雛を2羽も丸呑みしたので喉元が膨らんでいない程に胴回りは太い。全長はユーリの背の倍はあるだろうか。鎌首をもたげるとアヒルよりも高くなる。
獲物に狙いを定めた黒黒とした目は光り、口元からは細長く赤い舌がチロチロと動いていた。体色は黒っぽい緑色で模様は無く、鱗は滑るような艶を帯びている。色からも、ユーリの目には地獄からの使者に見えた。
親アヒルは怯む事なく間合いを取りながらも飛び蹴りで攻撃する。蛇は身をくねって交わし、口元の牙での攻撃を仕掛けたりムチのようにしなやかな身で絡め取ろうとした。アヒルも距離を取る事で交わしたものの、牙が被ったのか白い羽毛が所々赤く染まっていた。
ユーリは腕の中にピィピィ鳴く雛達を抱えて涙を流して固まる事しか出来なかった。
「ゆーりっ!」
「にいちゃっっ!」
助けを求める声は届いていたらしい。兄の声にユーリは顔を向ける。
「いま、たすけるからなっ!」
その声に顔を上げるのと、親アヒルが蛇の尻尾に叩かれて弾き飛ばされるのは同時位だった。ユーリの背後からシューシューという蛇の呼気が聞こえる。
もうダメかもしれない、と思った。でも、雛達を囲う腕は離さない。もう1羽も奪わせない。兄は助けると言ってくれた、先生もマーサも護衛もいる。きっと助かるから自分に出来る事をするのだ。
恐怖は前世でも感じた事のないものだった。迫る衝撃に覚悟するようにきつく目を閉じる。腕の中でピィピィとか細く鳴く存在を見捨てるという選択肢は無かった。
蛇が這い寄る音がする、兄達が駆け寄る足音も聞こえる。
大丈夫、きっと助けてくれる。
「ふぁいあーあろー!」
「⋯⋯っ、ウォーターランス!」
兄の声、その後に護衛で来た庭師の声もした。次の瞬間、ドーン! という音がした。
「ユーリ様、お怪我はないですか? 申し訳ありません。側にいればお守り出来たのに⋯⋯」
走って来たのか荒い息のマーサの声に目を開ける。座り込み、心配そうに顔を覗き込んで来るマーサにユーリは頷いた。
「どこもいたくないの。あ、あひるさんは?」
蛇はどうしたのか、何があったのか、色々聞きたかったけど言葉が出て来ない。見た方が早いかと辺りを見回すと、少し離れた木の下に横倒れになった蛇がいた。その前に御者兼護衛で来た庭師の男性か何かしている。トドメを刺しているのか、危険がないか確認しているのかもしれない。
男性の隣で何か話していた兄がユーリが見ている事に気付くと駆けて来た。
「ゆーりっ! だいじょうぶかっ?」
「うんっ! にいちゃがたしゅけてくれたの?」
兄が何かしたのは確かだろう。もしかして、兄の魔法が蛇を倒したのだろうか。
「ラルフ様、すごかったんですよ! 初めて成功した魔法で蛇を倒したんですから」
ファイアーアロー、と聞こえた気がするけど。確か英雄譚でそんな魔法が出て来たような気がする。火を矢のように飛ばす魔法、だったかな。イメージはバッチリだっただろう。練習も攻撃系からなら成功するのは早かったかもしれないなと思う。
「⋯⋯攻撃魔法は制御が難しいので、まずは焚き火から覚えてコントロールを身につけてもらいたかったのですが。下手すると山火事になりますからね。水魔法が使える庭師の男性に来てもらって本当に良かったです」
蛇を一緒に確認していたらしい先生が呆れたように言った。だから焚き火を着けるという課題にしたのだろうか。そういえば、ウォーターランスとかも聞こえたな。水の槍、かな。
どうなったのか確認したいなと上体を起こそうとして、腕の中にいるフワフワした雛達に気付いた。
腕を開いて上体を起こすと、ピィピィ言いながら雛達は出て来た。6羽、ちゃんと揃っている。2羽は蛇に呑み込まれてしまったけど、残りは守れた。親アヒルはどうなったのかと立ち上がってみると、ヨロヨロと近寄って来るのが見えた。足元にいた雛達がピィピィと鳴きながら親アヒルに駆け寄る。
無事を確かめ合うように寄り添う親子アヒルに心底よかったと思いつつ。倒された蛇の元に歩いて行った。
「あ、お嬢様、無事でしたか? こいつは毒は無いのですが、食われなくてよかったです」
「⋯⋯あのね、ちいちゃいこがのまれたの」
「ああ、コーラルダックの雛が飲み込まれたんですね。ちょっと待ってくださいね。あ、こっちは見ないように背を向けていてください」
何かゴソゴソ音がする。蛇を解体しているのだろうか。
「あ、もういいですよ。こっちを向いて手を出してください」
恐る恐る振り向いて手を差し出すと、フワフワで温かなものが乗った。ひょっとして、と思い見るとキョトンとした目でユーリを見つめる雛がいた。
「丸呑みされた獲物が一時的に保存される器官がこの蛇にはあるんですよ。このアヒルも以外と丈夫なので無事でした。一応、水魔法で洗いましたけどね」
驚くユーリに男性は楽しそうに言いながら、もう1羽の雛を渡してくれる。やっぱり解体していたのだろう。背を向けていてよかったなと思いながら、チラッと蛇を見る。焦げた上に水浸しの蛇、更に血が散っているのが見えたので視線を反らした。
手の上にいる2羽はピィピィと元気に鳴き出すと、暴れて手から落ちた。
そこに親アヒルが来た。後ろからは雛達がついて来ている。
親アヒルは怪我しているものの、雛達は結果皆無傷だ。
ピィピィ、ガーガーと寄り添うアヒル親子を見て本当によかったとユーリは思ったのだった。




