家族が多いのは良い事とは限らない。
初めての投稿です。
続くかどうかは分かりませんが、気まぐれに書いていこうかなと思っています。
ヤングケアラーという言葉が自分に当てはまると気付いたのは高校生になった辺りだろうか。
同級生に指摘されて気付いた。
「それってヤングケアラーじゃない? 辛くないの?」
家には七人の子どもがいて、私はその長女だった。
小さい頃から「お姉ちゃんだから」と我慢したり、家の事や下の子の世話を当たり前にさせられて育った。
嫌だと言えば家は回らないし、結果自分も大変な事になるのは分かっていたからやるしかなかった。
それに役立てば誉められる。
面倒を見る必要がある小さい弟や妹達に親の気は行きがちだったけど。
誉められる時は自分を見てくれたから頑張れたし、親にも頼られる事が私の小さなプライドだった。
だけど、家は裕福ではなく気付いたら増えた弟妹がいて自分の部屋など持てないし。
両親は定食屋を経営していて、家が隣接されているとはいえ食事以外の家事に追われ。
二部屋の子ども部屋、男女に分けられてはいたもののペタンコの布団をひいて纏めて寝るというプライベートも何も無い状態。
お店を手伝い、洗濯をして、弟妹の面倒をみて、自分の時間を持つ事すら難しかった。
高校は家から自転車で通える公立しか選択肢はなく。
その高校生活も寄り道は難しく、家でやる事は多く。
家族が寝静まった夜中に何とか勉強をする日々。
高校で仲良くなった同じクラスの女子に遊びに誘われて、難しい理由を話したら言われた言葉がヤングケアラーだった。
携帯電話を買ってもらえるだけの余裕は家にはなかったので、ネットは見てなかったし。
テレビも限られた時間、それも何かをしながらチャンネル争いも激しくて。
そんな中でニュースにも興味はなく、そういう話題を見た事もなかった。
指摘された事でそれまで当たり前だと思って、諦めと共に受け入れるしかなかった状況を客観的に考えるきっかけになった。
弟妹が可愛くないと言い切れないまでも。
正直言えば、ひとりっ子で両親の愛情と興味を一身に受けられる友達の事がそれまでもうらやましく感じてはいた。
弟妹がいれば、どうしても譲ったり面倒をみたりする必要があるし親の興味は常に下に行く程強いもの。
それにある程度の年になると、子どもが出来るのはそういう事があるのが分かるようになる。
中学生になると同級生男子に冷やかされたり、近所のオジサンの言う下卑た感想が耳に入ったり。
嫌な事も多々あった。
両親は細かい事を気にせず、ただ流れに乗って生きるようなタイプだった。
どうしたい、じゃなくて。
こうなっちゃった、と起きた事に対処して生きるタイプ。
でも、悪い人でもないから嫌い切れず。
家族を否定しても、他に行き場はないので受け入れるしかない。
何より、動かないと家が回らないのだから考えるよりも動くしかなく。
嫌だとか苦しいというよりは、やるしかない。
自分の変わりはいない、という揺らがない姉としての立ち位置はあった。
他の生き方など、絵に描いた餅と同じく夢みる余裕なんてなかったのだとも思う。
とはいえ、人は望みを抱くもので。
数少ない安らぎの時間、睡眠時に良い布団、いや素敵なベッドで思う存分眠りたいとは思い続けていた。
それが、まさか生まれ変わった時に異能として発揮されるなんて思いもしなかったけど。
私が死んだのは高校三年生になったばかりの事。
珍しく家族で出かけた動物園で、一番下の弟が階段で遊んでいて調子に乗り落ちそうになった。
気付けたのは私だけで、慌てて駆け寄って弟の手を引き上げたものの。
私は体勢を崩して階段から落ちた。
人は予知せぬ事態に陥ると頭が状況を処理仕切れなくなるのか視界が真っ白になった。
続いて来たのは衝撃、痛みとかよりもショックが大きく何がどうなったか分からなかったけれど。
多分、頭の打ち所が悪くて私は死んだのだ。
最後にぼんやりと見たのは、状況が分からないのか階段の上で首を傾げる弟の姿。
その背後でははしゃぐ家族の声が響いていた。
粗筋で転生後の主人公の名前を決めていなくて。
〇〇、として下書きしたのを忘れて投稿してしまい困惑したものの何とか直せました!
名前は変えるかもしれません。




