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道化師見習いと自動人形

小説家になろうへの投稿は初めてです。

お楽しみ頂けますと幸いです。

 新都。炎と水と光を産み出し、行き渡らせる巨大な遺物の恵みを求めた人々が、やがて其処に築き上げた街。

 の、ほんの片隅で。

「それではご覧下さい!はっ、やっ、たぁっ!」

 両手に持った短い棒を振るい、カランと音を立てて細長い筒を弾く少女が一人。

 カランカラカラ、カラン。棒で叩いた衝撃と重力だけで筒は生きているかの様に跳ね回り、地に落ちる事無く宙を舞う。

 デビルスティックと呼ばれるジャグリングの一つだ。

 ノースリーブとホットパンツを纏う癖に、長手袋とロングブーツで四肢を覆った奇抜なコスチュームの彼女は溌剌と得物を振り回し、笑顔を振り撒く。

 多くの種族が集まる新都ではむしろ珍しい、ヒューマンの血を示す明るい肌と丸い耳。

 大きく青い瞳にかかる金の髪は短く切り揃えられ、あどけなくも存在感のある顔立ちをしている。

 まだ子供と判断できる背丈と華奢な肉付きも手伝って、色気は無いが天性の愛嬌を持ち。

 時折混ざる掛け声は芝居がかって明るく、寸分の狂いも無い棒さばきと合わせてパフォーマーとしての技量が窺えた。

 そんな名人芸ながら観客は子供が数人だけだが、それもこの通りの普段の交通量を鑑みればさもありなんと言えた。

「はいっ、大成功〜!ありがとうございましたっ!」

 深く頭を下げた彼女の目に映るは、からっけつのおひねり箱。

 それでも、観客の前ではその少女は笑顔の道化師。

 それだけなのだ。


 日が暮れて。

「ただいまー。」

 観客には聞かせないであろう気の抜けた声と共に、彼女は古ぼけた店のドアを引いた。

 輝石ランプが大小のガラクタを照らすこの店は、老舗の古道具屋。カウンターの店主はいつも通りに安楽椅子で帳簿を睨んでいる。

「いらっしゃ……なんだハナガタか、お帰り。いくら稼いだ?」

 少女はばつが悪そうに目線を逸らし、店主はその反応で投げかけた問いの答えを悟ってため息をついた。

 このやり取りもまた、いつも通り。

「でっ、でもね、デモカンさん、芸はもう完璧なの!今日は九回やって一回も落とさなかった!」

「だから何だ、最後に金にならなきゃなんにもなんねぇんだよ。」

 にべもない調子の言葉、しかし長年新都に店を構えていただけの重みが乗っていた。

 店主たる彼女は外見は細いフレームの眼鏡が似合う、しなやかな長身と銀の髪を持つ美女であったが、ハーフエルフという種族だけあって妙齢。ましては商売人とあっては、金に関しては一家言あるというものだ。

「適当にあるモン食って寝な。アタシはやる事があるから、明日になったらまた手伝えよ。」

「はーい。」

 居候の身であるハナガタにとって、家主であるデモカンの命令は絶対。

 言われるがまま、彼女は味のしないパンをかじった。


 翌日の早朝。店の開店準備はハナガタの仕事だ。

 品物を補充し、軽く清掃。そして軒先に出て、開店中を示す看板を置こうとして、気付いた。

 誰かが、店の前に座っている。

 そもそも昨日まで、ここに椅子など無かった筈だ。それでもその人は、まるでそうしている事しか出来ないかの様に、この場所に静かに腰を下ろし、手を膝に乗せていた。

「お、お客さん?おはようございま、す?」

 声を掛けながら覗き込んで、また気付く。

 丈の長い袖から覗く手指には、関節部に溝が刻まれていた。

 つまり、人形だ。

「凄い、綺麗……」

 衣服はごくありふれた、薄い布地のワンピース。しかし肩にかかるボリューミィな純白の髪や陶磁器のような艶を持った肌が、朝日を反射して煌めき十二分にそれを飾っている。

 目鼻立ちも滑らかに整っていたが、その瞼は閉じられ、口元は黒いベールに覆われていた。

 今は座っているけど、立ったら身長は負けちゃうかな。そうだ、どんな色の瞳をしているのだろう。そう考え付いて、ハナガタは無意識のうちに身体を動かしていた。

 顔に左手を添えると、耳の後ろで水晶の付いたピアスが揺れ。

 右手を目元に伸ばし――

「おい。」

「ひゃあ!」

 後ろからの声に、反射的に引っ込めた。

「それは昨日買い取った人形だ。これからは毎朝そいつも綺麗にしてくれよ。客引きと、物好きが高く買ってくれるかもだしな。」

「はっ、はい!」

 デモカンはそれだけ言ってパタン、と中へ引っ込み。

 ハナガタはふうと息を吐き、再び人形へ向き直ると。

 翡翠の瞳と、目が合った。

「……お名前を。」

 繊細な、けれど冷たい声。

「お名前をどうぞ。」

 幻ではない、とハナガタは思い、促されるがまま。

「……ハナガタ。」

 そう答えて。

 淀みなく、上品さすらある所作でそれは……いや、彼女は立ち上がると。

自動人形(オートマトン)のジルリと申します。ハナガタ様、なんなりとお申し付けを。」

 呼吸を感じない調子でそう発し、恭しく頭を下げた。

「ええと……とりあえずわたしに、あとデモカンさんにも、貴方の事を教えてくれるかな?」

 ハナガタは事態を呑み込めないまま、縋るように説明を求める。

「承知しました。デモカン様はどちらに?」

「お店の中だよ。入って……」


「おま……何で、起動してんだ……」

「わたしにも分かんなくて。それも、これから説明して欲しいな。」

 ハナガタは新聞を取り落とし唖然とする同居人と、澄ました表情の人形を交互に見やると。

 ジルリが軽く頷くのを確認して、デモカンの隣まで歩き、カウンターに体重を掛けた。

「ハナガタ様には先程も申し上げましたが、(わたくし)はルナ歴10年から15年にかけて製造された自動人形(オートマタ)の一体です。識別名はジルリですが、どうぞお好きにお呼び下さい。」

「お、ビンゴ。本人の口から答え合わせしてくれるとはね。アタシの鑑定眼に狂いは無かったと。」

 ニヤリと口の端を吊り上げるデモカン。

 その一方でハナガタはジルリの言っている意味を半分も理解できていなかったが、こういう時に自分が口を挟むと話が進まないという事は経験から自戒していた。

「先程、マスター情報が初期化され長期スリープモードであった私の起動スイッチをハナガタ様が操作されました。よってマスター権限はハナガタ様のみが半永続的に所有します。」

「おい!アタシの金で買い取ったんだぞ、この泥棒!」

「ひーん、マスターって何!?わざとじゃないんです〜!」

 頬を引っ張られて情けない声を上げるハナガタを尻目に、ジルリは口元を動かさないまま説明を続ける。

「マスターとは、私の所有権を持つ人物を指します。以後、私はハナガタ様のご安全やご命令を優先し、自律的に思考及び行動します。」

「今まさに安全が脅かされてる〜!」

「非言語コミュニケーションの一環と解釈します。」

「成る程ねえ……これはめっけもんか、厄介もんか……起動スイッチってのはどこに付いてんだ?」

 デモカンの問いに、ジルリは髪を掻き上げてピアスの付いた右耳を露わにした。

「あー、顔周りにあるとはな。も一つ質問だ。お前、今が何年で、此処が何処か、分かるか?」

「……いえ。ログデータ……記憶の大部分が破損しています。」

 その回答は予測できていたとばかりに、デモカンはフンと息を吐いて。

「今はソル歴99年。ルナ歴10年からだと、凡そ200年後ってとこか。で、ここ新都が出来上がったのが、ソル歴1年の事だ。」

 ジルリは相変わらず無表情のままに受け止めたが、その言葉に眉を吊り上げたのは寧ろハナガタの方だった。

「え!?って事は、ジルリさんは200年も昔の人なの!?」

「人形だっつってんだろ。そうだな……ハナガタ、今日は店の手伝いはいい、代わりにソイツにこの街の案内をしてやれ。このままだと使い走りも頼めねーからな。誰か知り合いに会ったら、うちに新しく入ったバイトって事にしとけ。」

「えっ、えーと……それじゃ、よろしくね、ジルリさん。」

「はい。よろしくお願いします、ハナガタ様。」

「ああ後、コイツも着けとけ。」

 デモカンがそう言って投げてよこしたのは、一双の真っ白な手袋。

「完全な自動人形(オートマトン)がほっつき歩いてるなんざ、役所の連中に知られたら面倒だ。お前も口には気を付けろよ。」

 ジルリの偽装用という事らしい。確かにこれさえあれば、誰もジルリが人形だとは夢にも思わないだろう。

「分かった!それじゃ、行ってきまーす!」 


 そうして、二人街へ繰り出して。

 各種売店や役所に、ゴミ出し場まで。ここは新都全体から見れば僻地ではあったが、それでも遺物のお陰で上下水道を始め一通りの都市機能は揃っている。

 ジルリは200年後の世界に驚いたり、物珍しそうにしたり……とかも無く。極めて事務的に必要な情報をインプットしている様子だった。

 程なくして目ぼしい施設は巡り終わり、帰り道をゆっくりと消費する中。

「本当にすっごく綺麗。大人っぽいし、こう……絵みたいっていうか、キラキラしてる。」

 隣を歩くジルリを見上げ、靡く髪とその間から覗く瞳をハナガタはそう評した。

 事実、一人で歩く時と比べて明らかに街行く人の視線を集めているのを感じ、軽い嫉妬さえ覚える。

「ありがとうございます……ハナガタ様も、とても目を引くお姿とお見受けしますが。現在の流行なのですか?」

「ええと、この格好はまあ、見てもらう為に、ちょっとね。わたし、道化師になりたいんだ。」

「道化師、ですか。」

 ジルリの声に困惑の色はやはり無い。道化師は200年前も人気だったようだとハナガタは解釈した。

「そう!曲芸や手品の、あの道化師!いつかすっごいショーを、たっくさんの人に見てもらうの!」

 つい説明に熱が入り、言い切った後に少し赤面する。

「えへへ……まだ、それに必要な資格すら持ってないんだけどね。」

「資格、ですか?」

「うん……あっ、ジルリは知らないよね。新都ではね、何をするにも資格が……役所が発行する公式なライセンスが必要なの。」

 新都は資格社会。能力には責任が伴う、という考えの元、それが無くては大道芸も大っぴらには出来ないのだ。ハナガタがわざわざ辺鄙な通りで芸を披露していたのには、こういった事情がある。

 そして、その資格を得る為には試験の参加料として纏まった金額が必要で。

 纏まった金額を得る為の仕事には資格が必要というジレンマに彼女は悩まされていた。  

 そんな現状から考えたら非現実的な話だ。しかし、ジルリは微笑んだ様に目を細くすると。

「でしたら、私はそのショーの補佐役を務めさせて頂きますね。」

 彼女もまた、そう言い切った。

 瞳と瞳が向かい合い、暫しの静寂。それを破ったのはハナガタの歓喜の声だった。

「ありがとうっ!」

 熱烈なハグを受け止めたジルリは少しふらついて、しかし何でもない風に続く言葉を待った。

「嬉しい!わたしの夢を応援してくれたの、ジルリが初めてかも!」

「そうですか。それは光栄です。」

 ジルリの手が金色の髪を撫でる。それに気付いたハナガタは照れ臭そうに距離を取り、短く笑った。

 次の瞬間。ほんの小さく、キリリと硬い音がした。ジルリがはたと後ろを見やり、首を回した駆動音だ。

 少し遅れ、ハナガタも気付く。向こうの通りの真ん中を駆ける、人ではない影。

 ドク、ドクと鳴るのは地響きか、ハナガタの心拍か。

 モンスターと呼ばれる凶暴な獣の一体、槍鹿がその角を振り翳しながらこちらへ迫っていた。

「えっ、わああ、な、なんで街の中に!?ななな、なんとかしないと!」

「ハナガタ様、こちらを。」

「あああ、でも危ないし、どうしよう、ジルリがバラバラになっちゃう〜!?」

「ハナガタ様。」

「なに!これ?」

 パニックに陥るハナガタにジルリが差し出したのは、真っ白な糸口。

 流されるままにつまみ上げると、どうやらジルリの手首の関節部から延びている様子。触って初めてその強度に勘付くと、ハナガタはようやくその意を察した。

「あっ、分かったっ!」

 丁度その暴走機関車に道を譲るように、二手に別れて散る両者。

 間もなく、槍鹿は二人の中間を突っ切り……

「痛たたたた!うわぁでもそっちはもっと痛そう!」

 ピンと張られた糸に脚を取られ、派手に転倒。御自慢の角も見事にへし折れ宙を舞う。

「お見事です。後はお任せ下さい。」

 そして、ハナガタが手袋越しとはいえキツく締め付けられた手指を労る暫時の内に、ジルリは槍鹿を手際良く拘束し。

 通りすがりの剣客がトドメを刺して、哀れ闖入者は近くの肉屋へと運ばれて行った。程なくして新鮮なジビエが店先に並ぶだろう。

 お肉と言えば、丁度お昼時だ。

「そうだっ、わたしお腹空いちゃった!帰ろっか!」

 ハナガタの無邪気な声が、晴天に響いた。


「ただいまー!これ拾った!」

「只今戻りました。」

「おう、お帰り……ってなんだそりゃ。槍鹿の角か?おい、ハンティングに行かせた覚えは無えぞ。」

 そう皮肉りながらも、デモカンは流れる様な手付きでそれを受け取ると、天秤に載せ、手袋を着け、分銅を置き、目盛を睨み、羽ペンを取ると一筆したため、件の品に端紙を貼り付けた。

 値札である。この瞬間を以て、それはこの店の商品となった。

 そんな店主を尻目に、戸棚を漁るハナガタが言う。

「ねえねえ、ジルリってご飯は何食べるの?嫌いな物とかある?」

 どこまでも純粋なその言葉に、ジルリは微かに目を伏せると。

「お気遣い痛み入りますが、私に食事に相当する行為は必要ございません。」

 そう続けた。デモカンは無反応だが、ハナガタにとっては相当意外だったようで。

「えー!?じゃあどうやって動いてるの?まさかゼンマイ仕掛けとか?」

「"重力機関"だろ。」

 突然、デモカンが話に割り込んで来た。ジルリはその言葉に首肯を返す。

「その通りです。そうですね、ハナガタ様に向けて簡単にご説明しますと……デモカン様、こちらの天秤をお借りしても?」

「いいぜ。」

 かくして始まるジルリの授業。先生と生徒の間には、天秤と、サイズの等しい3つの分銅。

「こちらの分銅の全てを、私の体重としましょう。」

「ほうほう。」

「天秤の片方に2つ、もう片方に1つ分銅を置くと……1つの方が持ち上がりましたね。」

「うんうん。」

「つまり、私の身体に働く"重力"によって、私の身体を動かす事が出来た、と言えます。」

「……ん~?」

「"重力機関"によって体重を目減りさせ、産み出したエネルギーをテグスと歯車で全身に伝達する事で、私は駆動しております……これ以上の説明は、私の口からは申し上げられません。そういう様に、創られております。」

 ハナガタは一連の説明を至って真剣に聴いていたのだが、その含意を知ってか知らずか。

「まあ、わたしも自分の身体がどうやって動いてるかなんて良く分かんないもんね!一緒だ!」

 そう破顔すると、食事の用意を再開した。

 ジルリはその言葉に目を丸くして。

 どうしてか、胸に手を当てた。

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