第二十六話 王女奪還戦
ローネリア僻地。
かつて戦場だった平原には、取り残されたように砦がポツンと立っている。
風がそよぐ夜の草原。砦の遥か頭上を落下するのは、軽装のシェイルと晴剣を携えたアルノーン。
「シェイルさん! ここ空中……!」
「捕まってて下さい。着地します」
レナーテットの空間転移によって、砦跡の上空に投げ出されたシェイルとアルノーン。
座標のズレについてはレナーテットも言及していたが、アルノーンは縦にズレるとは思ってもいなかったようだ。
重力に引っ張られて地上五十メートルの高さを落ちる
シェイルは空中でアルノーンの腕を掴み、しっかりと抱きかかえ、そのままひらりと地面に着地する。
蝶が枝に留まるような軽やかな着地に、腕の中のアルノーンは少しも衝撃を感じなかった。
(……凄い。あの高さから落ちたのに、こんなにも静かに着地できるなんて)
草原に着地したシェイルは、アルノーンを地面に下ろす。
そして、すぐさま腰の剣を抜いた。
「来ますよ、王子」
シェイルとアルノーンの両者共、レナーテットから襲撃者についての情報は聞いている。
敵には視えているはずだ。
数キロメートルを見通す千里眼で、ルナァスは追跡者達を捉えていた。
シェイルとアルノーンが着地してから僅か数秒。砦の門から現れたのは三人の人影。
髭面の男。翠の目をした少女。煤のような男。
「おいおい、マジかよ。とんだバケモンだぜ、あの魔術師」
レナーテットが空間転移魔道具を技術で再現したと見抜いたベンターは、髭をさすりながら驚嘆を露わにする。
「随分早い到着だったな、サーガハルト」
低く唸るはファンガル。
ボロ布じみた装束は風に揺られて翻り、パサついた髪が風に吹かれて乱れ舞う。
風の強い夜の草原、煤のような男は諦念じみた覚悟を鋭い瞳に宿す。
「王子、作戦通りに」
シェイルは隣のアルノーンに呼びかけた。
アルノーンが思い起こすのは数分前の会話の記憶。
そして、淡色の剣を鞘から抜き放つ。
「晴剣、解放――――」
空色と若草色の二色で構成された刀身。
爽やかな色合いを帯びた刃からは燐光が溢れ出し、吹き抜ける風が刀身へと収束していく。
――――もし三人揃って俺達を迎撃しに来たら、初手で晴剣を解放しましょう
――――初手から? 一回しか使えないのに、大丈夫かな……?
それは砦跡に転移する前に交わしていた作戦会議の記憶。
――――はい。晴剣の火力は尋常じゃない。転移先の地形にもよりますが、まず間違いなく場を荒らせる。戦場が乱れた隙になら、王子は王女様を回収して離脱できるかと
アルノーンは風を纏う剣を大上段に構える。
晴剣は風を大出力で放つ国宝。風の強い草原では、その威力もまた倍増する。
竜巻の如く吹き荒れる暴風の渦が、アルノーンの握りしめる剣の刀身に圧縮されていく。
「ベンター防御! 一番硬いやつ出して!」
晴剣の爆発的な魔力の起こりを感じ取ったルナァスは、ベンターに防御の指示を出す。
この場で晴剣が見せる魔力の起こりは、ルナァスが普段使う月弓のそれを遥かに凌駕していた。
「重層結界魔道具起動!」
ベンターは即座に結界魔道具を起動。
防御用の結界魔道具はドーム状の結界を幾重にも展開し、ベンターを含めた三人を覆う。
「ダメだ。砕かれる」
小さく呟いたのはファンガル。
皮肉にも魔力探知を使えないファンガルが目前の威力を正しく認識していた。
一本の刀身に収束する風圧。その密度と量。そこから放たれる一撃の圧倒的な大火力を。
「――――穿て! ロードフリューネリア!」
アルノーンが剣を振り下ろす。
同時に放たれた一条の風は、世界そのものを断つかと錯覚するほど、激しく鋭い風刃の嵐と化す。
解き放たれた嵐は地面を抉り、かつて草原だった土塊を巻き上げながら、光のドームに激突する。
唸りを上げる風は結界を容易く食い破り、その中に守られていた三人を圧倒的な風圧を以て吹き飛ばした。
(これがローネリアの国宝……! 馬鹿げた威力だ。それでも、ベンターの魔道具でダメージは抑えられた。これだけの威力。反動も相当だろ。次弾を撃たれる前に距離を詰める……!)
暴風に晒され地面を転がりながらも、ファンガルは反撃の手立てを思考する。
晴剣の一撃を受けたとはいえ、ファンガル、ルナァス、ベンター、三人共に傷は浅く抑えられた。
十分に反撃のチャンスはあると理解し、ファンガルは強風で揺れる視界の中、敵の姿を探す。
油断無く光らせた彼の目に映ったのは――――
「ルナァス!」
未だ体勢を整えている最中のルナァスへと一気に距離を詰めていく騎士の影。
土くれが舞う草原を、シェイルは地面の上を滑るように疾走する。
彼の刃がルナァスに届くまであと数秒も無い。
(来る! 月弓……間に合わない! やられる――――)
ルナァスは咄嗟に月弓を構えるが、矢をつがえる時間をシェイルは与えない。
自身の非力に自覚的なシェイルに、敵を生かして捕えようという発想は無い。
少しでも躊躇えば殺されるのは自分の方だと知っている。
故に、その刃に躊躇は無い。
ルナァス・ルナトルフィアの命に手がかかる。
「させるか――――ッ!」
瞬間、ファンガルの肉体が躍動する。
魔力を捨て去った肉体は駆け出し、少女の首を落とす寸前の騎士へと向かっていく。
「かかった」
ファンガルの動きを確認したシェイルは身を翻し、突っ込んできたファンガルに横薙ぎの斬撃を叩き込む。
ギリギリまでモーションを見せなかったシェイルの剣は、ファンガルの胸に一筋の傷を刻んだ。
(硬い。魔力が無いって話だけど……鍛えてるなんてレベルの話じゃない。何かタネがあるんだよな?)
シェイルは剣の手応えから今の一撃が致命打には至らなかったと悟り、ファンガルの肉体強度を訝しむ。
しかし、シェイルの推測は全く外れている。
ファンガルの肉体は幼少の頃に経験した過酷なサバイバル生活によって体得したもの。
かつて異常な体質故に故郷を追われたファンガルは、魔物や肉食獣の闊歩する危険地帯でのサバイバルを余儀なくされた。
極限状態での生存競争はファンガルの肉体を鍛え上げ、彼は人外じみた身体能力を得るに至った。
(何にせよ、ここまでは作戦通り。あとはアルノーン王子が王女様を救出するまで、この三人を抑え続ける)
シェイルの背後、アルノーンは砦に向かって一直線に走る。
晴剣の一撃で吹き飛ばされたベンターの位置も、アルノーンを追おうとすればシェイルが阻める所だ。
「勝つぞ、俺も」
剣を構え直し、自分自身に言い聞かせるように呟く。
負け続けた非才の騎士は、勝利を宣言した。
ファンガルの身体能力はただ鍛えたというだけでは説明のつかない次元にあります。恐らく、幼少の頃に送った極限状態のサバイバルで、脳のリミッターみたいなものが外れてしまったのではないでしょうか。魔力強化に頼れない分、肉体そのものにかかる負荷と影響が大きかったのだと思います。




