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君に春風を  作者: 讀茸


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第二十四話 無知への罰

 きっと天罰が下ったのだ。

 手足を縛る鎖を見下ろして、わたしはそんなことを思った。

 襲撃者達がわたしを攫って転移したのは、ローネリア僻地の砦跡。かつてこの国の最終防衛ラインとして使われた堅牢な砦の成れの果て。

 今は人一人寄り付かない廃墟と化した場所で、わたしは体を鎖に縛られていた。

 わたしが拘束されたのは砦二階の広い部屋。

 石畳の床には赤い塗料で魔法陣が描かれている。


「やけに従順だな、お姫様。てっきりもっと暴れるかと思ってたんぜ」


 特に抵抗することも無く鎖に縛られたわたしを見て、髭面の男が言った。

 わたしを誘拐した三人はみんな一様に、わたしのことを意外そうな目で見てくる。

 きっと、わたしがもっと怖がると思っていたのだろう。


「大声で泣いたら、あなた達はわたしを解放してくれるかしら?」

「はっ、言えてるな。物分かりが良くて助かるぜ」


 空間転移で跳んできた以上、この砦の正確な位置は分からない。

 でも、きっとローネリアの宮殿から走って間に合うような位置ではないだろう。

 助けは来ない。来たとしても間に合わない。この三人がわたしを使って何をするかは分からないけれど、多分無事には帰れないだろう。

 うん。断言できる。

 わたしは今日死ぬ。


「わたしがどうなるか、訊いても良い?」


 どうせだから、訊いておこうと思った。

 わたしを殺すことだけが目的なら、生かしたまま攫う必要は無い。

 彼らには王女暗殺以外の目的があるはずだ。


「生贄魔術。ここで貴方を殺せば、血の繋がりを辿って貴方の血縁者ももれなく死ぬ」


 わたしの問いに答えたのは、白い服を着た女の子。

 宝石みたいに綺麗な翠の目には、見覚えがあった。

 彼らの目的がサーガハルト王族の全滅だと知ったわたしは、静かな納得と共に瞼を閉じた。


「……訊かないの? 私達が、どうして貴方の家族を殺すのか」


 女の子の声には少し棘があるけれど、その奥にある悲しみをわたしは見逃さなかった。

 放っておけば溢れてしまいそうな悲哀を、憎悪で覆い隠したような声だった。


「あなた達、ルナトルフィアの人でしょう? 知ってるわ。わたし達を恨む理由くらいは、分かってるつもりよ」


 この少女の翠の瞳。

 これは遠視の魔眼だろう。ルナトルフィア王族に遺伝する魔眼だ。

 背負っている大弓も、国宝のルナストラフィーアで間違いない。

 わたしを連れ去り殺そうとする彼女は、かつてルナトルフィアの王女だったはずだ。

 そう、確か、名前は――――


「ルナァスさん」

「――――っ!」


 わたしが彼女の名前を呼ぶと、彼女は表情を強張らせた。

 気持ちは分かる。

 名前なんて呼ばれたくなかっただろう。

 サーガハルトにはこちらの事情なんて少しも知らない野蛮な侵略者であってほしかったはずだ。


「博識だな」


 低く呟いたのは、煤みたいな男の人。

 ボロ布のようなみすぼらしい装束を纏って、わたしを鋭く見据えている。


「いいえ、何も知らないわ」


 彼の言葉には否定を返した。

 わたしは何も知らない。

 お父様が踏み潰した国の数。お母様が抹殺した政敵の数。

 わたしが享受する贅沢の下に、どれだけの苦痛が隠れているのか。

 わたしは何も知らずに、知らされずに、知る必要も無い。

 ただ、サーガハルトの第三王女であるというだけで、わたしには最上級の結果だけが投げ渡される。


「子供の頃、俺はこの体質のせいで故郷を追われた。地獄のような逃避行の果てに、辿り着いたのがルナトルフィア。……サーガハルト、お前達が滅ぼした国だ」


 そう、わたしの国が滅ぼした。


「当時のお前は十歳。俺の第二の故郷が焼かれたことに、お前自身は関わり無い。お前はただ、そこに生まれただけのガキ」


 そう、わたしはただ王族に生まれただけ。

 特別な身分に生まれたというだけで、大陸で一番の贅沢をして、好きな人さえ自分のものにして、今日ここで殺される。


「その上で言う。俺達の人生は、お前が死なないと立ち行かない。ここで死ね、サーガハルト」


 見た目に寄らず、誠実な人だ。

 いや、誠実でないと生きていけないのか。

 彼らが立つ復讐者という足場は、一段外せばわたし達と同じ略奪者になってしまうから。

 どれだけ憎悪を燃やそうとも、理不尽に対する怒りを積み上げても、結局、最後には他者への敬意を忘れられない。

 そんなに誠実だから、わたし達のような不実に滅ぼされるというのに。


(わたしが死んだら、アルノーンはどんな顔をするかしら)


 ふと、彼の顔が頭をよぎった。

 可愛くて、綺麗で、強い。

 わたしに捧げられることが決まった純白の王子様。

 本当に大好きなわたしのアルノーン。


(最期にハナって呼んでくれた。それだけで、わたしはもう十分)


 本当に一瞬の出来事だったけれど、子供の頃に戻れたみたいで嬉しかった。

 殿下だなんて特別扱いはやめて、ただの少年と少女になってあだ名で呼んでほしいと、ずっと思っていた。

 その願いが最期に叶った。

 ただ特別に生まれたというだけで人から奪い続けたわたしには、贅沢すぎる餞だ。


(さようなら。大好きよ、アルノーン)


 呟きは口の中で消える。

 わたしは目を閉じたまま、ただ耳だけを澄ませる。

 今夜は風が強い。夜風に当たればきっと、寒くて震えてしまうだろう。

生贄魔術。ベンターがサーガハルトに復讐を果たすために開発した魔術であり、かなり特殊な術式構造をしています。これを発動するために砦の至る所に、ベンター特製の魔道具が仕込まれています。

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