第二十三話 敗戦
ローネリア宮殿、王女様に与えられた客室に面する廊下。
「何してんだ! テメェ――――ッ!」
男に顔面を掴まれて宙吊りになるレナーテットを目にした俺は、感情をぶちまけて駆け出した。
抜刀と共に踏み込む数歩。
人質を取られている状況では、この数歩が運命を分けると、経験則から知っていた。
これは師匠から教わった歩法。
脚力を以て速度を出すのではなく、周囲の空気や魔力の流れに上手く乗ることで素早く走る術。空を滑るような優しい踏み込みは、足音をほとんど立てない。
軽やかなステップで駆け抜けた俺は、レナーテットを拘束する男との距離は一瞬で潰す。
「死ね!」
男の首を落とすつもりで振り抜いた剣は、間一髪でレナーテットから手を放して後方に跳んだ男に回避された。
「初撃で殺しに来るかよ。天下の王立騎士団サマが随分必至だなぁ」
俺の剣を避けた男はクツクツと笑い、煽るような言葉を並べる。
男の手を逃れたレナーテットは、地面に座り込みながらもオッドアイをしかと開いて、襲撃者を見据えている。
「ベンター、準備は?」
そう口にしたのは、翠の目をした少女。
聖職者のような白い衣を纏った少女だった。
「バッチリだぜ。いつでも跳べる。お前らが時間を稼いでくれたおかげだ。とっとと行っちまおう。バルブロとティルダは俺が抱えてくからよ」
答えたのは髭面の男。
この男も白衣を着ているが、聖職者じみた少女のそれとは違い、学者然とした服装だった。
髭面の男は両肩に二人の男を背負っていた。一人は獣人で、一人は女のようは服装をしている。レナーテットにぶちのめされたのか、二人共傷だらけで気絶している。
そして何より特筆すべき状況は、王女様の置かれた状況だった。
翠の目をした少女に首を掴まれ、矢を喉元に突きつけられている。
「なんで……? 私は常に魔力探知でハナの周囲を警戒してた――――」
「そりゃご苦労。こいつらとやり合いながら、とんだマルチタスクだな」
息も絶え絶えにレナーテットが紡いだ言葉を髭面の男は一蹴する。
レナーテットの魔力探知を搔い潜った方法に関して、口を割る様子は無い。
軽率に自らの手札を明かさないのは、それなりに場数を踏んでいる証拠だろうか。
「なんで、ハナが……?」
愕然と呟いたのは、俺に帯同して来ていたアルノーン王子。
ここに来て、俺は自分の軽率な判断を呪った。
想い人が襲撃者に拉致されている状態。
まだ幼い王子にとっては、あまりに残酷な光景だ。
「王族というだけで、貴方達は人より遥かに恵まれた暮らしができる。なら、その逆もあって当然でしょう? 理由なら、王族だったというだけ」
少女は王子に対して、あまりに冷酷な言葉を投げる。
王子が晴剣の柄を強く握りしめるのが、横にいる俺にも見えた。
(レナーテットが王女様を守り損ねるなんて……いや、俺の落ち度だ。明らかにこいつらの狙いは王女様。ハインネ・ヨハトークは陽動と足止めのための駒だったんだ。俺がもっと早く片付けて援護に行くべきだった。……知らず知らずの内に、俺がレナーテットの強さに甘えていたんだ)
俺はハインネ・ヨハトークという時間稼ぎ要員に時間を取られ過ぎた。
あの狂人に俺が手間取っている間に、レナーテットは敵勢力の本命を相手にしていたのだ。
「残念だったなぁ、お前らが守ろうとしたお姫様は、もう俺達の手の中だ」
みすぼらしい風体の男が、口角を吊り上げて言う。
その背後では、髭面の男が床に設置されたオブジェに手を触れていた。
捻じれた柱のようなオブジェは、水色と紫の二色に光っている。
「超航式空間転移魔道具起動」
すると、捻じれた柱が割れ開く。
半分に割れた柱は門のような形を取り、門の間の空間には二色に光るゲートが出現する。
奇妙な水色の紫の二色。奇怪で異様な色彩に満たされた異空間は、大口を開けた幻獣の口腔みたいだ。
「じゃあな、もう二度と会うことは無いだろうが。精々無力感に打ちひしがれろ」
襲撃者三人は異空間の向こうに消えていく。
髭面の男が二人の男を抱えて消え、煤のような男が異空間の向こうに消え、少女に拘束された王女様さえ――――
「待て!」
叫んだのはアルノーン王子。
異空間に消えていく襲撃者達を追って門に飛び込もうとする王子を、俺は肩を掴んで引き留めた。
「ダメです! 王子! 体がちぎれますよ!」
空間転移系の魔道具は、非常に複雑な成立条件を有していることが多い。
予め転移する者の魔力を登録しておいたり、目印となる魔道具を持たせたり、その条件は多岐に渡る。
成立条件を満たさずに空間転移を行えば、体がバラバラになってしまいかねない。
目の前にあるのは、見たこともない魔道具。
そこに無闇に飛び込むわけにも、王子を飛び込ませるわけにもいかなかった。
「待って!」
聡い王子のことだ。
きっと、そんなことは分かっていたと思う。
体がバラバラになるかもしれないと、行けば死ぬかもしれないと。そう分かっていてなお、彼は俺の腕を振り払おうと藻掻いた。
「待ってよ! ハナ……っ!」
奇怪な色彩の中に消えていく王女様の瞳。
王子の悲痛な声が木霊した時、その綺麗な瞳が大きく見開かれたように見えた。
たったそれだけ、何かを望むような視線だけを残して、王女は門の向こうに消える。
その一秒後、役割を終えた門は自壊するように、内側から崩れ去った。
後に残されたのは、俺と満身創痍のレナーテットとアルノーン王子。
一夜にして、俺達は襲撃者に王女様を奪われた。
ニルキナ・フォーレンタイン、意外にも師匠としてはかなり優秀でした。良くも悪くもシェイルに期待していないので、才能の無いシェイルにも無理無く使える技だけを教えてくれました。「できないことはやらせない」というニルキナの方針は、引き出しの多さで勝負するシェイルの戦闘スタイルを形作ったと言っても良いでしょう。




