第十五話 月夜の襲撃者
ハナウィルシア王女の眠る寝室の扉。
両開きの美しい扉を守る門番のように、レナーテットは扉の前に立っていた。
扉に背中をもたれかける姿は一見して気怠げ。
ただ、放つ雰囲気は圧倒的な強者のそれだった。
「こういうのさ」
既に夜も更け、王女は眠りに就いた。
宮殿の廊下は薄暗い。窓から差し込む月明りが白い石造の床に当たり、幻想的な反射光を見せる。
こんな夜更けにレナーテットが廊下に出ているのは、彼女の魔力探知が見知らぬ気配を感じ取ったがため。
その魔力の持ち主達は、廊下のレナーテットから幾らか離れた位置に立っていた。
「もっと大人数で来るもんじゃない?」
レナーテットが視認した襲撃者は三人。
二人は大柄な男で一人は小柄な少女。
「人数なら今に増えるわよ。あたし達は先行部隊。大人数に嬲られるのがお好きなら……ごめんさいね。あなたを殺すのはあたし達三人だけよ」
口を開いたのは長髪の男。女のような喋り口調に髪型だが、その顔立ちと体つきは丸っきり男性。
巨大な斧を両腕でがっしりと担ぐ姿は、筋骨隆々とした大男そのものだ。
「ケケ、すぐにその腹掻っ捌いてよォ、テメェの中身ぶちまけさせてやるからなァ。サーガハルトの犬がよォ」
もう一人の男は獣人。ふさふさの髪から飛び出す耳は完全に犬のそれで、露出した腕や脚は濃い体毛に覆われている。
両手には鉄の鉤爪を装着しており、血走った目でレナ―テットを見下ろしている。
大柄な体躯で威圧感を放つ二人の男。
彼らとは対照的に、少女は静かに佇んでいた。
顔には布で目隠しをし、背には小柄な少女には到底似合わない大弓を背負っている。
白い装束は天人のようだ。
(弓……例の狙撃手かな)
大弓の存在を前にして、レナーテットの脳裏に狙撃手の存在がよぎった。
目の前の彼女が先日の狙撃手と同一人物なら、その技巧は常軌を逸している。
(いや、この間合いなら私に分がある。向こうの構成は前衛二枚と後衛一枚。魔力探知は回してる。伏兵は無い。このまま攻撃魔術ですり潰す)
レナーテットは音も無く攻撃魔術を起動。
十数発に分けた魔力弾を一斉に掃射。
無属性攻撃魔術の雨で、まずは前衛二人を仕留めにかかる。
「あら! 物騒な子!」
「ケケッ! いきなりかよ!」
男二人が取った対応はそれぞれ回避と防御。
女装の男は全身を魔力で強化し魔力弾を受ける体勢を整え、獣人の男は魔力で強化した脚力で魔力弾を避けるように駆けた。
防御できると、回避できると、そう思い込んで。
「オーケー、まずは二枚」
無属性攻撃魔術。
本来ごく初歩的な攻撃魔術であるそれがレナーテットのメインウェポンである理由は、術式構造のシンプルさにある。
術式視を持つレナーテットは、術式の構造理解と運用精度が常人よりも遥かに優れている。
故に、シンプルで扱いやすい術式構造をしている無属性攻撃魔術ならば、レナーテットはアドリブで術式を組み替え、自由に魔術の性質を設定できる。
弾速、威力、射程はもちろん。連射速度や弾の重量や形状も。果ては弾の軌道すらもかなりの自由度で操り、爆発やホーミング等の簡単な追加効果さえも付与できる。
レナーテットは状況や相手に合わせ、自由自在に魔力弾の性質を調整する。
防御を試みる女装男には、威力と重量を上げた爆裂性の弾を。回避を試みる獣人には、速度と連射に特化したホーミング弾を。
(何これ……!? 重い! 半端じゃない威力! 受け切れない!)
腕をクロスさせて魔力弾の殴打を耐える男。
しかし、容赦無い弾丸の雨は男の魔力防御をみるみる内に剥がし、その肉体を削っていく。
歯を食いしばって耐える男を嘲笑うかのように、レナーテットは魔術の展開速度を上げる。
弾丸の豪雨に晒された皮膚は弾け飛び、溢れた鮮血が男の後方へと吹き飛んでいく。
(んだこれ!? 速ェ! しかも追ってきやがる! ヤベェ、捕まる――――)
同時、ホーミング弾が獣人の太腿を捕らえる。
右の大腿部を撃ち抜かれた獣人は、そのまま床に倒れ込む。
続く魔力弾の群れが、即座に彼の全身を貫いた。
夥しい量の血を流して、獣人の男が床を転がった。
「バルブロ!」
女装男が獣人の名を叫ぶ。
それは一瞬の気の緩み。
自身の肉体を魔力で守るためだけに使っていたリソースを、ほんの一瞬だけ口を動かすことに使った代償。
骨が砕ける音がする。
一際重い一撃が女装男の胸にクリーンヒットし、彼は吐血しつつ膝を突いた。
満身創痍で両膝をつく男の手は、震えながら斧を握るのでやっとだった。
(何なのよ、こいつ!? 魔術の速度! 威力! 弾幕の密度! 全てが常軌を逸してる! 何十人もの魔術師にリンチされてるみたい!)
透徹なオッドアイが、倒れ伏す前衛二人を見下ろす。
レナーテットには敗北の経験がほとんど無い。
故に、模擬戦等の場では、相手の得意分野で勝負をする傾向にある。
シェイルとの手合わせで中近距離戦闘を行ったのも、その性質によるもの。
レナーテット自身に手を抜いているという感覚は無く、ただ相手のポテンシャルを引き出した上で自分の全力をぶつけたいという深層心理が行動に表れているのみ。
しかし、それはお互いの命が担保された手合わせや練習試合の場のみのこと。
本物の命の取り合いで、レナーテットがそういった遊びを見せることは無い。
相手が調子を上げる前に、圧倒的な魔術の展開速度で一方的に叩き潰す。何もさせずにただ打ちのめす。
時間にして僅か数秒。
レナーテットは襲撃者の男二人を容易く制圧した。
(前衛は潰した。死んではないだろうけど、もう動けやしない。このまま後衛を――――)
レナーテットがターゲットを目隠しの少女に移す。
その時には既に、少女は大弓に矢をつがえていた。
――――ねえ、シェイル。今回の狙撃手ってそんなにヤバいの? 遠距離から当てられるのは凄いと思うけど。私がハナの近くにいれば防御魔術一つで守れるし、シェイルも剣で矢弾けてたじゃん?
ふと、レナーテットは回想する。
ハナウィルシア王女が狙撃された翌日にシェイルと交わした会話。
――――本当に恐ろしいのは狙撃の精度ってより威力だと思う。昨日警備の人に聞いたけど、この宮殿の結界は相当硬い。あれをぶち抜いた上で、矢の威力は十分保たれてた。距離での威力減衰もあるだろうし……イカれた威力してるよ、マジで
少女が構える大弓。引き絞られた弦が微かに振動する。
まるで、弦ではなく弓自体が、弓と一体化した少女自身が震えているような、あまりにも洗練された弓術の構え。
その清廉に研ぎ澄まされた立ち姿が、レナーテットのオッドアイに映る。
魔力視の魔眼は正確に捉えていた、少女の大弓が放つ爆発的な魔力の増幅を。
「――――撃て、ルナストラフィーア」
鼓膜が破裂したのかと錯覚するような轟音。
大気を揺るがす大音響と共に放たれたのは、音速を超える矢の一条。
衝撃波で壁に罅を入れながら猛進した矢は、レナーテットが咄嗟に展開した防御魔術を粉砕し、彼女の頭部へと迫る。
「――――っぅう!」
レナーテットが首を横に逸らしたのは、ただの直感。
両目で見た超常に身体が反射的な回避反応を起こしただけ。
「避けるんだ。流石両魔眼のレナーテット。身体機能も尋常じゃない」
両魔眼のレナーテット。
それは歴史上初めて二種類の魔眼を生まれ持ったレナーテットに付けられた通称。
その二つ名はサーガハルトの魔術界ではかなり浸透しているが、サーガハルトがレナーテット・リーレンという才能を独占したがる傾向も相まって、国外でその名を知る者は少ない。
両魔眼という二つ名を知っているというだけで、目隠しの少女が魔術界に相当詳しいと分かる。
(シェイルの言ってた通り! 威力がイカれてる! 避けたのにソニックムーブで耳が削れた!)
損傷した耳から流れた血が、ポタリと白い床に落ちる。
幸いにも鼓膜への損傷は無し。
衝撃波で削り取られたのは、あくまで耳の表面だけ。
(それにあの魔力の起こり! 明らかに常軌を逸してる! あの弓矢マジで何!?)
強烈な衝撃波に傷付けられた壁から、幾つかの破片がパラパラと崩れ落ちる。
見える範囲の窓は全て割れていた。
耳から血を流すレナーテットの口角が吊り上がっていることに、本人は気付いていない。
(強者故の孤独。戦闘への渇望。私の弓が気になるでしょう、レナーテット・リーレン。その飢えがお前を殺すとも知らず)
高揚感に包まれるレナーテットとは対照的に、目隠しの少女は冷静にレナーテットの状況を分析する。
彼女はよく知っていた。
サーガハルトという国を、怪物使いの王国を。
(とんでもない威力の弓矢! それでもここは私の間合い! もう撃たせない! 矢をつがえる暇は与えない! 速度と手数で押し潰す!)
ボルテージの上がったレナーテットが放つは、無属性攻撃魔術の全面展開。
一斉に放たれる魔力弾の雨は、まさに極小の流星群。
廊下を駆け抜ける星の群れが、目を隠した少女を轢き潰しにかかる。
「結界魔道具起動」
その前に少女は地面に水晶を叩きつける。
すると、ドーム状の光が少女を覆うように発生し、魔力弾の雨から彼女を守る。
しかし、打ちつける星の群れは結界をゴリゴリと削っていく。
絶え間無い魔力弾の衝突に晒された結界は、ついに粉々に砕けて崩壊した。
魔力弾の一つが少女の顔付近を掠め、少女の目を覆う布を破いた。
布が剥がれ落ち、少女の双眸が明らかになる。
それは透き通るような淡い翠色をした、宝石のような瞳だった。
(あの眼……魔眼?)
レナーテットの術式視に映った情報は、彼女の瞳を魔眼だと判定した。
魔を隠した翠の瞳で、少女はレナーテットを強く見据える。
「私を仕留めにきた。その時点でお前の負けなんだ。レナーテット・リーレン」
既に魔道具による結界は無い。
あと数発魔力弾を撃ち込まれれば、少女は為す術無く倒れる。
そんな状況にあって、少女は勝利を確信した。
「バルブロもティルダも、あの程度で動けなくなるほど脆くない」
立ち上がった二人の男。
数多の魔力弾に全身を貫かれ血塗れになりながらも、重く強烈な魔力弾によって肋骨を粉砕されながらも、己を奮い立たせ吠える。
「潰れなさい!」
「抉れろォ!」
一気にレナーテットへの間合いを駆け抜け、それぞれの得物を両側から叩きつける。
渾身の一撃。死力を振り絞って振り抜いた斧と鉤爪。
「動けるような撃ち方はしてない。大人しく寝てないと死ぬよ」
二人が死力を絞って振り抜いた得物は、レナーテットが局所的に展開した防御魔術があっさりと受け止めた。
幾何学模様を描く光の壁は、斧と鉤爪に押されても罅一つ入らない。
「寝てられるかよォ! 仲間が命張って戦ってんのによォオ!」
「あなた達には分からないでしょうけどね!」
バルブロとティルダは果敢に攻めるが、その悉くがレナーテットの防御魔術に容易く弾かれる。
バルブロとティルダの攻撃を止めるにあたって、レナーテットが展開した防御魔術は掌サイズの小さなもの。
面積を絞るほど耐久性を上げる防御魔術の防壁は、ピンポイントで二人の攻撃を防いでいた。
レナーテットは二人の攻撃をいなしつつ、バックステップで間合いを図り、攻撃魔術で刺し返すタイミングを伺っていた。
(直線的な軌道で読みやすい。シェイルみたいな軌道を読ませないタイプじゃないし、ピンポイントの防御魔術で問題無く止められる。むしろ、問題は――――)
バルブロとティルダが特攻で作った時間。
その時間で次の矢を弓につがえた少女は、翠の視線でレナーテットに照準を合わせる。
(さっきの矢は見て避けられるような速さじゃなかった。まだ防御魔術で受けられるような威力でもない。さあ、どうする?)
引き絞られていく弦。
少女がその弦を完全に引き絞り、二射目の準備を整えた瞬間、再び音速の矢がレナーテットを襲うだろう。
宮殿の外から王女を狙い打てるような狙撃手が、この距離で味方を誤射するはずは無い。
少女が再び矢をつがえるまでの数瞬の間、レナーテットが出した結論は――――
「飛ぶ!」
飛行魔術を起動。
バルブロとティルダの間をすり抜け、少し離れた位置にいる少女へと飛んでいく。
(飛行魔術!? こんな閉所で⁉ 制御できるの⁉)
(クソ! 抜けられた! なんつーキレで魔術切り替えやがる!)
宮殿の廊下は廊下にしては広い。
それでも本来飛行魔術を使うには狭すぎる場所。
そんな凡人の常識はレナーテットに通じない。
壁や天井に激突するどころか、狭い空間で螺旋を描くように飛び、弓使いの少女に狙いを絞らせない。
(空間をフルに使って……狙いが定まらない……! まだ弓が引き絞れて――――)
飛行魔術で迫ってきた標的。
閉所ですら自由に飛び回る天才魔術師の圧を前にして、少女は反射的に弓矢を放っていた。
(あ、見えた)
弦が完全に引き絞られずに放った矢に先刻ほどの速度は無い。
レナーテットは飛行魔術で容易く矢を回避し、矢を撃ち終えてしまった少女へと一気に距離を詰める。
(やっぱり。この弓矢しっかり溜めを作らないと本来の威力が発揮できないんだ。道理で連射速度が遅い)
レナーテットの飛行魔術の速度からして、少女に次の矢をつがえる時間は無い。
レナーテットは勢いを慣性に任せて飛行魔術を解除。至近距離からの無属性攻撃魔術で仕留めにかかる。
「助けてっ、ファンガル……!」
瞬間、窓から男が飛び込んでくる。
ボロ布のようなみすぼらしい装束に身を包んだ、煤のような風体の男。
(新手? いや、それより、なんで気付けなかった? この距離で魔力感知に引っかからないなんて……)
レナーテットと少女の間に割り込むように飛び込んできた男。
ファンガルと呼ばれたこの男ごと攻撃魔術で仕留めにかかることもできた。
しかし、煤のような男に何か不気味なものを感じたレナーテットは攻撃魔術を中断し、飛行魔術を起動。
ファンガルから一旦距離を置いた。
そして、改めてその男と相対し、今度は確実に理解する。
今しがた感じた男の不気味な雰囲気の正体を。
「魔力が無い……?」
レナーテットの魔力視が告げていた。
目の前の男は一切魔力を持っていない。
ファンガルはパサついた髪の合間から覗く鋭い視線で、レナーテットを睨みつける。
それと同時に、彼女の背後で武器を構える満身創痍のティルダとバルブロの状態も確認する。
「初撃でやれなきゃ退くって話だったろ、ルナァス」
「悪かったわね…………下がるわ。ここからはプラン通りに。ベンターの時間を稼ぐ」
「下はイカレ女が荒らしてる。巻き込まれんなよ」
僅かな会話の後、少女ルナァスは階段のある方へと走って行った。
残ったのは、傷だらけの女装男と獣人と、魔力の無い男が一人。
「で、作戦会議は終わった?」
レナーテットがルナァスの撤退を見送ったのは、その方が都合が良いと思ったから。
強力な後衛はいない方が、戦闘を楽に進められる。
彼女の魔力は覚えた。
今いる三人を叩きのめした後で、追って仕留めれば良いと考えた。
「ああ、第二ラウンドと行こうぜ。魔術師サマ」
男はどこか自虐的に笑った。
無属性攻撃魔術と言ってはいますが、レナーテットは毎回術式をアドリブで組み替えているので、それはもう既に別の魔術です。術式が変わってるんだから、もう無属性攻撃魔術じゃないじゃん。




