第十一話 誰が為の剣
翌日、王女様は自室に引きこもってしまった。
そのことについてレナーテットと話したが、彼女の表情一つで王女様の精神状態もある程度知れるというものだった。
――――ハナはずっと泣いてた。わたしのせいでアルノーンが不幸になるって言って……ちょっと普通じゃないかも。王子は無事だとは言ったんだけど、なんか、もうそれどころじゃないっていうか……
――――ローネリア側には俺から説明しておく。今の王女様からメアリーさんを引き離すのも怖いし
王女様の精神状態からして、あまり外に出るべきではないのかもしれないと思った。
いつまでも引きこもっているわけにもいかないが、時間に追われているわけでもない。
少し心を休める程度の暇ならあるはずだ。
王女様のメンタルケアは、長年侍女を務めているメアリーさんと仲の良いレナーテットに任せるのが得策だろう。
こういうのって同性の方が良さそうだし。
俺は昨日の内に確認した宮殿の警備状況だけをレナーテットに伝えた。
――――宮殿には狙撃対策の結界が貼ってあったし、そもそも宮殿付近に狙撃に適したポイントも無い。だから、向こうは普通狙撃するなんて考えられないような遠距離から、結界をブチ抜いてきたことになる
――――狙撃ポイントは私も分かんないなぁ。昨日の反撃も何となく魔力を辿って撃ち返しただけだし。魔力探知にも引っかかってない。範囲外から撃ってきたのか、魔力を隠すのが上手いのか……
色々と話し合ったが、向こうの狙撃手がとんでもない凄腕であるという結論しか出なかった。
王女様には屋外への外出は控えてもらう必要があるが、部屋から出て来ない現状は問題無い。
今夜からレナーテットも王女様と同じ部屋で眠るそうだ。
護衛の完遂という観点でも都合が良いし、今の王女様には側にいてくれる人が必要だ。
そんなことを話したのが今朝。
俺は王女様の現状をローネリア側の人に伝えるべく、宮殿の廊下を歩いていた。
昨日知り合ったリノさんに話すのが一番だとは思うのだが、あの人がどこにいるか分からない。
そんなわけで、俺は広いローネリアの宮殿を彷徨っていた。
そうして、辿り着いたのは稽古場のような広間。
あえて言い表すなら、王立騎士団の修練場を清潔に掃除したような場所だった。
そこで木剣を振るう美少年が一人。
アルノーン王子が黙々と素振りに励んでいた。
凄い集中力だ。
一心不乱に剣を振る王子の姿に、俺は声をかけるタイミングを失っていた。
何かに憑かれたように必死に剣を振るう彼の姿に、俺はどうしてか目を奪われてしまう。
その剣筋から、視線が釘付けになって離れなかったのだ。
「坊やに何か用ですかな?」
だから、すぐ背後に立った二人の気配にも気付けなかった。
声をかけてきたのは老齢の執事。昨日の食事会でアルノーン王子に付いていた人だ。
「これはシェイルさん。昨日ぶりですね。こんな所でどうしました?」
執事の隣にはリノさんもいた。
この二人はアルノーン王子のお付きらしい。
「すいません、じろじろと。伝えておきたいことがあって」
俺は二人に王女様の現況を説明した。
明らかに精神が憔悴していて部屋から出て来ないこと。アルノーン王子が怪我を負ったことを気に病んでいること。
二人は神妙な面持ちで俺の話を聞いていた。
「なるほど……事情は分かりました。坊やには上手く誤魔化しておきましょう。坊やまで心を壊されては元も子も無い」
執事の言葉は少し意外だった。
まあ、アルノーン王子はまだ子供。メンタルケアの観点から見れば、全く間違ったことではないのだが。
何となく、アルノーン王子はその程度で精神に異常を抱えるとは思えなかったのだ。
てっきり、彼はもっと強く大人な人物だと思っていた。
「そうですか。ありがとうございます」
ただ、俺が口を挟むようなことじゃない。
ローネリア側の判断はローネリアの人間に委ねた。
そうして話が一段落したあたりで、アルノーン王子が俺達三人に気付いた。
「爺や。来てたなら、一声かけてくれれば良いのに。そっちの人は……」
「シェイル・ドラットです。ハナウィルシア・フロウ・サーガハルト王女の護衛を務めています」
歩いてくる王子に対して、俺は挨拶と共に一礼した。
「ああ、ハナの……昨日はありがとう。おかげで助かったよ」
アルノーン王子が言っているのは、昨日の狙撃事件のことだろう。
ハナというのは王女様のことだろうか。昨日の食事会では殿下と呼んでいたと思うのだが……何か事情があるのだろうか。
「いえ、むしろ傷を負わせてしまって申し訳ありません」
「いや、そんなことは…………」
王子は咄嗟に開いた口を閉じた。
言いかけた言葉を喉の奥に仕舞う王子は、何か考え込んでいるようだった。
「アルノーン様、お体お拭きします」
リノさんがタオルを持って王子に近付く。
「良い。自分でやる。もう僕も十三歳だぞ」
王子はぶっきらぼうに言い、リノさんからタオルを奪った。
こうして見ると、王子にも案外歳相応な所があるようだ。この光景も姉に反抗する思春期の弟のように見えなくもない。
王女様の前でのアルノーン王子は、子供らしさの欠片も無い完璧な王子様といった雰囲気だったが、少し印象が変わった。
彼は大衆が夢想する理想の王子様などではなく、実在する等身大の少年なのだろうか、なんてことを思いもする。
「シェイルさん。……ああいう狙撃は、サーガハルトならよくあることなのか? ローネリアでは宮殿が狙撃されるなんて、あり得ないから……」
「……そうですね。今回の狙撃手は、明らかに異常な腕前です。ローネリアの警備は決して甘くなかった。それを正面から破って狙撃を成功させるのは……正直言って尋常じゃない。あれだけ腕の良い狙撃手は、俺にも覚えがありません」
昨日の内にローネリアの警備体制を確認したが、王立騎士団所属の俺から見ても十分厳重な警備だった。
正直、今回の狙撃事件で警備は責められない。
向こうの狙撃手が化け物だったとしか言いようがない。
けれど、それでも――――
「でも、そういう異常な人間は確かに存在していて……王女様のような特別な人の周りにはよく寄って来る。今回お二人の命を救えたのも、こっちの魔術師が異常な人間だったからです」
そういうヤツらは存在している。
人の領域に留まらない才能を駆使して、俺達を易々と凌駕する者は、この世界に確実に存在している。
決して越えられない才能の差があることを、俺はよく知っている。
「あのっ、シェイルさん……」
アルノーン王子がこちらを見上げていた。
希うような純真な瞳で、一直線にこちらを見上げている。
「僕に剣を教えてくれないか? あの時、僕に狙撃を弾ける剣術があれば……ハナのことも守れたはずなんだ」
ああ、なんて綺麗な目をしているのだろう。
彼は真っすぐに未来を見つめている。王女様を守るという目的をしっかりと見据えて、強く剣の柄を握っている。
「俺なんかで良ければ、いくらでも」
一体、俺は何のために剣を握っていたのか。
母さんが死んでから、何を目的にして剣を振り続けていたのか。
子供の頃は、剣で成し遂げたい何かが、辿り着きたいどこかがあったはずなのに、いつの間にか忘れてしまった。
俺にとって剣とは何だったのだろう。
アルノーン王子を見ていると、ふと、そんなことを思ってしまった。
爺やはアルノーンにとって精神的支柱です。国務に忙しい両親とあまり家族の時間を取れなかったアルノーンにとって、爺やは親代わりのような存在です。




