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第一話 子供騙しに、騙されて

フィクションに憧れるなんて、きっと馬鹿らしい

 子供の頃、母さんが寝る前に聞かされてくれた御伽噺。

 正義の騎士が王国を守るために悪い魔王と戦うお話。強くて格好良い騎士は、悪い魔王をやっつけて、囚われの姫様を救うのだ。

 そんなありふれたフィクションが、俺が騎士を目指した原点だった。


 ――――俺! 大きくなったら騎士になる! それでいっぱいお金稼いで! 母さんにも美味しい物いっぱい食べさせてあげるよ!


 そんな馬鹿げたことを口にする俺に、母さんは優しく微笑みかけてくれた。そして、こんな甘い言葉を言いもするのだ。


 ――――そう。良い夢ね。シェイルならきっとなれるよ。それじゃあ、いっぱいご飯食べて大きくならないとね

 ――――うん!


 当時は「シェイルならできる」と言ってくれる母さんは優しいと思っていた。

 でも、今は少し違う。なんであの時、お前なんかにはできやしないと言ってくれなかったのだろう。

 一番身近にいてくれた母さんがそう言ってくれたなら、きっと俺は子供じみた夢を諦められていたのに。


「うーん、厳しいね。魔力量もあんまり無いみたいだし。剣も下手じゃないんだけど、基礎的すぎるっていうか、誰にもできることをやってるだけっていうか。積極的に君を採ろうと思える理由が無いかな。座学は良いんだけどね」


 十五歳の夏、何度目かになる落第宣告を受ける。

 騎士団の面接官は、椅子に座る俺に容赦の無い言葉を浴びせる。

 騎士団の試験は戦闘実技、座学試験、面接の三段階からなる。

 合否に深く関わるのは実技と座学の二つのみで、面接は著しく人間性に問題を抱える人間をふるい落とすためだけにある。

 面接は最後に行われる関係上、こうして合否を告げられる機会も兼ねていた。


「……はい、分かりました」


 黒く濁った泥みたいな言葉を吐き出して、俺は静かに部屋を退出した。

 何度経験してもこの瞬間には慣れない。

 お前に価値は無いと、お前はこの場所に必要無いと、そう告げられるこの瞬間だけは、いつも苦しくて死にたくなる。

 重い足を引きずって、帰路についた。

 街を行く人々が俺を嗤っているような気がして、逃げるように視線を地面に落とした。

 ただ地面だけを眺めて、家への道のりを歩いた。


「ただいま、母さん」


 小さな家の玄関、古びた扉はキィーと軋みながら開いた。

 少し揺れただけで壊れてしまいそうなボロ屋も、俺がまともな職に就いて家計の足しにすれば少しはマシになるのだろうか。


「おかえり、シェイル。もう夕飯できてるよ」


 母さんは何も訊かない。

 多分、俺の顔を見ただけで分かるのだろう。

 ただいつものように夕飯を食卓に並べる気遣いが、苦しくて泣きそうになる。


「……ダメだったよ、母さん」


 頭の中でぐちゃぐちゃに渦巻いているものが口から出ないように、俺は努めて平静に言った。

 それでも絞り出した声は震えていて、自分でも笑ってしまうくらい、みっともなかった。


「そう。残念だったね。そういう日もあるよ。とりあえず反省は明日にして、今日はたんとお食べ。唐揚げ、好物でしょ?」


 毎回こうだ。最悪な結果を持って帰って来る俺に、母さんは優しい言葉をかけてくれる。

 罵倒することも、失望することも、悲しむことも無い。迷惑をかけてばかりのこんな俺に、いつも同じだけの愛情で接してくれる。

 そんな母さんの優しさが、俺には――――


「なんでだよっ!」


 耐えられなかった。

 急に大きな声を出した俺に、思わず目を見開く母さん。驚いた顔で俺を見る母さんに、俺は剥き出しの言葉をぶつけた。


「もう俺は十五だぞ! 同い年のやつはみんなまともな仕事に就いてる! 独り立ちしてるやつだっているんだ! 俺だけ! 俺だけなんだよ! こんなしょーもないことしてるのは!」


 溢れ出した感情は止まることを知らない。

 ただ腹の底から湧き上がる激情のままに、ひどく尖った言葉を叫んだ。


「恥ずかしいと思わないのかよ⁉ こんなっ……こんなやつが息子で! 近所で馬鹿息子って言われてるの知ってるか⁉ なんでっ、なんで何も言わないんだよ⁉ もう止めろって! 下らない夢なんか追ってないでまともな仕事探せって! なんで言ってくれないんだよ⁉」


 うちは貧乏だ。馬鹿一人をいつまでも養える金銭的余裕は無い。

 俺が母さんにどれだけ迷惑をかけているか、少しでも考えれば分かることだ。

 才能も無いのに子供の頃の夢に取り憑かれて、俺はいつまで親のすねをかじるつもりなのか。

 もうやめよう。夢なんか諦めて、力仕事でも見つけて、少しでも親孝行しよう。

 そう何度思ったか分からない。

 でも、何故か諦めきれなくて、幼い頃に憧れた御伽噺が消えなくて、今も惰性で母親の心身を食い潰している。


「言ってくれよ、母さん……お前には無理だって。騎士になるなんて諦めろって……そう、母さんが言ってくれれば、俺は…………――――」


 女手一つで俺を育ててくれた母親。いつも変わらない愛情を注いでくれた人。

 そんな母さんの言葉なら、俺は大事な夢だって切り捨てられるから。

 だから、頼むから、俺の夢を否定してくれ。

 お前には無理だと言ってくれ。


「シェイル。母さんはね、あんたのためなら何も苦じゃないんだ。シェイルがやめたいならいつでもやめて良い。……でもね、あんたがまだ騎士になりたいって思うなら、母さんのことなんか気にせず、思い切り夢を追ってほしいのさ」


 ああ、いつも変わらない。

 どうして俺なんかにここまでしてくれるのか。

 こんな何の価値も無いくそったれの親不孝者に、どうしてこんなにも優しい言葉をかけてくれるのか。


「……っ、…………っ!」


 少しも理解はできなくて、俺はただ子供みたいに泣きじゃくった。

 みっともなく泣いて、吐いて、また泣いて、それでも感情の奔流は止まらない。

 背中をさする母の手は暖かくて、自分の小ささにまた泣きたくなる。

 みっともない感情を誤魔化すようにかっ食らう唐揚げは、涙が出るほど美味しかった。


     ***


 サーガハルト王国。

 大陸屈指の軍事力、経済力を誇る大国であり、大陸統一に最も近いとされる軍事国家。

 特に王国最大の軍事組織である王立騎士団の力は凄まじく、大陸最強の軍事組織であるという声も少なくない。

 そんな大陸最大と目される国家の心臓こそが、俺の立っているこの場所。

 建築技術の粋を集めて王都に造られたサーガハルト最大の建築物。

 通称天上の宮殿、サーガハルト王城である。

 王城の中央に位置する大広間、豪華絢爛な装飾で飾られた広間に跪き、俺は国王の言葉を聞いていた。


「一級騎士シェイル・ドラット。並びに魔術師レナーテット・リーレン。貴殿らには、王女ハナウィルシア・フロウ・サーガハルトの隣国ローネリア訪問に際し、その護衛を命ずる」


 母の手料理に泣いたあの日から三年。

 王立騎士団の一員になった俺は、こうして王女様の護衛を任されるまでに出世していた。


「はっ」


 俺は作法通り跪いたまま、拝命の言葉を返した。

 国王直々の勅命を受けるのも何度目かになる。勅命を受ければこうして拝命の言葉を返す、というお決まりの作法にも大分慣れた。

 だが、隣のヤツは違うらしい。

 中々拝命の言葉を返さない。

 気まずい沈黙が続く。

 ともすると誰かの首が飛びかねない空気に耐えられなくなった俺は、そっと視線を横に移した。

 俺の隣で片膝をつく少女は、ボケーっとした顔をしていた。跪く姿勢もおざなりで、無造作に片膝をついているだけだ。

 ヤバい。

 国王の前でこんな無礼。殺されても文句は言えないレベルの蛮行だ。

 俺が必死で殺気にも似た視線を向けていると、それに気付いた少女は思い出したように言った。


「あっ、はい」


 気の抜けた声が大広間に響く。

 俺は覚悟した。

 今日、この少女は人生を終えるかもしれない。


「……護衛対象の無事と帰還を期待する」


 しかし、国王は少し呆れ気味にそう告げ、俺達の前から去って行った。

 国王の背中が廊下に消えるのを見届け、長く安堵の息を吐いた。

 緊張から解放された心身が、すーっと緩んでいくのを感じる。

 セーフ……ということらしい。

 危なかった。国王の機嫌が悪かったら、この少女は不敬罪に問われていたことだろう。

 護衛任務初日から気分の悪いものを見なくて済んだ。


「はぁ~、疲れたぁ」


 当の少女は呑気に立ち上がり、ぐっと伸びをしている。

 まるで、面倒な説教をようやく聞き終えた学生のようだ。

 国王の容赦無さを知っている人間が見れば卒倒するような光景だろうが、過ぎた危機をいつまでも気に病んでも仕方ない。

 俺も黙って立ち上がった。


「あ、さっきはありがとね。こういう時って、なんか、返事しないといけないんだっけ?」


 立ち上がった少女は何気なく感謝を述べる。

 ちょっと道を教えてもらったようなトーンで言っているが、命の危機さえあったのだと分かっているのだろうか。


「ああ……あんた、作法とか教えてもらってないのか?」

「あー、魔術連の人になんか言われたような気もするけど……忘れちゃった!」


 良い笑顔だ。良い笑顔だが、これからの任務が少し不安になる。

 立ち上がった少女を見る。

 女性にしては背が高く、上背は俺と同じか少し高いくらい。

 如何にも魔術師然としたローブを羽織っているが、着崩しているせいか型破りな印象を受ける。

 色の違う両目も相まって、明らかに非凡な雰囲気を放っている少女だった。


「私はレナーテット。魔術師やってます。よろしく!」


 少女は片手を上げつつ、明るい声音で自己紹介をした。

 レナーテット・リーレン。その名前は以前から知っていた。実戦魔術においては大陸最強とも目される天才魔術師。

 俺も騎士団の任務で彼女を一度だけ見かけたことがある。

 ひどく退屈そうな表情で、竜種を一方的にぶちのめしていた姿は、今でも瞼の裏に焼き付いている。

 その時の経験から俺個人としては思う所のある人物だが、多分、向こうは俺のことなんて覚えてはいないだろう。


「俺はシェイル。よろしく」


 俺も自己紹介をした。

 ありふれた自己紹介。何の変哲も無い初対面の挨拶。

 何もおかしな所など無いはずなのに、何かが胸の奥につっかえたような気がする。

 レナーテットが魔術師と名乗ったのに俺が騎士と名乗らなかったのは、どうしてだろうか。

 さっき国王が言ったことを繰り返す必要は無いなんて理屈で、俺は思考に蓋をした。


「ねえねえ、今何歳? 成人してる?」

「十八」

「タメじゃん! 良かったぁ~。……いやー、初手からタメ口かましてしまったもので、年上だったらどうしたものかと……」


 よく喋る人だ。魔術師といえば物静かな人が多いイメージだが、レナーテットはその典型から外れるらしい。

 それを言えば、騎士のくせに口下手な俺も同じなのだが。

 そんなに俺は童顔だろうか?

 成人年齢が十五歳のこの国で、成人しているかを疑われたのは少しショックなのだが。


「にしてもお姫様の護衛任務か~。なんか憧れるよねぇ。子供の頃読んだ話でさ、そういうのがあったんだー。主人公の騎士がお姫様を護衛するんだけど、途中でお姫様が魔王に攫われちゃって、それでお姫様を助けに行ってー、みたいな話なんだけど、なーんて名前だったかな……?」


 元気に喋り続けるレナ―テット。

 彼女が語る物語には覚えがあった。

 いや、覚えなんて半端なものじゃない。

 それは俺の原点とも言える物語で、俺の人生の根幹を成した御伽噺。

 その名は――――


「『春風のアルノーン』……」


 ほとんど反射的に、その題名を口にしてしまっていた。


「そう! それそれ! 読んだことあるの⁉」


 レナ―テットは興奮気味に顔を近付けてくる。

 読んだことあるか、なんて。そんなのあるに決まっている。子供の頃、ページが擦り切れるほど読んだ御伽噺だ。

 強くて格好良いアルノーンは、魔王に攫われたお姫様を華麗に救出して、最後はお姫様と結ばれるのだ。

 美しくて理想的で誰もが焦がれる、馬鹿らしいくらいの非現実。

 俺が大好きで大嫌いな物語。


「いや、タイトルだけ。……早く行こう」


 だから、逃げるように会話を断ち切って、俺はスタスタと先を歩いた。

 これから護衛任務が始まるのだ。どうでも良い雑談は切り上げて、護衛対象との顔合わせに向かおう。


「あー待って待って。一回読んでみてよ。良い話だからさ。家にあるから貸すよ?」

「良い。……どうせ、子供騙しの御伽噺だろ」

「なっ……!? そんなことないから! 今読んでも結構面白いから!」


 それからずっと、レナーテットに『春風のアルノーン』の良さを語られたが、耳を塞いでやり過ごした。

 今更、フィクションの美しさなんて知りたくもないのだから。

大陸にあるほとんど国で成人年齢は十八です。サーガハルトが成人年齢を十五歳に引き下げているのも、騎士団周りの法律関係が原因です。お酒は十八歳から解禁されます

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